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「話の終わり」リディア・デイヴィス

別れた男から来たフランスの詩を引用した手紙の返信のための、長編小説。まず設定がめちゃくちゃねっとりしてていいし、たぶんこれリアル体験なのではないかな。さっぱりした硬くて無機質な文体だけど、内容はねっとり。彼が働いてるガソスタの周りをずっとうろうろしたり、彼の乗ってるボロくて白い車と同じ車種が街に何台走っているか確認したり、恋愛って個人的にあまり関わりたくないもののひとつだけど、恋に落ちてる人間はおもしろいネ!総じて記憶、記憶は真実ではないというテーマの話だったのかなと思う。文章は長くてそんなにおもしろくない。(好みの問題かも)

“エネルギー、それに無限の可能性の予感があった。それらはおそらく十二年のうちに変化していってしまうだろう。最初は何もかもが可能性に満ちていても、年月とともにいくつかの可能性は消滅してしまうだろう。私はそれを悲しいとは思わなかった。それよりも、まだその年月を知らない人間のそばにいることが嬉しかった。~あるいはそれは、彼に引っぱられて若さに引き戻されることへの恐怖、自分の本来の年齢や世代からふわふわと遊離して十二年ぶんの年月をさかのぼり、あの無垢で無邪気で、でも同時にどうしようもなく無力でもあった日々に逆戻りしてしまうことへの恐怖だったのかもしれない。私は自分が若くなりたいとは思わなかった。ただ安全な距離を保ったまま、若さのそばにいたかった。彼の中にあるそれを感じていたかった。”

“私は満ち足りていた。いまこの瞬間、私は彼を目の前にとらえていて、彼がどこにいるかも何をしているかも把握していて、彼のことをいつまでも好きなだけ、安全な距離を保ったまま眺めていることができるのだ。それは私を傷つけるようなことを彼が何もできない距離、私も自分がどう見えて、自分が何をやり何を言うのかに心をわずらわせなくてすむ距離だった。~彼の一部が私の中に入りこんだのと同じように、彼の中にも私の一部が入りこんでいた。私のその一部はまだ彼の中に残ったままだった。彼を見るとき、私は彼だけでなく私自身も見ていて、私のその部分が永遠に失われてしまったのを感じた。それだけでなく、彼が私を見る目の中から、かつて彼が私を愛していたころの私が失われてしまっているのも感じた。私の中に入りこんでしまった彼の一部を、私はどうしていいかわからなかった。二つの傷がそこにはあった–––私の中にまだ彼の一部があることの傷と、私の一部が私から引き裂かれて彼の中にあることの傷が。”

“彼女とのことを、どうしても書かずにはいられなかったと友人は言った。 彼女と直接話すことはできなかった、会ってもどうせ聞いてくれないにきまっていた、だから他人の目に触れるような形でそのことを書いた。彼女の目にも触れればいいと思った、そうすれば彼女はその言葉に影響されるだけでなく、それが公になることでよけいに影響を受けるはずだから。たとえ彼女が影響を受けなかったとしても、そのことを世間に知らしめたというだけで、彼の意図に反して短命におわってしまったその恋愛を、言葉という息の長いものに変換できたというだけで満足なのだ、と彼は言った。”


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