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来世くじ

 死んで初めて知ったことだが、まっとうに生きた人間は、来世でどんな人生がいいか、あるていどまで選べるのだという。ところが俺のように、ろくでもない生き方をしたあげくに若くして
死んでしまった場合は、そうは
いかないらしい。
 
 天界の案内人であるメッセンジャーによると、「人生の必修科目を修得しないまま下界を卒業してしまった」人間は、来世で再びその修得にチャレンジできるよう、担当部が大枠の人生を決めてしまうのだという。
 だが、俺にはどうしても、どうしても来世でやり直したいことがある。生まれ変わりたい人物が決まっている。
割りあてられた人生を生きるわけにはいかないのだ。

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「そう言われましてもねぇ」ファイルの束を抱え直しながら、コーディネーターの男は言った。
 初対面の俺に挨拶もそこそこに腕をつかまれ、いきなり面倒な陳情を聞かされるはめになったのだ。彼の眉間にしわが寄っていくのがわかった。
 なんだか申し訳ない気もしたが、探し歩いてやっと見つけたコーディネーターだ。いまこの手を離すわけにはいかない。彼のような来世コーディネーターは人手不足で、みな多忙を極めているらしい。次はいつ話を聞いてもらえるかわからない。ほかの人たちのように次の生まれ変わりまで、のんびりと過ごしている時間は、俺にはないのだ。

「コーディネーターの主な仕事は一般の方への来世バリエーションの案内とレクチャーであって、未履修者の来世コースを勝手に変える権限なんてありませんから」
「ですから、あなたから上層部に頼んで
いただくわけには…」
「それはできません」
 バイクで違反切符を切られたときのように思わずつかみかかりたくなったが、なんとかこらえた。だめだ。
彼には味方でいてもらわないとまずい。俺の目は、哀願する人のそれになっていたに違いない。

 やがて、あきらめの悪い男につかまってしまったと観念したのか、ため息をつくとコーディネーターは言った。
「わかりました。とにかく座って話をしましょう。特殊な事情がある場合に限りですが、特例措置として希望の来世を叶える方法がないわけでもありません」
 やったぜ! 俺は心の中で叫んだ。
「ただし試験があります」
「試験?!」
 おいおい、それだけは勘弁してくれ!
俺のあせり方を見て、コーディネーターは笑って言った。
「試験といっても学校の試験とは違いますよ。あなたの運を試させてもらいます」


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 特例措置というのは、こういうことだった。決められた来世をどうしても受け入れられない者は、一度だけ「くじ引き」のチャンスが与えられる。当たりを引けば、めでたく申請通りの(倫理的に問題がなければ、とコーディネーターは付け加えた)来世を生きることができるのだ。

 ただし当選確率は、希望が詳細になればなるほど低くなる。そして運よく当たりを引いたとしても、生まれ変わりまでの間は今生でおろそかにした「人生の必修科目」を学ぶため、特別講習にみっちり参加しながら多忙な天部スタッフのアシスタントをしなければならない。

 もちろん外れを引くリスクもある。その場合、少々ハードな修行系の来世コースが待っているという。だがワンチャンスがあること自体ありがたい。
地獄で仏、いや、ここは天国か。とにかくそのくじに賭けるしかない。


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 コーディネーターは俺の話を聞きながら書類に記入していき、あっという間に空欄を埋めてしまった。書類のタイトルには「特例」や「申請書」の字が見てとれた。

「それでは」
彼は顔を上げると、
「来世に関わるあなたのご希望は、次のとおりですね」
 そう言って、文章を読みあげはじめた。
1 いま妻のお腹にいる子どもの、将来の伴侶となるべき人物に生まれ変わること。
2 子どもは男児であることがわかっているので、自身は女児として生まれ変わること。
3 1年を待たずして生まれ変わること。以上を希望する理由として、妻、そして母親の両人と、来世において義理家族関係となることを願うものである。3の項目は、母親がまだ元気なうちに孫息子との結婚により、
自身が今生でできなかった恩返しを孫嫁の立場となって果たすべく、なるべく早い出会いと結婚を望むからである。

 以上で間違いないですか、とこちらに視線を向けた彼に、俺はウンウンと何度もうなずき返した。
 そうだ、もう一度やり直したいのだ。遊ぶ金のためのバイトもいつも1ヵ月と続かなかった自分が、子どもができたことをきっかけに結婚し、零細企業だが正社員として就職もした。
すべてが変わろうとしていた矢先に、
バイクのスリップ事故で死んじまった。翌日が初めての給料日という日に、あっけなく。誰も巻き添えにしないで済んだのが、唯一の救いではあるが。

 母ちゃん。女手ひとつで育ててくれた
のに、ずっと心配しかかけてこなかった。結婚して人並みの就職をして、これから親孝行を、というときだった。
 嫁にしてもそうだ。こんな俺と一緒に
なってくれて、もうすぐ子どもが生まれるというときに突然死なれて。どんなに心細いだろうか。
 そしてまだ生まれてもいないわが子。
息子よ。待っていてほしい、必ず会いに
行くから。

 みんなのそばに行けるのは、おそらく二十数年後だろう。あいつは再婚しているかもしれないな。それがいい。
幸せになれるなら、また結婚してほしい。とにかく俺が転生して会えるまでどうか、3人とも元気で生きていてくれ。


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 もうすぐひとりの青年の来世が決まる台の上に、その重々しい役割とはまるで不釣り合いな回転抽選器が乗せられていた。朱色に塗られた八角形の木製の箱は、答えをポトリと吐き出す準備はもうすっかりできていますよとでも言いたげに、じっと出番を待っている。

 その台を前に、今回の来世くじ立会人であるコーディネーターとメッセンジャーが座っていた。
「え? ちょっと待ってくださいよ。申請書によるとあの青年は、早期転生して妻や母親とまた家族になるのが望みなんですよね?」
 混乱した顔つきでメッセンジャーが尋ねた。

「それももちろん真実です。妻への思いも、母親への思いも、愛情であることに変わりはない。でも実は、魂のほんとうの目的は違うところにあるんです」     コーディネーターは静かに答えた。
「あの青年はまだ四十九日を迎えていないから、今生の記憶しか残っていない。つまり本人もいまは忘れているのですが、彼の魂がほんとうに再会を求めている相手は――」
「息子か!」
「そう。申請書を上に提出する前に、ふと気になって彼の過去生データを調べてみました。あの青年の前世は女性で、もうすぐ生まれる子どもとは深く愛し合う恋人同士でした。ところが互いの家が不仲だったために、結婚を許されなかった」
「なるほど…。でも、ならばなぜ今生でもう一度恋人同士として生まれることを選ばなかったんだろうか」
「たまにあるのですよ。男女の別れの悲しみがあまりに深く、魂に刻まれてしまうとね。次の転生では決して引き裂かれることのないように、親子やきょうだいとして生まれてこようとするんです」
「彼の場合は、まだ子どもに会う前に…」
「そう、今度はアクシデントによる死で、また引き裂かれてしまった。結局は、やはり男女としての結びつきを彼の魂は願っているのかもしれませんね。前世と同じようにまた男女として出会うべく、来世くじを引くことになったわけですから。運命の相手と再び巡りあうためなら、魂はあらゆる手段を
講じるということです」
「…当たりを引けるでしょうか、彼は」
「愛が動機ならば、叶うはずです」
「あ、来ましたよ」

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 コーディネーターとメッセンジャーが
見守るなか、俺はガラポンの置かれた台に向かって歩いて行った。台には白いテーブルクロスのような布がかけられている。そこだけ見ると、まるで商店街のくじ引き会場のようだ。 

 しかしあの中に入っている赤や白の小さな玉は、大型テレビや3泊4日の旅行と交換されるためのものじゃない。来世の人生と引き換えになるのだ。

 神様。いま、すぐ近くにいるであろう神様、お願いです。もう一度、大切な人たちと生きる時間を俺にください。

 ふるえそうになる右手を左手で押さえながら、ガラポンのハンドルをつかんだ。わずかに箱の角度が変わると、中の玉が動いたのが指先に伝わり、その感触はとてつもなく重く感じられた。
 落ち着け。俺は深く息を吸って吐き、
ありったけの思いをこめて、でも静かに
ガラポンを回しはじめた。
 ゆっくりと、運命の混ざりあう音がした。


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