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レゲエから昭和歌謡まで、広大な世界につながる音楽は「永遠の自由研究」。

小原正史おばらまさちかさんの経営する「ディスクノートもりおか」。岩手県盛岡市に開店して、今年で15年目を迎えます。レゲエやジャズから昭和歌謡まで揃うレコードショップです。60年代のオリジナル・プレス盤から令和の新譜や再発盤まで在庫は約5万点。音楽の歴史から録音方法まで興味は尽きず「音楽は永遠の自由研究」とおっしゃる小原さんにお話をうかがいました。

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約25㎡の店舗。MOSSビル4階、通路の最奥にある。
窓から盛岡の空が見渡せる明るい店内。

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ジャンルごとに分けられたディスプレイ。
レコード市のような雰囲気が、いい音楽との出合いを予感させる。

「音楽の街・盛岡」で15年
堅実な聴き手に支えられて

盛岡市は人口約29万人。決して大きな街ではありませんが、個人経営のレコードショップが6軒、肩を並べています。
人口約30万人の秋田県秋田市では2軒ほどですから、「この規模の県庁所在地としては、ずい分多い方です」。
盛岡市が「音楽の街」と呼ばれる所以にもなっています。
6軒とも街の中心部である大通り・菜園エリアにあり、新譜、サウンド・トラック、懐メロなど、メインに扱うジャンルが異なります。
「狭い範囲にあるから、各店を見て回りやすいし、レコード好きには面白い街ですよ」
プログレッシブ・ロックの先駆けであるピンク・フロイドやキング・クリムゾン、ハード・ロックの帯付などを求めてロシアやイギリスなど海外からもバイヤーが来るそうで、各店で買い集めた商品の発送を手伝うこともあります。
レコードショップが密集しつつ共存する現状を「盛岡人の堅実な性格の表れ」と、小原さんは分析しています。
「例えば、ジャズならカウント・ベイシーやデューク・エリントンみたいな昔からずっと好きな音を、大事に聞き続けている方が多い印象があります」
スタイルが似ていても、流行のミュージシャンには見向きもしません。
盛岡人にレコードが支持される理由も「好きな音」を求め、大切にしているからだといいます。

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店内にあるスピーカーは1950年代のユニットを使用。
独立時にヴィンテージ機材マニアのお客様から譲っていただいたもの。

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邦楽もロックやレゲエから、昭和歌謡曲まで揃っている。

◎小原さんに聞く【オススメ・ミュージシャン】
小原さんの「推し」をご紹介いただきました。
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グレゴリー・ポーター

同い年(1971年生まれ)のアメリカの男性ジャズ・シンガー。大きな身体から出る声とメロディ・センス。新譜を追ってる今現在の私のアイドル。
ボブ・マーレー
ご存知ジャマイカのレゲエ・スター。発掘音源や再編集の完全版など昨今多くリリースされ、今更ながら彼のバンドの物凄さを痛感。特にドラム。
メロディ・ガルドー
アメリカの女性ジャズ・シンガー。生死を彷徨う事故から生還した、奇跡のソング・ライター。彼女の声が出た瞬間、空気がガラッと変わる…。アナログ盤で収集中。
優河
日本の女性シンガーで、俳優「石橋凌」の娘さん。数年前のライヴ体験も忘れられない。アルバム「魔法」はその音像と歌が絶妙。プロデュースした千葉広樹さんは盛岡出身。丸藤時代の私を覚えてくれていて嬉しい限り。
けもの
シンガーソングライター青羊あめさんのソロプロジェクト。彼女も岩手の方。歌も声も楽曲も都会のセンス。17年の「めたもるシティ」は何度聞いたことか。今後も楽しみです。
                         (TEXT:小原正史)

時代が移り変わっても
失われないレコードの価値

高校2年生のとき、丸藤第二ビル(現・Eco大通りビル)に開店した「ディスクノート盛岡店」は、小原さんにとって「夢の国」でした。
国内盤の半額以下で買える輸入盤や、雑誌で見て憧れていたインディーズ商品を扱っており、初めて出合うレコードも多くありました。
音楽という世界の広さを教えてくれたショップです。
1997年にディスクノートに就職。盛岡店で3年間勤務した後、宮城県仙台市の本店へ転勤となり、当時は店長を務めていました。
2000年代前半は業界にとって激動の時代。Amazonが日本に上陸すると、続いてiPodが発売されます。2005年には、iTunes Music Storeが配信を開始しました。
店舗販売からネット通販、CDからデータへと、音楽の販売形態は過渡期を迎えていたのです。
独立は2006年。
同盛岡店を閉めるか悩む社長に、買い取りを申し入れます。
「レコードの需要はなくならないと確信していました」
お客様の間口を広げたいと考え、2009年に立体駐車場が併設されていて映画館もある、現在地のMOSSビルへ移転します。テクノ、レゲエなどDJ向けだった品揃えに、ジャズやロック、歌謡曲なども取り入れました。
移転すると予想通り客層は拡大し、それに伴い図らずも中古買取の件数が増えて、在庫は安定しました。
近所に住むおばあちゃんが、少しずつ、何回も売りに来てくれたこともありました。「取りにうかがいますよ」と声を掛けると「ここに来るのが楽しみだから、いいのよ」。
現在では仕入れの大半を、店舗での買い取りが占めているといいます。

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就職したディスクノート盛岡店ではレゲエを担当。
販促のための店頭ポップを作ったり、イベントに出向いてチラシを配った。
写真は、チラシの原稿。セロハンテープが変色している。

レコードは音質がいい?
最近のレコード人気の理由に「高音質」がある。
人間の耳が聞き取れる音は20Hzから20kHz。CDでは聞き取れない音、不要なデータである20Hz以下、20kHz以上の音を収録しない。
サンプリングレート(1秒間で音を記録する回数)も音質に影響する。標準は44.1kHz。毎秒44100回記録するという意味で、それだけ音が切り分けられていることになる。
聴こえない部分が収録され、切り分けられることもないため、レコードの音は滑らか。この滑らかさが音質の高さでもある。ビブラートのニュアンスや歌手のブレス、息遣いまでが生々しく再現される。

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小学校からの親友とは、現在もバンドを組んでいる。
写真は、販売したCDとレコード。
レコードはより音質の高い重量盤を採用している。

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「Lester」Nana Vasconcelos / Antonello Salis 
大学時代、小原さんが参加していたバンドのリーダーで、
師匠と慕っていた方から勧められ、探したが見つからなかったレコード。
ずっと探し続け、30年かけて入手した。
イタリアジャズの名門レーベルBlack Saintの
姉妹レーベルであるSoul Noteから88年にリリースされた。

一枚のレコードが
復興への一歩にもなる

2011年3月11日14時46分、東日本大震災。
地震の規模はマグニチュード9.0。日本国内観測史上最大規模の地震です。
内陸部に位置し、被害の少なかった盛岡市でも物流は止まりました。まだまだ寒い初春に、暖房用の灯油も手に入らないような不安な状況が続き、街には「非日常」が色濃く表れていました。
店内の被害は「棚から商品が落ちた程度」で、発生から3日後には営業を再開。すると、来店したお客様に「開いていてよかった」と声を掛けられました。初めて話すお客様でした。
その後も「津波で流されたレコードを集め直している」と被災地から来店する方や、遠く関西の催事では、岩手県から来たと知ると「阪神淡路大震災で焼けたレコードをずっと集めている」と打ち明けてくれた方もいました。
一枚のレコードが、復興への一歩となり、人と人をつなぐ役割を果たしてくれる。
好きでやってきたことが、知らぬ間に、人を、自分を、元気づけてくれていると気づきました。
そして、今は人の支えになるレコードを商えることが、自分の人生の支えであり、生きるための指針となっています。
震災から10年。現在はコロナ禍という「非日常」が続いています。
「こんなときだから、一人でも多くの人に音楽を楽しんでもらいたい」
場所も時間も飛び越えた旅へと、音楽は連れ出してくれます。
かと思えば、なんの変哲もない日常の尊さを取り戻してもくれる。
まだ見ぬ広大な音楽の世界へとつながる扉が、ディスクノートもりおかには確かに存在します。

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プレーヤー、針、保存用ビニール、クリーナーも常時並ぶ。

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県内外から約17店が参加する「サンビル・レコード・フェア」。
約20年前から関わり、現在は主催している。

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ラヂオ盛岡にてパーソナリティーを務める番組「Jazz Today」。
毎週火曜日、19:00~20:00。
新譜の中からマイナーなジャズアルバムを紹介している。

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小原正史(おばら まさちか)
ディスクノートもりおか代表。
1971年、岩手県盛岡市生まれ。
1997年、「ディスクノートもりおか」の前身である「ディスクノート盛岡店」に就職。入社3年で宮城県仙台市へ転勤、本店にて店長を務める。
2006年、独立し「ディスクノートもりおか」を経営。
毎年4月、9月に「サンビル・レコード・フェア」を開催(2020、21年は、コロナのため中止)。
ディスクノートもりおか:
〒020-0022 岩手県盛岡市大通2-8-14 MOSSビル4F
TEL 019-654-5822 FAX 019-654-1153
営業時間 11:00~20:00 (年中無休)
Web:
http://www.morioka-record.com/

編集後記
仕入れをされるときは、お客様の顔を思い浮かべるとおっしゃる小原さん。
「これはあの人が好きそうだ、あれはこの人が好きそうだ」
来店時に聞いてもらって、気に入ってもらえると嬉しいとおっしゃいます。
文章も読み手を想像して書けといわれますが、どんな職業でも受け手のことを想像することが大切なのかもしれません。
                        取材・撮影/前澤梨奈


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