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【クリスマス怪談】影犬様

【影犬様に関する聞き取り記録】

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・私立聖(セント)XX学園第95期卒業生

影犬様……ですか。例の七不思議、ですね。私の頃はそんな名前はなかったのだけれど……。

ええ。最初は足跡だけでした。その時の話を、すればいいんですね?

私が初等部の4年生のときだから……1996年ですね。お母さんが夕食の準備するのをテーブルで待ちながら、テレビ見てたんですよ。そうしたらほら、あのゲーム……ポケットサイズのモンスターを捕まえるやつ……あれって、ちょうどその年に最初のシリーズが出たんですよね……その映像が流れて、今日みゆきちゃんがこのキャラクター作ってたよ、って、お母さんに言ったんです。私の通ってた学校ってキリスト教系列で、校門入ってすぐのモミの木をクリスマスツリーにして飾り付けてたんですよ。その下にこれの雪だるま作ってたよ……って。ええ、その日、雪が積もってたんですよ。

そうしたらお母さん、変に間をおいて、こんな話したんです。そういえば今日、守衛さんが校門を開けるとき、不思議な足跡があったらしいわ、って。あなたぐらいの大きさの靴と、大人の靴とが並んで、学校の前まで続いてたのよ……それが、保護者の間で噂になっててね……って。

みゆきちゃんかしらね。あの子、雪の日に生まれて、それでそういう名前だったんでしょ? 雪の日には、誰も足跡をつけてないところを一番に歩いていくのが、とても好きだったじゃない……なんていうんです。だから、みゆきちゃんのお母さんが連れて行ってあげたんじゃないかしら……って。

だけど私、子供ながらにそれはおかしいよって言ったんです。いくらなんでも、学校が開くより前にいくわけないじゃない、って。

お母さんは大人なのに、なんでそんなふうに考えたんだろうって、なんだか会話が噛み合わなかった感じもあって、変だな、思ったのを覚えています。

それだけのことなんだけれど、そこから尾ひれがついていったんですかね、その、影犬様の話って。

私が話せるのはこれだけですけれど………………え? おすすめのハンドクリーム、ですか?へーえ、お知り合いがひどいあかぎれで……

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・同学園第98期卒業生

あれは、私が初等部4年生のときのことでした。ええ、間違いないですよ。2001年のことです。9月11日のあの事件からの世の中のピリピリした雰囲気、子供ながらに感じ取ってたから、よく覚えてるんですよ。

雪の日って、特別な雰囲気あるじゃないですか。その日は、前日から予報があったのもあって、私、なんとなくすごい早起きしちゃったんです。まだ日が昇る前だったんですよ。

窓の外見たらもう一面の銀世界で……うわーって嬉しくなって、学校の方に目をやったら……ええ、当時私が住んでたマンション、学校の近くだったんですよ。それで、ちょうど部屋から校門前の道が見えたんですよね……そうしたら、ひょこひょこと、何か四つん這いのものが歩いてるんです。
いえ、犬じゃないです。犬よりもっと大きな、なんとも得体のしれない影でした。その真っ黒ななにかが、屋根も地面もまっ白な町並みの中をふらり……ふらり……と進んでいくんです。とても不安定な歩き方で……すごく、不気味でした。私、びっくりして、学校に着くなり誰かに話したかったんだけれど……登校すると、友達はもうみんな雪に夢中になってて……確かあの日は……そう、みゆきちゃんって子がみんなの中心になってはしゃいでて、それで、勢いに飲まれて私も雪合戦に巻き込まれちゃったりして、タイミング逃しちゃったんです。

結局年明けだったかな、あの影のことクラスメートに話す機会があったの。そしたら、実は私も見た、友達のお姉ちゃんも見たことあるらしい……なんて話がちらほら出てきて……それからですね。あれが「影犬様」っていう名前で、七不思議として定着したの……。

あ、ちょっと話し過ぎちゃいましたね。ごめんなさい、奥さん、迎えにいくんでしたよね……?えっ? まだ奥さんじゃなくて、婚約者さん……!?
ああ、いえいえ、この年で、なんて……。
ふふっ、それじゃあ本当に、第二の人生、ってやつですね。
それじゃあ、今度ご結婚なさるんですね。おめでとうございます。

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・同学園第105期卒業生

あれは私が中学3年生だったから、2011年のことですね。ええ、私の代にはもう、影犬様の話はしっかり定着してました。それで思い立ったんです。影犬様の正体、私が突き止めてやろう、って……。
っていうのもその頃私、初めてスマートフォン買ってもらえたんですよ。ほら、2011年ですから。震災のときにSNSが大活躍したじゃないですか。その線から渋る親を説得して、やっと手に入れて……だからはしゃいでたんですね。これで動画でも撮ってやろうって、そんな心づもりだったんです。

で、その冬初めての雪の日に、日も昇らないうちから家を出て、ずっと校門前を見張ってたんです。ええ、12月です。間違いないですよ、モミの木に飾り付けがあったの、覚えてますから。そういえば、あれは初等部の4年生ぐらいのときだったかな、みゆきちゃんって子がクラスにいて、一緒にツリーを見ながらおしゃべりしたなぁ、なんてちょっと感慨に浸りながら、ずっと待ってたんです。

そしたら……来たんですよ。

サク……サク……サク……って、足音がだんだん近づいてきて。

影犬様が。

ええ。やっぱり犬じゃありませんでした。

あれは……人です。

女の人。

それも、喪服を着た女の人でした。

それが四つん這いになって、手には初等部の子が履く小さなエナメルの靴をはめて、よろよろと雪にその跡をつけながら進んでるんです。顔にはほら、喪服用の……ベールっていうんですか?あれが垂れていて……私、あまりのことにびっくりして。お化けかな……って、普通そう思いますよね。だけどあれ、本物の人間だったと思います。吐く息が白かったり、ふわふわと降る雪が、彼女の肩や背中や帽子にリアルタイムに積もってたりしてて……、とても非現実の存在に思えませんでした。
その時はまだ夜明け前で、街灯が光ってて……その街灯の光がベールを透けさせて、その女性の横顔を浮かび上がらせていました。そこそこ年をとった人みたいで、だけどとてもきれいな顔立ちをしてて……怖くてすくんだのとは別に、私、ちょっと見とれちゃいました。

しばらくして、あ、撮影、って思ってスマホ取り出そうとしてたら……その時私、道路の学校側にある植え込みの中に隠れてたんだけれど、それをシスターに見つかって……ええ、敷地の中からは丸見えだったんですね。それで、ちょっと怒られちゃいました。

……え?

そうですね。そういえば……変ですね?
学校も開いてないうちに、シスターがあそこにいたなんて……

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・同学園附設教会 シスター

ええ、ええ、仰る通りです。
全て、お気付きの通りです。

どこからお話しましょうか……そう、あれは忘れもいたしません。1996年の、11月のことでした。大変に痛ましい事故で……みゆきさんは、なくなってしまったのです。もうすぐ雪の季節だと、楽しみにしていたのを覚えています。ご両親、とりわけお母様は大変にショックを受けた様子で……御夫婦の間には他にお子さんはおらず、それがきっかけで離婚なさったと聞いています。

みゆきさんは、お名前の通りとても雪が好きな子でした。

ええ、そうです。真っ白な雪にまっさきに自分の足跡をつけるのを、なにより楽しみにしていました。

だからでしょう。

あのお母様は……きっと、その想いをだけでも叶えてあげたくて……毎年、その冬の最初の雪の日には喪服を着て、みゆきさんの靴を手にはめて、たどたどしく足跡をつけて、校門前までやってくるのです。

いいえ、決してお気が触れたわけではありません。今でもとてもしっかりした方で……けれどもその時期だけは、やっぱりどうしても悲しみを抑えきれないで、そういう行動に出てしまうのですね。私(わたくし)共も、それであの方の痛みが和らぐならと、何も言わず、陰ながら見守っているのです……けれどもそれがいつの間にか、「影犬様」などという、心無い名前で呼ばれるようになっていたのですね……たしかに事情を知らない生徒からしたら恐ろしいことには違いないでしょう。無理もないことです。

ええ ……そうなのです。

不思議なもので、あれ以来こちらの生徒は、初等部4年生の年には、雪の日に、確かにみゆきさんと遊んだと、そういう記憶を持つようになっているのです。

……えっ?
まあ……!
そうなのですか……。
ああ、それは……!

そうですか。あなたが。
あなたの新しい奥様が、そのみゆきさんの……。

そうでございましたか。それでお調べになっていたのですね。影犬様のことを。ええ、今年もいらっしゃったのですよ。つい先日のことでした。 ああ、あの方の手にあかぎれが……そうでしょうとも。あの小さなエナメルの靴は、大人の手には小さくて、歩くたびに靴の中に冷たい雪が入り込んでいるようでしたから……それでお気づきになられたのですね。そうでしたか……そうでしたか……

(すすり泣く声)

……失礼いたしました……どうしても、堪えきれなくて……。
……ああ、聞こえますか? ええ、賛美歌です。
もうすぐクリスマスですから。初等部の子たちが練習しているのですよ。保護者様を招いて、キャンドルサービスを行うのです。毎年の恒例で……。

そうですわ。 もし……もしよろしければ、今年は奥様をお連れになって、一緒にいらしてくださいませんか?
そうしてお二人と私たちとで、一緒にお祈りいたしましょう。神様の国で生きている、みゆきさんの幸せを。

きっと……。

灯した火の温もりが、雪を溶かしてくれるでしょうから……。


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