死体蹴り #4

家に着いても脳が何も追いついておらず、
ドキドキが続いていた。

あの写真の女性たちは一体何だったんだ。
それに加奈はどうしてあんなこと…

「晩御飯…」

どうにかカレーの材料は買ってきたものの何も手につかない。早く作らないと夫が帰ってくる。


早く、でないと、また…

以前パートをしていた時、帰りが遅くなり晩御飯が間に合わなかったことがあった。
夫は大きなため息をつきながら怒鳴った。

「家のことできないならパートなんかやるな。どうせ稼ぎも少ないんだから。」

私は何も言えなかった。固まったまま動くことも出来なかった。

「両立できないなら辞めろよ。」

私は何も言えなかった。固まったまま動くことも出来ない私を見て、また大きなため息をつき、

「お前のために言ってるんだ。俺だって仕事から帰ってきてこんなこと言いたくない。でも世の中の主婦はみんなできている。お前だけができていないなんて恥かくだけだぞ。」

と、今度は小さな子どもに話すかのように宥める。
いつも決まって、「私のため。」

夫はいつも正論を言う。
間違ったことは絶対に言わない。
だが私の胃はキリキリと鳴くのだ。

ごめんなさいを繰り返しても私の粗相を夫はなかなか許してくれない。
どんな小さなことも見落とさず、拾い上げ、私が言い訳をすれば翌日仕事だろうが何だろうが朝まで諭される。

「反抗するな」

「そういうところが子どもなんだよ」

夫は9つも上の人で私から見れば完璧な大人の男性だ。だから全て正しいのだ。私が子どもなだけのこと。
理解はしているのにそう思えば思うほど涙が止まらなくなる。

「私たちはね、自分を生きていいの。」

ふと加奈の言葉が脳裏をよぎる。

自分を生きるとはどういうことなのだろう。
加奈の目には私はどう映っていたのだろう。

胸がぐちゃぐちゃになる。

早く、カレーを作らないと。
あれからすぐにパートをやめた今、また間に合わなかったら今度はもっと叱られるだろう。

…なんでだ?なんでこんなに早くカレーを作らないといけないんだ?

ご飯を作って、夫の帰りを待つ。

そんな当たり前のことに疑問を感じるのは変だと分かっている。
だけど1度考え始めるともう止まらなかった。

何で私はこんなに必死に急いでカレーを作ろうとしているのだ?

ご飯を食べてほしいから?
それが当たり前だから?
愛してるから?

どれも違う。怖いからだ。

私はいつからか、夫に大きな恐怖を抱いていたのだ。

夫が怖い。

本当はもうずっと前から分かっていた。

だが、この感情は正常なのだろうか。
他の家庭もこんなものなのだろうか。

分からない。

社会から孤立した今、何も分からない。

加奈、私も自分を生きていいのだろうか。
もう一つの顔をだしてもいいのだろうか。

私は静かに涙を拭き、カレーを作り始めた。


#小説 #短編小説

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?