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980日ぶり勝利!【本の紹介】高津臣吾『一軍監督の仕事』~高津監督が見た「異常」な奥川

2024年6月14日、奥川恭伸が5回を1失点に抑えて980日ぶりの勝利をあげた。

遡ること2年。奥川は2022年3月29日の巨人戦で登板するも、右ひじを痛めて登録抹消。それから今回の登板までにかかった日数は808日。ヒーローインタビューで声を詰まらせてからの男泣きには私も胸がいっぱいになった。

正直、私は奥川がヒーローインタビューであんなに大泣きするとは思わなかった。
いや、そもそも奥川恭伸とはどのような人間なのか私はあまり知らないし、世間でもそれほど知られていないのではないか。

そこで、この記事ではスワローズの高津臣吾監督が、スワローズを優勝に導いた2021年を振り返って書いた『一軍監督の仕事』という著書から、高津監督が見た奥川恭伸の姿を紹介してみたい。


奥川がひじを痛める前、最後に勝利をあげた2021年というのは、スワローズが前年最下位から一挙に飛躍して日本一に輝いた年だ。
その年に奥川はチームトップの9勝をあげており、巨人とのクライマックスシリーズではプロ初完封を果たす。

そして迎える日本シリーズ。
相手は同じく前年最下位からの優勝を果たしたオリックス・バファローズ。第一戦の先発は当然山本由伸だろう。
そこでスワローズサイドには、誰を第一戦の先発として山本にぶつけるか、という問いが生まれる。

そんな状況で高津監督は、

僕としては日本シリーズ第一戦も、奥川の「一択」だった。

『一軍監督の仕事』高津臣吾 光文社新書 2022年 p60

と語っており、奥川に絶大な信頼を寄せていたことがわかる。


その日本シリーズ第一戦で見せた奥川の姿というのが実に興味深く、奥川の人間性を示していると思われる。

2021年11月20日、東京オリンピックによる中断を挟んだため例年よりも遅くスタートした日本シリーズの第一戦。
場所は京セラドーム大阪。先発投手はオリックスが山本、スワローズは奥川(今回の980日ぶりの勝利の相手と同じである!)。

山本は5回まで8個の三振を奪い無失点に抑える。しかし、6回表に先頭の山田に四球を出す。
次の村上を三振に取るが、サンタナにも四球を出し1死1,2塁。ここで中村がセンター前へのタイムリーを放ち、待望の先制点を得た。
山本はこの回で降板。スワローズは絶対的エースを相手に上出来の展開だと言える。しかも奥川は6回までオリックス打線を無失点に抑える好投。高津監督も「プラン通りの戦いが出来ていると実感していた」(p64)と勝ちを予感する戦いぶりだった。

だが、7回裏オリックスの攻撃、1死を奪い打順が9番を迎えるところで、この試合が新たな動きを見せる。
代打のモヤを迎えカウント1-1からの次の一球。奥川の投じた球は外角高めへの失投となり、それを強振したモヤにライトスタンドへの同点ホームランを打たれてしまう。

奥川は後続を断ったが球数は97球。高津監督はここで奥川を降板させることを決めた。

高津監督は、奥川がダグアウトに戻ってきた際、
「奥川、次は7戦目だから」
と声を掛けた(p65)が、そのときの表情が忘れられないという。

彼は高校時代から夏の甲子園の決勝をはじめ大舞台の経験が豊富であり、感情を抑制することが出来る。ところが、このときばかりは、珍しく感情がむき出しになっていた。泣いているわけでもなく、怒っているわけでもなく、悔しさ、戸惑いといった人間のありとあらゆる感情が浮かび上がっていたのだ。

p65

さらに驚いたことに、奥川は全身から熱を発していた。ユニフォームを通してでさえ、発熱というか、興奮によって体が火照っていることが分かったのだ。尋常ではなかった。

p66

高津監督が見た奥川の姿。それはもはや「異常」な状態になった人間の姿だった。

このエピソードから、奥川の人間性が垣間見える。

球界を代表する投手である山本との投げ合いというプレッシャー。その中でも、絶対にチームに勝利をもたらすんだという闘争心と責任感。ファンの期待に応えようという熱い想い。

いつもは淡々として見える奥川の中には、これだけの激しいものがあったことに、私は驚く。

結局、スワローズはこの試合を落としてしまう。ただ、この物語にはもう少し「先」がある。

後日、高津監督が奥川とそのときの配球を振り返ったときのこと。モヤ選手への投球は、初球、2球目と申し分なく、奥川も「三振に取れるイメージは出来ていた」と言うが、次の3球目は奥川本人にも理由がわからないほどに、全く違うところに投げてしまったという。
そこで奥川が発した言葉に、高津監督はまた驚くことになる。

「自分でもちょっと理解できていないですし、びっくりしました。説明がつかないような失投です。ただ、絶対に三振を取れると思ってしまったところに、油断と隙が生まれたのかもしれません」

p65~66

先ほど奥川は打たれた際に「異常」な状態になったと書いた。だがそんな状態になってさえも、奥川は自分を客観視してその事実を冷静に受け止め、原因を分析することを忘れなかった。
自分がこのときの奥川だったらと思って考えてみてほしい。このような高度な精神のコントロールを、高卒2年目、20歳の人間ができるだろうか?高津監督のみならず、誰もが驚くことだろう。


奥川は球のキレや制球力といった投手としてのスキルだけでなく、チームの勝利やファンの期待に対する熱い責任感、さらには高いメンタルコントロールの技術も持っていることがわかった。

それだけに、980日ぶりの勝利を得た6月14日の試合後、ヒーローインタビューでの男泣きは印象に残る。
高津監督も言うように、奥川は普段は「感情を抑制できる」のだから、このときの奥川もやはり「異常」だ。

ケガをした2022年の3月以来、約2年の間にいろいろな感情や思いがあったのだろう。

プロ野球選手としては5年目だが、年齢もまだ23歳。一般的には社会人1年目だ。

早くも迎えてしまった野球人生の危機だったが、ひとまずこれで乗り越えたと言える(ヤクルトスワローズファンのみなさま、おめでとうございます)。
そう、奥川は「まだ」23歳。野球選手としても人間としても「まだまだこれから」。

石川出身のすばらしい才能を、これからも見守っていこうじゃないか!

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