見出し画像

夏休みの挑戦

さて8月に入り早3日、私にもようやく夏休みがやって来た。
今年の夏への意気込み。


note更新

まずは、今年から始めたこのnoteをフル活用してみたい。
私はあまり文章が得意な方ではない。好き勝手に思考して悩んでひらめいて、過去の経験の引き出しをつなぎ合わせていく快感は知っている。そのプロセス自体は好きだけれど、実際に文字に起こすとなると難しい。自分の考えを理論的に整理するところまで責任を持ってこなかった人生で、学校の授業で作文やレポートをする機会があっても積極的にことばを生み出すことはしてこなかった。

ということで、とりあえず「note毎日更新」というわかりやすい目標を立ててみる。文字数制限なし。なんでもいい。2本3本でもあり。
夏休みの毎日日記みたいなものか。書きたいことはたくさんある。進路のこと、研究のこと、日常の些細な発見のこと。
どうやらnoteには「つぶやき」という機能があるそうだが、それでは某Twitterになってしまいそうなので141字以上という制限だけ課す。
9月19日までの7週間、ネタが尽きることがないように有意義に過ごしたい。

自由研究

夏休みの自由研究!
毎年苦しんできたアレを、まさか自主的に取り組む日が来るとは。

今年度のゼミでは春学期にグループ研究をした。
数々の試練を乗り越え悩み考え脳をフル回転させてきた4ヶ月間だったが、初めて、学びの次のステップに踏み込めたような気がしている。既存の議論を知ることだけではない新たな「学び」の領域が目の前に広がった今、学問って面白い!学ぶことは楽しい!というなかなかの研究モチベーションと情熱に溢れている。

秋学期のゼミは研究ではなく輪読をやると聞いた。私のことなので、研究や学びへのモチベーションを保ったまま秋学期を送れるだろうか?
うん、無理だろうな。
調べたり議論したりする、その先を生きていたい。
自分の批判的想像力を酷使して過労死するまで研究していたい。
2ヶ月も暇な夏休み期間、ちょうどいいじゃん!

毎日論文2本

ということで研究と学問への知見を深めるため、毎日論文を最低2本読む。
この「2本」の数は、適当。選ぶ論文の基準も、適当。
論文のスタイルに慣れたいのと、自分の研究領域を深めたいという理由。

積読解消大作戦

積読がこれまでない以上に溜まっている。
本棚が軋み、机や床や椅子の上や、いろんなところに積まれている。地震来た時に心配なレベル。買った本、借りた本、よくわからない本。
通学時間の読書はすぐに酔ってしまうからできなかった。この機会に、ようやく手をつけてみる。

小説30冊、自己啓発本8冊、学術書20冊くらい。図書館の予約機能では20冊ほど登録してある。
読むのが遅いタイプだし、せいぜい10冊というところか。これプラス、論文も読むのだし。

というワケで、この夏はインプットとアウトプットを同時にやっちゃえ、という無謀な計画だ。
今まで避けてきたこと、逆に追求したいこと、全てに向き合ってやろう。

進路を考える

小さい頃から趣味が多く好奇心でいっぱいな子供だったが、なんだかんだ小学校からエスカレーター式で高校までのぼってきた。
自分の興味関心を見つけて一般受験を考えた時もあったが、なんだかんだ親の反対で推薦受験をして大学に進学した。
なんだかんだ生きてきた。
そしてそのあとは就職をするのが「普通」とされるライフスタイルであり、両親はそれを望んでいるのだろう。このままなんだかんだ、就職するか。

いーえー!しませぇぇぇぇん!!!!

と、言いたいところだが、現実は理想通りにいかない。
まずは学費問題。そして大学院の意義。
1、2年生の時以上に学ぶ楽しさを知ってしまった今、院進への道が明るく輝いて見える。就活が嫌だとか学位が取りたいだとかではない。ただただ、今の学びや研究を続けていきたいのだ。それが本心だ。
しかしどこでもできてしまうのが勉強である。わざわざ大学や院に所属していなくても、いくらでも学びは広げられる。
別に院進しなくていいじゃん

今同時並行で就職活動をしている。夏はインターンもいくつかある。
見つけてしまった自分の矛盾に向き合うのが恐ろしかったけれど、いつか同時並行に限界が来るだろう。あまりにも恵まれすぎた環境で育ってきているくせに少し反発してみせたりするのはもうやめたい。親や環境のせいにしないで自分の責任で生きていくために、進路について考えてみる。


夏休みnote1日目。
今日はこれでご勘弁いただきたい。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?