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所得を増やす移民、所得を減らす移民

改正入管法が国会で可決されるかどうかというこのタイミングで、非常に面白い研究結果が出てきたので、こちらで共有したいと思います。

舞台は、19世紀から移民を積極的に受け入れてきたブラジルです。

この「移民」の中には、日本人も含まれます。つまり移民の受け入れ側としてではなく、海を渡った移民の当事者としての日本人が登場します。

日本人が海外に移住すると、その国で何が起こるのか?移民問題の議論が盛んとになっても、この視点で語られることは多くはありません。法令が改正されようがされまいが、どのみちより多くの外国人を受け入れる側になる日本人として、興味深い視点を与えてくれます。

移民の国の歴史のif(もしも)

その研究とは、「もしブラジルが移民を受け入れなかったら、国の経済にどのような影響を与えていたか」というテーマで、ブラジル応用経済研究所(IPEA)が実施したものです。

Renda per capita do país cairia até 17% sem imigrantes, estima pesquisa
(仮訳: 移民がいなければ、ブラジルの一人あたり所得は17%低くなっていたと研究で推計)

https://www1.folha.uol.com.br/mercado/2018/12/renda-per-capita-do-pais-cairia-ate-17-sem-imigrantes-estima-pesquisa.shtml?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=comptw
(Folha de São Paulo紙)

ブラジルは、世界でも最も遅い1888年に奴隷制が廃止され、その代替労働力として移民が導入されました。これを主導したのは、コーヒー農園主です。

それまでは先住民族やブラジルを植民地としたポルトガル人、アフリカから導入された黒人奴隷が人口の大半を占めていましたが、これを境にイタリア系、ドイツ系、アラブ系、日系移民がブラジルに渡ってきます。1872~1920年の約半世紀の間に、なんと320万人もの移民がブラジルの地にやってきたのです1920年のブラジル人口に占める移民の割合は、5.1%でした。

それでは、ブラジルは今でも外国人の割合が高いのか?それは否です。

2010年の国勢調査では、外国人の割合は総人口のわずか0.3%にしかなりません。つまり今や移民1世の人口は大きく減少し、その後何代にも及ぶ「移民の子孫」が国民の大多数となっているのが、今のブラジル社会なのです。

移民を導入したことで、1人あたり所得は17%増

研究内容に話を戻しましょう。

「仮にブラジルがイベリア系移民(ポルトガル・スペイン)だけで占められていたら、移民を受け入れた今日と比べ、どのような経済的な差が出ていたのか?」

この問いに対する答えを得るため、この研究では実に斬新な手法を用いています。ブラジル国民1億6,500万人分の名字をAIで分析して、イベリア系やその他の祖先の出自国と紐づけます。その上で、労働雇用省・社会開発省・国税庁の保有する給与額や企業家の所得などのデータを掛け合わせ、祖先の国別に所得水準を導き出しているのです(褐色系・黒人は除く)。

その結果、非常に面白いことが分かりました。移民が導入されなかった仮定のケースと比較して、移民を導入した現実のほうがより多くの富を生み出していたというのです。

具体的にはこんな分析結果が示されています。

正規雇用者の給与は、移民を導入した場合のほうが
移民を導入しなかった場合よりも約17%高い
祖先の出自国別で平均給与額を比較した場合、イベリア系を100とすると
東欧系 105.30
イタリア系 107.20
ドイツ系 108.70
日系 116.40
2010年の1人あたり所得は
実際は R$781.75(約40,650円)だったが
もし移民が導入されていなければ R$683.18(約35,500円)となっていた
日系人が多く集住する市では、1人あたり所得の上昇効果が大きく
市の人口に占める日系人の割合が1%増える度に
市民1人あたり所得が R$23.00(約1,200円)増加している。

※為替はいずれも2010年当時のレート。

ブラジルには190万人からなる日系コミュニティーが存在し、これは世界中の日系人人口の半分を占め、世界最大と言われています。そのブラジルにおける日系人の活躍がここまで明確な数字で示されたことには、この国で暮らすいち日本人として誇らを感じます。

と同時に、こうした移民がいてこそ今のブラジルが成り立っているということを認めることができるブラジルという国の懐の深さに、敬意をいだかざるを得ませんでした。

所得を増やす移民、所得を減らす移民

さて、日本が外国人労働者に大きく門戸を広げようとしているのは、人手不足が最大の理由とされます。奴隷制の廃止による労働力不足が移民受け入れのきっかけとなった点で、ブラジルと共通しています

一方でブラジルにしても、その移民が100年以上先の未来に国に富をもたらすことまでを当時予想できていたわけではありません。この研究成果ひとつをとっても、移民を受け入れるようになって130年の歴史を経たブラジルがもしも違う歴史を歩んでいたら、というシミュレーションです。移民が豊かさをもたらしたと今こうして言えるのは、結果論でしかありません。

ブラジルと日本では、経済力や産業構造、社会背景も全く異なります。だから「日本でも移民を受け入れればきっといいことがある」という短絡的な考えをここで述べるつもりはありませんし、逆に「100年後を予想して物事を考えろ」とまで言うつもりもありません。

しかし、昨今の日本での外国人労働者の受け入れの議論を見るに、国としてのもう少し具体的なデザインがあってもよいのではないかと思います。アメリカのように世界中の頭脳を高度産業に惹きつけたり、あるいは世界最高峰の教育機関に学生を呼び込むでもなく、今回の日本の入管法改正は、あくまで労働力を求めての政策転換です。その結果、国が本当に豊かになり、国民の所得は果たして向上するのかという点は、明確には示されていません

すでに広く指摘がなされているように、外国人「生活者」を受け入れる視点も欠けているようです。労働力だけでなく生活者となる彼らは、単に労働の対価としての給与を得るだけでなく、社会保障も含め国や自治体の財政にも影響を及ぼす存在になっていくわけですから。

移民の受け入れに全面的に反対するわけではありません。ですが少なくとも、ブラジルにおける日系人の存在となってくれるような移民を受け入れるような方針はあってもよいと考えます。日本は移民受入れの後進国であることをよく自覚したうえで、こうした先例から何かを学んでもよいのではないでしょうか。

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