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うしなった夢の続き

あるところでピアノの伴奏から始まるジョン・レノンの「Imagine」をふと思い出したり、
あるところからはデヴィッド・ボウイの「Ziggy Stardust」の歌い出しを思い浮かべたり…。

深夜0時をまわって配信が開始されてから間もないのに、イヤホン越しに耳の奥底へと流れてくるたびに、いろんな情景が思い起こされてくる。

特に意識はしていなかったつもりであったが、ここ直近で上げてきた自分の記事が僅か4分間のサウンドトラックによって、一つの映画のエンドロールみたいに流されてしまったような気がしていた。

あるいは、あと少しで読み終える寸前だった一冊の小説の1ページをめくろうとした途端、木枯らしが突然吹き抜けてはパラパラと音を立てて、間に挟んでおいたしおりが風と共に消えてしまうような…。

始まりに戻ったのか、それとも終わりに近づいたのかすら「わからない」という単語だけでは全てを物語ることはできず、なんとも言えない感覚を覚えていた。


この2023年は、今まで生きてきた中でもっとも失意に満ち溢れた一年だった。

それは現在もこうして本来いるべき場所にいない私だけではなく、おそらくこの世界で同じ思いを抱いた人たちがいるのではないかと思う。

思えば私たちを繋ぎ止めていたものが、一気に解き放たれてしまった気がしてならない。

偉大なるギタリストやロックシンガーに一世を風靡した音楽家、そして世界中から愛され続けた教授も…みんな、あの空より遥か遠い彼方へと旅立ってしまって、もうここにはいない。

あとどれくらい失えば報われるのか、未来に歩き出せるのかと、途方に暮れてばかりいながら何一つ満たされることがないまま師走しわすの時期を迎えてしまった。

それでもなお、希望はこの手に残されていた。はっきりと輪郭すらわからなくても、またいずれ思いがけないことで忘れ去ってしまうとしても。

いつまでも悲しい歌ばかり聴いてなんていられない。けれど無理に背中を押してくるような歌もあまり聴きたくはない。

本当に贅沢な悩みだと思う。自らイイと思った曲を耳にすること以前に、こうして生きているだけでも幸せであるはずなのに。
心が、本能が、もっと前へと進みたがっている。

体のあちこちに大きな穴が空いたまま、これからの人生を歩むことが邪の道しかなく愚かな行為であるとしても、また一つ出会いがあっただけで前に進めるきっかけが生まれた。

「皆さんも一緒にどうですか?」と意味もなく思わず呟いてしまうほどに、儚くも美しい旋律に心を寄せるようにして…なんて柄にもないことを言ったら、少しぐらい誰かは笑ってくれるだろうか。

別に構わないんだ。全部が全部を理解しきれなくても、解釈は人それぞれだから。

年の瀬を迎える前に、好きなアーティストの今年最後の楽曲を耳にすることができて、今が一番幸せだと感じている。



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