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目と目だけの対話

「父さん…父さん。目が覚めた?」

「ツカサ、なんで?どうしてここに!?」

「お見舞いにきたよ、父さんが今日手術するって聞いたから」

「そんなことよりもお前、会社はどうしたんだ?」

「有休取ってきた。だからこっちのことは心配しなくていいよ」

「…そうか。なんだか見っともない姿を見せてしまったな」

「そんなことないよ。父さん、今日もよく頑張ったよ」

「はは、それにしてもまさかこんなことになってしまうとは、思いもしなかった」

「本当だよ。これからはもっともっと自分を大事にしないと」

「そうかもしれないな。今までずっと俺は家族やみんなのためにやってきたから」

「ところで…痛かった?」

「ああ、もちろんめちゃくちゃ痛かった。体の中を掻き回されているみたいだった。」

「やっぱり、そんなに痛かったんだね」

「もしかしたら、このまま三途の川を渡ってしまいそうな感覚だった」

「もう、ヘンな冗談やめてよ。そんなことになったら、母さんきっと泣くよ?」

「はは、そうだな。これ以上悲しませるようなこと言ったら泣くどころか、思いっきり怒られてしまいそうだ」

「そうだよ。だからほどほどにしておかないとダメだよ」

「はぁ、まさかこうして自分の子に身を案じられる日がくるなんてな」

「頑張りすぎるのもそうだし、無理ばかりしすぎだよ。ずっとほとんど寝ていなかったでしょ?」

「どうしてそれを知っているんだ?」

「母さんから色々と聞いた。父さんが入院するって話をしていた時、すごく泣いてた」

「そうだったのか。お前たちには面倒をかけてしまったな…」

「気にしないで。いつか元気を取り戻したら、それだけで十分だから」

「…ありがとな。」

「今日はゆっくり休んで。また、見舞いに来るから」

「わかった。これから東京に戻るのか?」

「ううん、明日の夜ごろに戻る予定」

「そっか。気をつけて帰るんだぞ」

「うん、それじゃ」

「ツカサ!」

「ん?」

「…泣くなよ」

あの日、父が腫瘍を摘出するための手術を終えた後、ほんの僅かな時間だけ面会に立ち会うことを許された。

年末年始の正月以来、数ヶ月ぶりに対面した父の…今まで目の当たりにしたことがなく変わり果ててしまった姿に、私は思わず息を呑んだ。

おそらく父は、私が病院に駆けつけることを予想していなかったのだろう。目と目があった途端「なんでここにいるんだ?」と伝えようとして、両目を大きく見開いている。

その隣にいた母と、父の姉は「頑張ったね…よく頑張ったね」と涙ぐみながら手術を終えた父を励ましていた。

面と向かって直接口にして言葉を交わすことができなくとも、私はあの時あの場所で、ほんの少しだけ父親と対話をしている感覚に浸っている。

そして、「また来るからね」とだけ言い残してその後も会いに行けなかった私を、あなたは今も赦さないままでいるのだろうか…。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!