アジの開きループ。
自転車に乗って移動中。
同じ進行方向をクロスバイクにまたがったお兄さんが。
ビジネス仕様の斜めがけバッグの隙間にスーツのジャケットを差し込み、センター分けの黒髪をなびかせながら、スラッと伸びた長い足でペダルを踏み込んでいくお兄さん。この時期だからか、元々自転車通勤なのかは分からないけれど、めちゃくちゃ様になっている。カッコいい。「同じ道を走っている」ということ以外は、自分とはまったく違う人生なんだろう。なんだろうっていうか、絶対にそう。お兄さんは会社へ、僕はベローチェへ向かっている。お兄さんがデスクワークを開始する頃、僕はカフェラテを飲みながらたまごサンドを食べている。ほら、全然違う。そもそも、顔の作りが違い過ぎる。ダビデ像みたいな彫刻と木彫りの民芸品の差。あと背も違うし体型も違う。っていうか、なんか、足超長くない?スーツだからかい?スーツだから足が長く見えるのかい?ペダルが上下するたびに伸縮する足と、伸びた時に見える靴下の効果によって手品かと思うくらい足が長く見える。実際は意外と並んだら変わらない、目の錯覚的なやつなのかい?と思ったら、腰の位置がすでに違うじゃない。腰の位置、高いねぇ。じゃあ長いじゃん。お兄さん、足長くない?
そんな足の長さに見惚れながら、赤信号で二台は仲良く停止。お兄さんがバッグに引っ掛けていたスーツジャケットのポジショニングを探っている時に、そいつはベロンとその姿を現した。
バッグのショルダーベルト部分に、「アジの開きのキーホルダー」がついていた。
あ。アジのキーホルダーだ。
それはなかなか立派なサイズのキーホルダーだった。だからすぐにわかった。全長11、12センチの立派なアジの開き。同じ魚の開きでも、サンマならまだ身幅が狭い。でもアジはおなかがぽっこりしている分、開いた時の総面積が広くなる。キーホルダーもそれにならってキッチリと開いている。よって存在感が半端じゃない。
……なんでついているんだろう。
僕の興味はあっという間に「足の長さ」から「キーホルダー」へと移った。え、、なんでついているんだろう…合ってる?アジ的にもそこで居場所は合ってる??…え、本当になんでついてるんだろ…なんで……
別に、アジの開きのキーホルダーが嫌いなわけではない。 というか、アジの開きのキーホルダーを好きとか嫌いとかで考えたことがない。ただ、お兄さんの装いには似つかわしくないことは確かである。全然イメージになかった。だから上着で隠していたのか?でも、だったら取ればいいのに。なんで…お兄さん的にアジが好き過ぎるからか?だとしたら、好きの気持ちが強すぎてキーホルダーのサイズがイビツなほど大きくなっていることを周りが指摘してあげるべきだ。もはやキーホルダー本来の機能よりも、車に赤ちゃんが乗っていることを伝えるステッカーのように存在を主張するためにぶら下がっている感じがする。「ちょっとそのキーホルダーは大きいんじゃないか?」「好きならステッカーとかポーチとか、他のもので分散する方法だってあるんだぞ?」と、上司でいいから教えてあげてほしい。
似つかわしくない場所にあるアジの開きのキーホルダー。それだけで、考える余地がたくさんある。それなら「つけている理由」を探せばいいのか。
釣りが好き、初めて釣ったアジの剥製、アジマニア、兄が魚関係の人(父親か弟でも)、自分でデザインしたもの、我が子から初めてもらったプレゼント……不思議。理由にドラマ性があればあるほど、むしろ取っちゃいけないキーホルダーになっていく。強い理由があればこちらも納得してアジの開きを受け入れることができるし、子供からのプレゼントだとしたら、取った時点で人間性を疑う目さえ出てきた。
また、お兄さんがアジマニアだった場合、キーホルダーのサイズ以前にキーホルダー以外のアイテムを持っている可能性だってある。
となると、カバンをあけたら出てくるかもしれない。
こういう筆箱とか、
こういうスマホケースとか、
ジムではこういうTシャツを着て、
家では愛犬がこれで遊んでて、
ご当地キティちゃんも未開封で持っていたり、
旧スマホはこのアジが取れて使うのをやめていたり、
あの日勇気がなくて渡せなかったイヤリングを大事にしまってあったり、
食器棚には客人用の分までこの子が並んでいるのかもしれない。
………え、待って。
アジの開きグッズって世の中にめちゃくちゃあるじゃん。
ちょっとビックリなんですけど。
ご当地キティちゃん?
…かわいいじゃないか。
箸置き?
…もう欲しいんですけど。
知らなかった。
世の中はこんなにもアジの開きで溢れていたんだ。
……あれ?
…もしかして、お兄さんもこうしてキーホルダーに辿り着いたのではないか??
誰かの「アジの開き」を見かけ、「あの人はなぜ『アジの開き』なんだろうか?」と始まり、「待って、アジの開きグッズって無数にあるじゃん!」という驚きと共に「まあオレはこれかなぁ!」と、あのキーホルダーに辿り着いたんじゃないだろうか。世の中に溢れるアジの開きグッズ達はこうして流通し、アジの開きがアジの開きを呼んで広がっているのでは…だとしたら、自分も気づかぬうちに「アジの開きループ」に入っている。もう各グッズの焼き目の具合を見比べたりしている。ネットじゃなくて実物を見たくなっている。ハンズやロフトに行ってみたくなっている。
ただ、怖いことに、けっこう調べたはずなのに、お兄さんがつけていた「アジの開きのキーホルダー」が全く出てこない…。こうなると、、アジじゃなかった可能性が出てくる。可能性というか、たぶん違うっぽい。…マジか。じゃあなんで自分は今、アジの開きループに入ってんの?生きてきた中で一番アジの開きについて考える時間だったんですが。キッカケになったキーホルダーは、アジじゃなかったんですか??
今はもう、別の小魚で検索するのも怖い。少しでもアジだった可能性を残しておきたいから。正解なんて不明慮のままでいい。怖い事実よりも都市伝説の方が楽しい。間違いないことでいえば、こうしている間にもお兄さんは世の中のために働いていて、こちらはたまごサンドを食べながらアジの開きについて考えているということである。
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