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ゼロから始めないリスキリング


言葉は常識、意味は知らない

「常識ってなんだろうね」「多数派が信じてること……かな?」

これが正しいのか分からないけど、もしそうだとしたら『リスキリング』という言葉は、今年、ビジネスパーソンの常識に仲間入りした。

この言葉は2021年頃に使われはじめ、同年8月、日経新聞の経済ナレッジバンクに『リスキリング(学び直し)』が追加された。ワークポートの調査によれば2021年は28.8%だった認知度が、2023年には53.5%になった。この数字を鵜呑みにはできないけど、2021年にはMENTAが認知度21%、2023年にはUtilityが52.8%ベネッセが56%と同じような数字を出しているから、実際にこれぐらいなのだろう。PONTA会員調査だけが今年の認知度34%と外れ値を示しているけど、これだけが唯一、対象は就労「経験」層なので、「元」ビジネスパーソンである退職者(例えば主夫・主婦)が少なからず含まれていそうだ。

おそらくは今年、認知度が過半数に達してビジネスパーソンの常識となったリスキリング。でも各社調査からは、もう一つ見えてくることがある。この言葉を知っている人の半分くらいは、聞いたことがあるけど意味は知らないとか説明はできないというレベルだ。……なんてさも知った風に言ってみるけど、僕がまさにそうだった。

セルフレジで見たリスキリング

意味は分からないけど雰囲気でなんだか嫌な言葉だと思っていた。ついこの間、こんなやり取りをしたばかりだ。

「リスキリングって文字がさ、もう目にした瞬間にリスがどうかされちゃいそうでヤダね」
「わかる。じゃあ『Re:スキリング』とか書いたらどう」

同じく毛嫌いしている友達の、同感だけど物騒な物言いに、愉快な提案で返せたつもりになってた。数年前に『Re:ゼロから始める異世界生活』という作品が大当たりした頃には、とりあえず「Re:」とつけておけばネタになるといった感じがあった。もう旬ではないけど、意味合い的にもre-skillingだから合っていて、そこそこセンスのいい切り返しではと思った。その時は。

最悪のセンスだった。そう気づくに至ったきっかけは、買い物中にレジ脇でこんな声を聴いたことだった。

「ねえ、ちょっとやり方説明してよ!」

あ、こういうの久しぶりに聞いたなと思った。

コロナ禍で「触わらない・話さないお会計」が求められた2021、2022年は、セルフレジに切り替えるお店が一気に増えた。近所のセブンイレブンやオリジン弁当はすべてのレジが支払いを自分でするセミセルフ式になったし、ユニクロとダイソーは完全セルフ式になった。ユニクロは一台だけ有人レジ(兼、裾上げ等の受付カウンター)があるけど、ダイソーには有人レジはなくなった。

レジが入れ替わった直後は、あちらこちらで店員さんを呼ぶ声がした。それからもう2年。店員さんを呼ぶ声をあまり聞かなくなった。セルフレジを使うような人は、だいたいみんな使い方も覚えたのだろう。MS&Consulting社の調査では「普段からセルフレジも使う」という人が、この2年間で55.7%から66.4%へ増えた。10%、つまり身の回りの10人に1人ぐらいは「セルフレジでの買い物」というスキルを身につけたのだ。

そしてふと思った。あれ、リスキリングって、こっちなのでは?

リスキリングは日常能力のちょい足し

学び直しなんて言うから、一からスキルを身につけ直すようなことかと思っていた。よく人の能力はT字型だという。横棒が「浅く広く」身につけた社会人とか会社員としての日常能力で、縦棒が「狭く深く」身につけたプロとしての専門能力。僕はこの縦棒、専門能力が古くなっちゃったから学習やり直しみたいなことかと思ったのだ。それは長年積み上げてきた時間が捨てられるようでつらい。長年積み上げてきた自信が折られるようでつらい。

でも早くからリスキリングについて発信していたリクルートワークスは、学び直しではなく、こう説明している。

リスキリングは「これからも職業で価値創出し続けるために」「必要なスキル」を学ぶ

リスキリングとは ―DX時代の人材戦略と世界の潮流―

例えば、ユニクロで子供服を買っているこの人は、保育園の先生やベビーシッターといった子育てのプロかも知れない。子供服の買い物は、そのお仕事の一環かも知れない。そんなこの人、機械は苦手でセルフレジを使えないのが玉にきずだったけど、それで困ることもこれまでなかった。

でもある日、ユニクロにはセルフレジしかなくなっちゃう。このままではお仕事に差し支える。そこで決心して「セルフレジでの買い物」スキルを身につける。そして再び、子育て専門職という「職業で価値創出し続ける」ことができるようになる。

あるいは、ダイソーで雑巾やスポンジやゴミ袋を買い込んでいるこの人は、コンマリもかくやの片付けコンサルタントかも知れない。そんなこの人だけど、以下同様な感じで「セルフレジでの買い物」スキルを身につけることで、また片付けコンサルタントという「職業で価値創出し続ける」ことができるようになる。

子育てのプロや片付けのプロが、セルフレジでの買い物スキルを身につけることで、プロとしての価値を維持する。それは間違いなくリスキリングだ。彼らのセルフレジでの買い物は、人より秀でた「深い」専門的な能力ではなく、みんながやっていることと同じ「浅い」日常レベルの能力でしかない。専門能力が必要とする、日常能力のちょい足し。たったそれだけのことが、立派なリスキリングだった。

好奇心が日常をリスキリングに

なんだ、こんなことか。そう思ったら、肩の力が抜けた。

そう考えると、「Re:スキリング」は本当にひどいセンスだった。ゼロから始めるのだというカン違い丸出しで、しかもそれを広めようとしていた。リスキリングはゼロから始めない。スタート地点は、やり直しのゼロではなくて、いまの僕だ。毛嫌いするようなことは、なにもない。それに僕だって、それはやっているようだ。

僕はこうやって時々文章を書く。それは自分で書くけど、調べ事が必要になった時は、まず検索する代わりに生成AI(ChatGPTみたいなやつ)に聞く。文章に沿える画像も、生成AIで作る。実際には候補作を数十枚作らせて、選んで手直ししてだけど、あわせて30分ぐらい。どちらも時短になる。思いついたキーワードを入力するぐらいの浅い使い方だけど、その「広く浅く」能力のチョイ足しが、僕の専門能力を活かしている。これもリスキリングだ。

イマドキの日常能力をチョイ足しするだけなら、気軽に「これ最近話題になってるな」とか「これ最近やってないな」ということに手を出していけばいい。もし会社がリスキリングとか言い出したら、しめしめ、新しいことにガイドとか支援付きで手を出すチャンスだぞと考えればいい。身軽に好奇心に従えば、それが日常をリスキリングにしてくれる。そう思った。

ああ、そんなことに気づいたのも、また「学び方のリスキリング」をしたということなのかも知れない。

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