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テレワークの環境負荷とこれから

「企業がCO2(環境負荷)削減をうたうとき、テレワーク化でオフィス縮小してその分電力が減ったというのはおかしくない?」

そんな投稿を見て、テレワークの環境負荷はどうなのか、ちょっと確認をしておこうと思った。結論から言えば、第一にテレワークで家庭の電力消費が増加する分以上にオフィスの電力消費が縮小され、合算しても節電効果が期待できる。第二に、節電効果以外にも通勤で排出されるCO2の削減効果が大きい。ただし、現代のオフィスでは電力消費だけならそれほど変わらない可能性もあるし、また市民感覚はすでにテレワーク化して終わりではなくその次の一歩を期待しているかも知れない。

1998年の環境政策提言

見つけられた範囲だと、1998年の「情報通信による地球環境保全のための政策提言(答申)」に、テレワークが環境負荷を低減するとの提言がある。

テレワークは、交通代替による大きなCO2削減効果が期待できる。前述のように当審議会の試算では、テレワーク人口が2,080万人となった場合、110万炭素換算トンのCO2削減効果が見込まれており、その実現のため、郵政省が推進している(1)公務員への積極的な導入、(2)テレワークセンター施設整備事業の推進、(3)テレワークに関する国際的な連携の推進等の施策を一層推進するとともに、今後、民間分野におけるテレワークの導入を一層促進するため、関係省庁と連携しつつ、税制支援制度や財政投融資制度の創設等の支援措置の充実を図る必要がある。

第9章 政策提言 - 「情報通信を活用した地球環境問題への対応」答申(後半)

算出方法は「資料8 テレワークによるCO2排出削減量の試算」にまとめられている。CO2削減要素には(1)通勤・出張・業務移動の代替、(2)オフィスでの勤務量の減少、(3)オフィス増築の減少にまとめられていて、交通代替の影響はこのうち(1)に含まれている。CO2排出増加要素には(1)情報通信ネットワークの利用の増加、(2)在宅での勤務量の増加、(3)機器の製造・運用にまとめられている。

2011年の総務省試算

2011年の「情報通信白書平成23年版」には「テレワークの可能性」というコラムが設けられた。東日本大震災が起こった年であり、コラム冒頭には、次のようにある。

今般の東日本大震災においては、地震やその後の計画停電等の影響により、通勤においても多くの制約が発生したが、そのような中、事業継続性の観点、また、電力供給不足に対応した節電対策の観点から、テレワークが改めて見直されたところである。

コラム テレワークの可能性 : 平成23年版 情報通信白書

この節電対策として行われた東電管轄地域での輪番停電(計画停電)で、都内23区を除く8都県は数日に一度3時間の停電があった。私も停電時間中のオフィスで、100名ぐらいの同僚がただ待機している姿を眺める経験をした。組織が輪番停電中の業務継続性を考えたなら、他地域で業務を継続できるテレワークは有効な選択肢だったろう。もちろん1998年と同様にテレワークそのものの、節電効果も期待されている。

総務省において、実証事業のデータに基づき試算した結果、テレワークの導入に伴うオフィス勤務人員の減少・オフィススペースの工夫により照明を1/2消灯、勤務時間の短縮によりオフィスICT機器及び空調の使用時間を13時間/日から8時間/日に短縮、在宅勤務者の空調・照明の使用時間は勤務時間8時間/日のうち4時間/日と想定した場合、オフィス・家庭全体での電力消費量は、一人当たり14%削減可能であることを公表した。

コラム テレワークの可能性 : 平成23年版 情報通信白書
出典「コラム テレワークの可能性 : 平成23年版 情報通信白書」図表6

グラフを見て一つ気づくのは、通勤の環境負荷がここには含まれていないことで、オフィスと家庭の電力消費量だけを考えても14%の効果と見込まれている。元となった「テレワーク(在宅勤務)による電力消費量・コスト削減効果の試算について」(国立国会図書館によるアーカイブ)では、これと別に「テレワーク導入によるガソリン削減効果」も挙げており、CO2削減にはこの両方が効いてくることになる。

2018年の簡易算定ツール

環境省の平成30年版 環境・循環型社会・生物多様性白書では第1部 第3章 第5節として「環境保全にも資する働き方改革」が設けられており、上記の2011年の試算を紹介している。

総務省の試算によれば、一定規模以上の人員を対象にテレワークを導入するとともに、オフィスのフリーアドレス化、フロア単位の輪番消灯・間引き消灯の実施、エアコン利用時間・スペースの縮小等を行うことにより、オフィス自体の電力消費量は一人当たり43%削減可能であり、テレワーク導入による家庭での電力消費量の増加を考慮しても、オフィス・家庭全体で電力消費量は、一人当たり14%削減可能と試算されています。

環境省 平成30年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第1部第3章第5節

この年、環境省からは「持続可能な開発目標(SDGs)活用ガイド」が発行されたほか、「『働き方改革によるCO2削減効果』簡易算定ツール」というExcelファイルが公開されている。このツールでは、次のような「CO2削減につながる取組みメニュー」を設定し、その実施規模を入力するとCO2削減効果が推定されるようになっている。

  1. 通勤方法を変更する。車通勤から鉄道/バス/徒歩または自転車に変える、鉄道/バスから徒歩または自転車に変える。

  2. テレワーク・自宅作業を実施する。通勤によるCO2排出をなくす、オフィスで使用していたエネルギーを減らす。

  3. 残業時間を減らす。定時外のオフィスで使用していたエネルギーを減らす。

  4. オフィスでできる取り組みにチャレンジする。冷暖房温度変更(クールビズ/ウォームビズ)、照明を間引きまたはLEDに交換する、給湯器の使用をやめる、飲料自販機の利用を抑える、エレベーターの使用を抑える、窓を断熱化する。

ここでもテレワーク化で電力消費自体が抑えられることを前提としており、これと通勤時のCO2排出の削減効果の両方に注目している。

2022年の市民感覚

ここまでをまとめてみよう。

  • オフィスの電力消費削減と家庭の電力消費増加を足し合わせても、テレワークには節電効果がある。

  • 節電効果以外に、通勤で排出されるCO2がなくなる効果も大きい。

だから冒頭の問いには「おかしくない」と答えることもできるけど、それなのにおかしく感じるのはなぜだろう。ロイターがまさしく「在宅勤務でCO2排出量は減るのか」と題した記事で、こう指摘している。

セールスフォース・ドット・コムで責任者としてCO2排出削減に取り組むアマンダ・フォンアルメン氏は「排出量が消えてなくなったわけではなく、単に別の場所に移動しただけだ」と語る。セールスフォースをはじめ、ロイターが取材した大企業20社の半数は、自宅の職場から排出されるCO2を試算している。これらの企業のうち6社が詳細なデータを示しており、合計50万人の従業員がパンデミックの発生から約1年間に排出したCO2は13万4,000トンに上った。これは1,500万ガロンのガソリン消費、ないしは6万7,000の石炭燃焼に相当する。何百万人もの従業員が通勤せず自宅で働くようになることで環境にプラスの効果がもたらされるのは確かだが、この見積もり結果はリモートワークへの移行が企業のCO2排出問題にとって単純な解決策にならないという事実を如実に物語っている。

焦点:在宅勤務でCO2排出量は減るのか、算定方法も未確立 | ロイター

記事が示す現状認識は、こうだ。

  • テレワークは環境にプラスの効果がある

  • でもテレワーク推進だけでCO2排出問題解決のゴールにはならない

  • 企業でもそう考え、そう表明するところもある

多分、過去との大きな違いは、企業の掲げる目標値や社会が求める期待値が大きく変わったことだろう。現在のエシカル企業が掲げる目標値は「カーボンニュートラル」「再生可能エネルギー100%」といった具体的数値、それも0や100といった「すべて」を示す数値で、社会もそれを認識している。

カーボンニュートラルを達成したアップルは次の目標として「事業全体、製造サプライチェーン、製品ライフサイクルのすべてを通じて」2030年までにネットゼロと2020年に発表し、これに国内20社を含む175社のサプライヤーがこれに同意したと日経新聞が報じている。アマゾン、グーグル、セールスフォース、メタなどが掲げている目標は「再生可能エネルギー100%」だ。2019年時点で世界の電力消費約2万3千TWhの1%を超える300TWhをデータセンターが消費と推計されているが、その筆頭である彼らの電力調達方針は、サプライヤーである電力業界にも影響を与えるだろう。

こうして「カーボンニュートラル」「再生可能エネルギー100%」という目標が最先端のエシカル企業から周辺のサプライヤーに伝播し広がっていくと同時に、AmazonやiPhoneやFacebookやGoogleで身近な有名企業がこの目標に言及し続ければ、市民感覚も「いまどきの企業目標はそうなんだな」と思うようになる。冒頭の問いの背後にある違和感は、たぶん「テレワークでカーボンニュートラルや再生エネ100にはならないんじゃない?」なのだ。

これからのテレワーク施策

グリーン調達やグリーン購入という考え方は90年代からあったが、SDGsの広まりの中で消費者行動はエシカル消費としてあらためて注目を集める一方、企業活動では資金の調達までもエシカル投資が無視できなくなっている。90年代との違うのは社会や市民が抱いている期待値、「カーボンニュートラル」「再生可能エネルギー100%」だ。ロイターによれば、一部の企業はテレワークへのシフトだけでは現代の期待値に応えられないと理解しているし、そこから「テレワークの電力消費と環境負荷」削減に踏み出している。

メタは事業の100%を再生可能エネルギーで賄う方針を守るため、自宅職場用に使う再生可能エネルギーの排出権クレジットを購入しているが、自宅で使う天然ガスのオフセット(相殺)はしていない。セールスフォースとアルファベット子会社グーグルは、消費エネルギーの100%を再生可能エネルギーから調達するという目標から、自宅職場で使用する電力を除外した。自宅の電力使用については別途さまざまな取り組みを検討しているためだ。それでもテレワークで排出されるCO2のオフセット用の排出権クレジットは購入している。

焦点:在宅勤務でCO2排出量は減るのか、算定方法も未確立 | ロイター

これは先進的で倫理的(エシカル)な取組だと思う。ただし排出権クレジットを購入しても、実際にはある組織のCO2排出のツケを別の組織に回してるだけで、フォンアルメン氏が言う「排出量が消えてなくなったわけではなく、単に別の場所に移動しただけ」にも思える。本当は、排出量が消えてなくなるように努力したいし、企業はオフィスや工場で実際に排出量削減にも取り組んでいる。だからこそ、記事は次の一文で始まっている。

従業員が自宅でコンピューターの電源を入れ、ガスコンロに点火し、世界で最もエネルギー効率の高いオフィスには出勤しなくなった場合に何が起きるか。

焦点:在宅勤務でCO2排出量は減るのか、算定方法も未確立 | ロイター

「2018年の簡易算定ツール」までの前提より、オフィスのエネルギー効率はよくなっているだろうし、通勤廃止分を除いた純粋な電力消費だけを見たらテレワークと変わらないという可能性も存在するだろう。でもその可能性を含めるにせよ含めないにせよ、次はこうなる。

気候変動専門家によると、結局これらは表面的な措置にすぎない。イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のエレフセリア・コントウ准教授は「排出量削減目標を真剣に達成しようとするなら、企業は自宅(職場)を改善対象として考え、真っ先に動く必要がある」と訴える。

焦点:在宅勤務でCO2排出量は減るのか、算定方法も未確立 | ロイター

セールスフォースやアルファベットなどの先進的なエシカル企業は、従業員の自宅の断熱工事とか太陽光発電設備導入とか再生エネ100%の電力会社への切替えの推進に乗り出すかもしれない。同時に、彼らがグリーン調達を通じて周辺企業にもそれを求めるかもしれない。

SNS界隈でよく聞く「全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっている」という仮説を思い起こせば、彼らのサプライチェーン、そこに含まれた企業のサプライチェーン、…と辿っていくと、案外ソフトウェア業界ぐらいならすべての企業が簡単に先進企業のネット・ゼロに繋がってしまうかもしれない。これはまあ、ずいぶんにシンプルすぎるシナリオだけど、どうなるにせよこれからのテレワーク企業になにが起きるか考えることはずいぶんとエキサイティングだ。

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