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インターバルを無心で過ごす人、夢中で過ごす人

「作業が煮詰まったから、他の作業をしようと」
「作業が煮詰まったら、休憩するんだよ」
「だから、気晴らしに他のことするんじゃない」
「違う、他のことをしないで休憩するんだ」
「……休憩ってなにするの……」

休憩は、ぼんやりと無心で過ごすことだ。無心になれるようなことをして、脳に自由時間を与えることだ。分かりやすいのは散歩やコーヒーブレイク、ティータイム。ストレッチや体操とか、もしかしたら料理とか掃除をするのがいい人もいるかもしれないけど、いずれにしても無心になれるようなことをして過ごす。

タイパという言葉が流行り、作業を並行して隙間時間を極力なくしたり、スマートデバイスを取り出して隙間時間もなにかしたがったりという時代で、もしかすると本当に「休憩」と言われると戸惑う人が増えているのかもしれない。でも真剣に効率のことを考えるなら、行き詰まった時にほかの作業をしない方がいい理由と、休憩をした方がいい理由、どちらもある。

マルチタスクのデメリット

あることをやって、別のことをやって、最初にやっていたことに戻ってきて……こうした作業を頻繁に切り替えるマルチタスクの働き方は、ある作業の待ち時間に別の作業を進められたり、誰かからの依頼は割込みとして優先的に返答してあまり待たせずに済んだり、メリットが多いように見える。でも一方で、人間の脳がどうもマルチタスクに向いていないと考えられる理由も以下のようにいろいろ見つかっている(マルチタスクの問題は「二重課題干渉」と総称されてるみたいだった)。

・短期記憶と長期記憶に分かれた記憶の仕組み
・総量が決まっている認知資源(注意資源)
・注意の向け先の切替えが簡単ではない注意残余
・マルチタスクによるストレスホルモンの生成増加

記憶の仕組みを考える時、僕は一つの比喩として作業机をイメージする。いましている作業のための資料になる本やアイデアを書き付けたメモ、文具等をめいいっぱい広げた机だ。机上のスペースには限りがあるから、それ以外の資料などを使いたい時はそれらが収納された棚から探し出してくる。できれば使いそうな資料はすぐに見つかり手の届く、机の近くの棚に集めておきたい。

作業を中断して他の作業をする時、新しい資料やノートを開くには机の上に空きが必要だ。めいいっぱい机上を使っていたなら、一部は棚に戻すことになる。また元の作業に戻ってきたときは、机上を元通りにする手間からスタートだ。もう予想していると思うけど、机上は短期記憶、棚は長期記憶、一つ一つの資料やメモはチャンクと呼ばれる一塊の情報だ。机の上にあたる短期記憶に入る情報チャンクは7つ前後だという。大きな仕事をマルチタスクで並行したら、その裏ではわりと頻繁に記憶の出し入れをすることになる。

マルチタスクのデメリットは、こうした作業切替えのコストによる効率低下と、それが生むストレスによる脳のダメージだとまとめられる。だから「別の作業を」「気分転換にはなるから」というのはお勧めしない。煮詰まる(行き詰まるが正しそうだけど)ような大きな仕事なら、頭を休めて、そのあとは他のことをせずに元の作業に戻った方がいい。仕事に必要なものが机上でスタンバイしてるままの状態に戻ってきた方がいい。

ぼんやりと過ごす休憩のメリット

じゃあ「気分転換になる娯楽」というのはどうだろう。例えばSNSや動画、ゲーム。でも実はぼんやりと過ごす間に、脳はその時にしかできない「ぼんやりと考える」という働きをしているらしい。脳の中には、次の三つの「考える部分」があるのだという。

(1)浅く考える部分…記憶を一時的に保管する「脳のメモ帳」。ワーキングメモリという
(2)深く考える部分…前頭前野の熟考機能で司令本部的な働きをする
(3)ぼんやりと考える部分…デフォルトモードネットワークという。ぼーっとしているときに働く
「オンライン疲れ」の正体は“脳過労” 脳科学で考える「1日5分」効果的な解消法(2/4)〈AERA〉

このぼんやりと考える部分、デフォルトモードネットワーク(DMN)には次のような機能がある。

脳は以下のプロセスで情報を処理しているのだそう。
・入力:五感を通して情報を収集する
・整理:入力した情報を取捨選択する
・出力:言葉や行動として表す
DMNが重要になるのは、2番目の「整理」段階です。(略)DMNが正常に働いていれば、脳内の情報がスッキリと整理されます。また、蓄えられた情報がそれぞれ結びつきやすくなり、新しいアイデアが生まれるというメリットも。つまり、DMNが活性化すると、創造力が高まるのです。
DMNとは? 創造力を高め、脳疲労を防ぐために知っておくべき9つのこと - STUDY HACKER

上記の記事では、11世紀の中国の文学者が文章を考えるのに適した場所とした「三上(馬上、枕上、厠上)」を紹介している。ホウレンソウ(報連相)という言葉の発案者、山崎富治氏は「私の場合は風呂、つまり浴上だ」と著書で明かしている。そういえば「アルキメデスの原理」のアイデアが生まれたのも入浴中で、アルキメデスは「エウレカ(見つけた)」と叫んで裸のまま浴場を飛び出したという(これを含めるのはちょっと反則気味だけど)。

机上に資料やメモをめいいっぱい広げたら、次はそれをひとつにまとめて整理し課題の全体像や問題点の詳細を明らかにするだろう。脳内に情報チャンクをめいいっぱい広げたら、ぼんやりと考えるデフォルトモードネットワークにこれをしてもらうために、ぼんやりと過ごす。難しい問題や複雑な問題ほど、このステップは欠かせなそうだ。

アイデアはコーヒー店で生まれる

この話で僕が思い浮かべるのは「アイデアはどこで生まれますか」と問いかけたFriskのCMだ。いわく「ベッド:22%。公園:18%。洗面所:7%。トイレ:32%。風呂:29%。バス:17%。ステージ:1%。空港4%。プール2%」。枕上、厠上、馬上(車上)に浴上も並べた後「Hello, Idea.」のコピーが表示され、そして付け足すように「会議室:0%」の一コマ。

Friskのコマーシャル「Hello, Idea」シリーズの「Idea Place」編より

この一コマは「あるある」と苦笑を誘う一方で、真剣に問題を考えてる会議中には「ぼんやり考える」時間がないことの影響を示唆してもいる。もしこのCMに苦笑したなら、あなたもこんな脳の仕組みに心当たりがあるのだろう。奇しくも、TEDに「良いアイデアはどこで生まれる?」というプレゼンがある。プレゼンターは1650年頃に誕生した英国最古のコーヒー店の写真の前で「(コーヒー店が)これまで500年にわたって知的創造の発展と普及、つまり啓蒙運動の中心的役割を担ってきた」「この時代に生まれた膨大な数の革新を紐解くとその歴史のどこかにコーヒー店が関わっています」と語る。

Steven Johnson: スティーブン ジョンソン「良いアイデアはどこで生まれる?」 | TED Talk

これは「コーヒー店での雑談の中でアイデアが出会うから」と説明されているが、それも頭の中の机にメモや資料をならべたまま、注意は目下の課題に向けたままぼんやりしに行くから、当たり障りのない雑談の中でふとその話題になるのだ。会議室で別の議題を討論していては、そうはなりにくい。マルチタスクとは思考を中断し別の会議室に行ってしまうということでもある。同じような例えをするなら、インターバルをとってもその間にスマートフォンを取り出して夢中で過ごすのは、パーティー会場やアミューズメント施設に足を向けるということだ。脳は絶え間なく楽しい刺激を与えられ、絶え間なく「浅く考える」インターバルを過ごすことになる。

散歩やコーヒーブレイクなどをして無心で過ごすと、脳は「ぼんやり考える」自由時間を与えられる。直前まで詰め込んだ情報やアイデアを整理し、時にブレイクスルーを見つけ出してくれる……こともある。もちろん、SNSや動画、ゲームを楽しんだっていい。それで「さあ、仕事に戻って頑張るぞ」と思えたりもする。大切なのは、インターバルの使い道には「息抜き」と脳に自由時間を与える「休憩」の二つがあると知っておくことだ。浅く考えるだけで進められる細かな作業を並行してで進めてる(マルチタスク)ときは息抜きが役立つし、行き詰まるほど大きく込み入った作業に集中して取り組んでいる(シングルタスク)の途中では休憩が役立つ。意識して使い分けができたら、うまくインターバルを活用でき長丁場に強い人になれそうだ。


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