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「天才とホームレス」 第19話 『黒人牧師と過去』

なんという恵みでしょう。
このような景色が見られるとは。

なんという素晴らしい日でしょう。
皆さんに出会えるとは。

ワタシは昔、大罪人でした。

ニューヨークで生まれてすぐに親に捨てられました。
物心つく頃には、スラムの少年たちがワタシの家族になりました。

悪いことはなんでも、皆さんが思いつくようなことはすべてしていると思います。
生きるために。

生きるためにたくさんの人を傷つけました。
しかし、その時、周りにいる誰一人、生きた目をしている人は、ワタシを含め誰もいなかったです。

あの時のワタシは、すぐにカッとなっていました。
周りの人に恐れられていて、それにまた怒りました。

たくさん喧嘩をして、自分もたくさんの危険に合いました。
ワタシは強かった。
18歳になる頃には、少年ギャング団のトップになっていました。
全身に入れ墨を入れ、酒、ドラッグ、女性、すべてに溺れていました。

でも、ワタシの中にあるEmpty、、ええと、、「虚しさ」ですね、それは、何をしても消えなかった。
ずっと苛立っていました。

命を狙われている時もありました。
心の中では怖くてしょうがなかった。
でも、下の者たちのために強く見せなければいけなかったのです。

もう疲れていました。
虚しさを埋めるのも、強がるのも、誰かに恨まれるのも、でもどうしようもなくて、それ以外に生きる道を知らなくて、毎日潰れるまで酒やドラッグをやって死んだように眠りました。

ワタシが20歳になったぐらいの時です。

スラムに教会ができました。

それはスラムの皆が驚き、皆が笑いました。
その神父は盲目でした。
そして教会に一人でした。

彼は弱かった。
外に出るたびに嘲笑われ、殴られ、蹴飛ばされていた。
なぜ、この街に来たのだろう。
なぜ、お供がついていないのだろう。
なぜ、外に出ることをやめないのだろう。
ワタシは不思議でした。
なぜか、目が離せませんでした。

ある日、若いやつらが、彼を襲いました。
お金を奪うために。
罵り、からかい、嘲笑った。
殴り、倒し、奪おうとした。

「おい」
気がついたら声を出していました。
その一言でやつらは散っていきました。
ワタシの顔は知られていたので。

「大丈夫か? 神父サン」
そう言って起き上がらせると、
「ありがとう、ありがとう。
 君は優しいね。
 でもね、、、」
その後の一言で、ワタシは衝撃を受けたのです。
「でもね、
 わたしはこのために来たのです。
 この傷を、恥を受けるためにね」
そう言ってまたヨタヨタと杖をつきながら、
彼は歩いていきました。

何を言っているのか、わからなかった。
しかしなぜか、なぜか心が震えていた。

その日から、その言葉がずっと引っかかって、頭から離れなかった。
それでワタシは、その神父の後を追いかけたんです。

神父は毎日出かけていました。
買い物などかと思っていました。
でも違いました。

人を訪ねていたんです。

躓きながら、よろけながら、街の奥の奥の端の方にいる人たちのところに、立ち寄っていました。
そこで話を聞いていたのです。

道に寝ころんでいる人がいれば必ず話しかけました。
泣いている子どもがいれば歩みより、
喧嘩の声がすれば間に立ちに行きました。

ある時また、若いやつらが彼を囲みました。
ワタシはまた飛び出して行きました。
前とは違い、ワタシは走り出して言いました。
「おい、頼むよ。この人を殴らないでくれ」

去っていった彼らを背に、ワタシは神父にすがるように声をかけた。
「なぁ、覚えてるか?
 前にも助けたことがあるんだ。
 知ってるよ。あんたに助けなんて必要ないんだろ?
 でもさ、教えて欲しいんだ。
 どうしたらあんたのようになれる?
 どうしたらあんたみたいに、そんなに、弱くても、馬鹿にされても、、、自由でいられるんだよ、、、」

神父はゆっくりと言いました。
「ああ、あのときの。
 そうか。ありがとうね。
 わたしみたいになりたいのなら、
 あなたもすぐに、わたしのようになりなさい。
 わたしと同じ、ことをしなさい」
そう言ってにっこりと笑った。

「わかった」
と、言ってワタシは、その人の弟子になりました。

ギャングをキッパリやめ、教会で生活し、神父のゆくところどこにでもついていきました。

神父は朝5時に起きて2時間祈った。
だからワタシも2時間そこにいました。

夜は寝る前に1時間、聖書を読んだ。
だからワタシも1時間、聖書を読みました。
たくさん質問をして、彼の邪魔をしました。

彼の訪ねるところにワタシも行きました。
行く先々で驚かれ、怖がられました。
道ゆく人には馬鹿にされ、笑われました。

それでも、彼の行く先々で、彼と話す人々が、
その中で泣きはじめ、そして最後に笑っているのを見て、これをやめてはいけないと思いました。

それを見てワタシも泣いていたからです。

あるとき神父が暖炉の前で、
「君の話を聞かせてください」
と、言いました。

ワタシはすべてを話しました。
泣きながら話しました。
誰にも話したことのない感情を、
すべて彼に話しました。

すべてを聞いた後で、
「君は、変わりたいのかい」
と、聞きました。
「はい。変わりたいです」
と、ワタシは言いました。
「じゃあね、今、君の罪は許された。
 君の過去も、今も、これからも、もう神のものだ。
 生まれ変わりなさい。
 君の環境がどんなだったか、なにがあったか、なにをしたかはもう手放しなさい。
 その苦しみはキリストが受けた。
 今から君は神の子で、キリストと一つだ」
そう言って神父は、持っていた水をワタシの頭に振りかけた。

次の朝、いつものように神父と共に祈りました。
大きなステンドグラスと十字架の前で。

「行け! 行け!」
急に大きなその声が響いた。

驚いて神父を見ても、何も聞こえていないようだった。

「行け! 行け!」
また響いた。

三回目で、神の声だとわかった。

「主よ、どこにですか」
そう答えると、
「どこに行っても、わたしがあなたと共にいる。
 だから行け!」
そう響いた。

そして声は止んだ。

嬉しくなって飛び出しました。
とにかく歩いて、ときどき走って、歩き続けた。
そしたら一つの教会にたどり着いたのです。

そこで初めて、心揺さぶられるゴスペルを聞きました。
聞いたことのない、喜びに満ちた叫びを聞いたのです。
そのまま、膝をついて祈りました。
「主よ、どこにでも行きます。
 あなたとだったらどこへでも行きます」

そしてそこに、日本人の姉妹、女性の方がいたんです。
そのゴスペルの時間の後に、実は日曜の礼拝のための練習の時間だったらしいのですけど、そこで話しかけてくれたんです。
そして日本の話を聞きました。

そこでワタシは日本に来ることを決めたんです。

「それが30年も前の話です」

そこにいた皆が、静かに聞いていた。

「長々と話してしまってスミマセンでした。
 今日、ここに皆さんと出会えたことが嬉しくてつい、、、
 明日のお祭りも本当に嬉しいんです。
 それが伝えたかったんです」

「なるほどー!
 神父さん、めっちゃ悪かったんやなー!」
そんなてっぺいの声でみんな笑った。

「ははは。てっぺい、ありがとう。
 今日は皆さん、明日の祭りのために来てくださってありがとう。
 教会のどこでも使って準備してください!」
その号令で僕らも動き出す。

教会の礼拝堂では、ゴスペルライブとライブペインティングが行われる予定で、
教会の前の河川敷を使って、いろんな店を出すつもりだ。
牧場から猪肉やチーズなどはもちろん、中心には和太鼓、文房具が景品のくじ引きや、町工場の発明品体験コーナーなどもある。

テントや机や椅子を教会から運び出す。
その時、初めてドアの裏に文字が書いてあることに気づいた。

『強くあれ。雄々しくあれ。
 恐れてはならない。おののいてはならない。
 あなたが行くところどこででも、
 あなたの神、主が共におられる』





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