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小説「洋介」 12話

 冬休みに入って一週間が過ぎた。

 親戚が家に来たり、家族でおばあちゃんの家に行ったりした。
普段は仕事で忙しい両親に、ここぞとばかりに連れ回されて、僕も忙しかった。
そのため、冬休みに入ってから河原には、行くことすらできなかった。つまりはあの子にも会えない。
会うためには家に直接行くしかない。
河原からすぐのところにあるらしい。
三丁目のスーパーの近くの一軒家らしい。
探せばすぐ見つかるだろう。
何度か行こうと思ったけど、照れくさくなってやめた。
彼女のことを考えると、なんだか心が乱れてしまう。

 リビングで父さんと正月にあるネタ番組を見ていると、母さんがお餅の入ったぜんざいと一緒にテーブルの左側に座った。
「最近、どうなん?小学校。楽しんでる?」
 お母さんがニコニコしている。
「おっ」
 そう言ってお父さんはテレビを消した。
 消さんでいいのに。ニコニコしてる。

 授業で習ってることやクラスの話をした。
両親はどちらもとてもよくしゃべる。
声もリアクションも大きい。
だから少し話をすれば倍になって反応が返ってくる。
帰りの遅い兄と姉とは、夜によく話しているらしいが、それは僕が寝てからのことだった。
僕とは、時間の遅いご飯の後では、なかなか話すことがなかった。
改まって話すのは照れくさい。

「彼女できたか?」
ニヤニヤしながら父さんが聞いてきた。
なぜかドキッとして、
「そ、そんなんないわ」
と、とっさに否定してしまった。いや、否定で間違いはないけど。
後で考えるとなにか心に引っかかるものがあった。
二人はすこしだけほっとしたようだ。
そしてわくわくした顔でまたたくさん話し始めた。

この日は久しぶりに三人でたくさん話した。
父さんと母さんを独り占めしているみたいでなんだかうれしかった。


夕方になって少し暇になったので、久しぶりに一人で外に出た。
当然のように足は河原に向かう。

誰もいない。
もうすぐ夕日、ぐらいの空。
年明けすぐの河原は少し、いやけっこう寒くて「空も固そう」と思った。

10分ぐらい座っていると、空はだんだんと赤みがかっていく。
徐々に柔らかい雰囲気になっていく。
そのまま、心は静まっていく。
心の中の石が心の底に落ちて、いつものように夕日の力が僕を包む。
ああ、これこれ。心地よい。

 さっきまでの寒さが嘘のように暖かな空気に包まれていた。
忙しい日々の中で、心も体も凝り固まっていたようだ。
脱力が心地よい。自分の力が抜けていく。
夕日の力の巡りが良くなっていく。

冬だからか、いつもより空気が澄んでいる気がして、力の流れをよく感じ取れた。
それはゆっくりと重く自分の周りをまわっている。
そして目の前にはこぶしより少し小さいぐらいの大きさの石が浮いてくる。
いつもの流れだった。

 ゆっくりとあたりを見回す。
世界が広く感じる。
だから河原は好きだ。

静まった思考は、また回り始める。
頭の中の余計なものが消え、考えが直感的に、心から頭に真っ直ぐ上がってくるのだ。
考えているというよりも感覚を掴んでいる感じ。
それを人は閃きと呼ぶ。のかも。
あの子が好きだ、とわかった時もそうだった。

その時、ふっと閃きが。
「石を横に動かすことができるかも?」
それは前にも一度思いついたことがあるアイデアだった。
その時はやる気が起こらなかったけど、今ならやってみたいと思った。
夕日の力を操る、のではなく、力への乗せ方だ。
地球が太陽の周りを回っているように、石が動くかもしれない。
ある冬の少年の悟り。

 しかし、どうイメージすればいいかわからない。
どう力を入れればいいか、いや、抜けばいいかわからない。
力むと石は落ちてしまう。
今、どう力が流れているのか、イメージを深める。
石を浮かせたまま、じっと待つ。

そのとき、ゆっくりと少しだけ、横に動いた。
力の流れにうまく引っかかったような感じ。
自分の意思が動かすのではない。
乗っかる。乗っかるために力の流れを掴み、待つのだ。
コントロールできない。でも、それでいい。それが心地いい。

何度も、何度もやってみた。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、動く。

高く高く上げてもみた。
そうすると、ふわっと上がって落ちた。
高く上がったときは少し怖いと思った。

空が暗くなった時、急に寒く感じた。
少し疲れた。

 帰り道。
わくわくしながら走って帰った。
家の近くまで行って、あの子の顔が浮かんだ。
振り返ってみたけど誰もいなかった。
会いたいなと思ったら心は少し重たくなった。
そして後は歩いた。

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