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小説「洋介」 7話

 河原についた。
誰もいなかった。
河原に来るともう、自然にスイッチが入る。
太陽のほうに体は向いていて、集中に入る。
ここまでは無意識だ。

心を静めて、自分の中の声を聴く。
目を閉じているよりは明るいほうをぼうっと見ているほうが集中できる。

「ん?あれ?お?」

 ぐんぐん集中が進んでいく。
今日はなんだか調子がいい。

自転車が乗れるようになった時を思い出した。
一度できたら、できなかった時が信じられないぐらいに、当たり前にできる。
感覚を掴めたってことなんだろうか。

なんのためらいもなく心の石は、スーッと底まで落ちていき、どんどん深みへと沈んでいく。
そして、底で、
カチッとなって、目の前に石が浮いた。

 なにかを習得するってこういうことなのか? 
徐々にできるようになるってわけじゃなくて、
階段みたいに段々で登れるのか。
考え方や意識の切り替えポイントを乗り越えるとグンと進む感じか。うれしい。

目の前では、石が浮いている。
浮いたままだ。
僕の周りを大きな力が包んでいた。
その力が僕の中に流れ込んできているのを感じた。
そしてその流れにこの石が巻き込まれているのがわかった。

石を浮かせている時、すごく心地がよかった。
体の芯はあの初めての時と同じように熱くなっていく。
目の前に浮かぶ石、君は今、僕と同じだ。
大きな力に包まれて、あたたかくて、「幸せ」を感じてるんだろう。
愛されていると感じるだろう。
そうだ、石よ、君は愛されている。
僕も同じだよ。
そして今、僕は君を愛している。
いや、わかってる。なにかよくわからないことを言っている。
でもとにかく嬉しい気持ちだ。


 そのとき、
「おーい」
 あの子の声がした。

石がひゅうっと落ちた。
「あっ」と、ちょっと残念に思った。でも、バレなくてよかった。
別にバレても困ることはないけど、驚かれて引かれるのは嫌だ。
 彼女は土手の上から僕を見つけて声をかけてきていたのだった。
右手を挙げて彼女に応える。
女の子は土手から河原に降りてきて、そして目の前に来た。
どうしてきたのか聞こうと思ったけど、なんとなく聞けなかった。
彼女が目の前でニコニコしていたからだ。

「キレイやねぇ」
 前を向くと空は、すでに夕日になっていて、二人で静かに眺めた。

しばらく眺めていると彼女がつぶやいた。
「なんか、君の近くにおると暖かくて包まれてる?みたいな感覚になるねんよなぁ。
あの夕日みたいやねんよなぁ。不思議やなぁ」
「あの時、夕日が僕の、体の中に入ってきたのかなぁ」なんてことを思った。

 なんだかくすぐったい気持ちになって、
ふーんと言って彼女の顔は見れず、
ただただ夕日の方を見ていた。
そのうちに、あたりが暗くなってきたのでそこで分かれて帰った。

またなんとなく走りたくなって、走って家に帰った。


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