見出し画像

小説「洋介」 9話

 最近は日が沈むのも早くなった。
河原に来ても、長くいられないのが残念だ。
夕日に間に合わないこともあった。

でも浮くまでのスピードも、ずいぶん早くなった。
最初の時は、浮くのはいつも、ピンポン玉ぐらいの大きさの、きれいな丸い石だった。
最近は、違う石が浮くこともある。大きめの石も時々浮く。。

この時はまだ、特定の対象を浮かすというよりは、浮いてくるのを待つという感じだった。どうやって浮く石が選ばれているのかはわからない。
特に底まで行くの時間が短くなっている。心の凝りが減ったのかな。
湧き上がってくる力の流れは、風の流れに似ている。
それをコントロールすることはできない。
僕が集中する前から体の周りを流れている。

 僕にとって夕日の力は、頼もしい味方だ。
力の流れに乗ってこそ、僕は力を使えるのだ。

 その時、後ろからあの子の声がした。
振り向くと夕日の赤を正面から受けている彼女がいて、
とてもまぶしくて、直視できないまま、「よーっ」と返事をした。

彼女が土手を駆け下りてくる。
「あっ」
 彼女がこけてしまった。
彼女はすぐに起き上がって、何事もなかったように照れながら向かってきた。
 しかし、僕はショックを受けていた。
 とっさに彼女を助けようと、力を使おうとしたのだ。
彼女を浮かせようとしたのだ。
力に、強引に命令をしてしまった。
そのことが、自分でも驚くほどにショックだった。

 心の中で、夕日の力に謝った。
夕日の力に嫌われてしまうのが怖かった。
力が離れていってしまうのが怖かった。

ハッとして「大丈夫?」と、そばに来た彼女に声をかける。
大丈夫と言って笑顔を見せつつ、少し首をかしげていた。

「……ねぇ」
「え?」
「いま、こけちゃったときなんかした?
 なんか、一瞬浮いた感じがしたんやけど」

 心臓がグゥッ!となった。
まさか!あのとき、夕日の力が、僕のために動いてくれていたのか!
こんな僕のために!

 心の奥からあったかい気持ちがあふれてきて、ポロポロと涙が出てきた。体の真ん中がグーっと熱くなっていった。

心の中で謝った。
「命令してごめんね。
 違うんだよ。僕は命令したかったんじゃないんだ。
 とっさに、とっさに力を使ってしまった。
 いつもありがとう。僕を嫌わないで。
 でも僕のために動いてくれたってことは、
 許してくれるってことなのかな」

 僕が泣きだしたのをみて彼女は、わけがわからずおろおろと困っていた。
目の前の涙を流す僕を心配している。
心配されていると思うと、余計に涙が出てきた。

 そのまま辺りは暗くなっていき、僕が落ち着いたころ、
「もう帰らないと。元気出してね」
 そう言って彼女が、おでこにキスをして走っていった。
 涙は止まった。

 帰り道。
急に胸の奥がギューッとなったり、体の中の熱がどんどん上がっていって爆発しそうになった。なんだか、体の奥から力がみなぎっていた。
 河原から家まで思いっきり走って帰った。

 家についてすぐにぺスを抱きしめてみた。
けれど、心臓のボルテージがさがる様子はない。
これは当分静まれん。

寝る前には頭の中があの子の顔でいっぱいだった。
彼女に暖かく包まれているような、くすぐられているような、お尻を蹴り上げられているような、いろいろな気分が混ざり合っていた。

 結局、布団に入ってから、出て、立って、なんとなく歩いて、また布団に入って、を三回繰り返した後に、うつ伏せになって、知らないうちに寝ていた。
もう夕日の力に対して持っていた悔やむ気持ちはどっかに吹っ飛んでしまっていた。

夢の中で少年は、あの子と二人で夕日の表面に腹ばいになって大の字で寝ていた。二人で夕日を抱きしめている。それがすごく幸せに感じた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?