見出し画像

小説「洋介」 13話

 始業式の朝。
教室につくと、久しぶりに見るあの子がいた。
なんとなく緊張してしまった。
あのあと何度か河原に行って練習をしていたが、結局冬休みの間は一度も会えなかった。

そのときは目が合っただけで会話なかった。
他の女子と話していたし、そのあとすぐに体育館に移動したから。
そして校長のあいさつやら、連絡事項があり、その間、一度も会話はなかった。

すぐに帰る時間になり、校門を出たところで彼女が待っていてくれた。
「久しぶり」
 彼女が笑顔で話しかけてくれた。
心なしか表情が固い気がした。
僕も少し緊張していた。
そのまま二人でいつもの河原に向かった。

 河原について、いつものところに腰かけると、立ったままの彼女が後ろから声をかけた。
「ねぇ、石、浮かせられるん?」
 ドキィッ!!
 不安げな様子でこっちを見ておる。
 うろたえる僕に向かって、そのままゆっくり話し続けた。

「冬休みのときな、何回か河原来ててん。
 でも、君はおらんくて。でもな、河原でおるのは一人でも好きやから、ちょっとぼーっとしてから帰ったりしててん。
 でも一昨日な、君もおってん。
 やっと会えたーって思ってうれしかってん。
 でもなんとなくな、君も夕日を眺めてたし、話しかけずに、しばらく君のこと眺めててん。
 そしたら君の前に石が浮いてきて……。
 もう、びっくりしたわ……。ファンタジーやん。
 なぁ、君にはなんか力があるん?」

 彼女は、自分でも自分の言っていることが信じられない様子だ。
困った顔をしている。
初めは飛び出るかと思うぐらい心臓が暴れたが、
丁寧に話してくれる彼女が愛おしくて、心は段々と落ち着いていった。

そして僕もできる限り丁寧に話した。
「別に隠してたわけじゃないねん。ないねんけどな。
 君になら話しても、からかわれたりせんって思ってたし。
 でも一緒にいるときは楽しくて、なんか、ゆったりしてるのが楽で、あんまりその時間を崩したくなかったねん。
 でも今、全部話すわ。君に話せることが、すごくうれしいわ」

 このとき、僕は嬉しかった。
大きな流れの中にいる。
夕日の力よりももっと大きな力が僕の周りにはあるのかもしれない。

 そして、初めからゆっくりと丁寧に話した。
彼女は、「へーっ」とか、「えーっ」とかリアクションを取りながら楽しそうに聞いてくれた。
夕日の力のこと、心の凝りのこと、静まること、心の石が底につく感覚、また君のおかげで変われたということも伝えることができた。
あの時の涙のわけも、自分なりの言葉で、祈りを込めて伝えた。

 すべてを伝え終わったとき、彼女は泣いていた。
それが無性にうれしくなって、笑えてしまった。
「ハハハ。なんで泣いてるん?」
 と尋ねると、彼女は泣きながら、
「わからへん。なんか、わからへんけど」
 と言って泣きながら笑った。

 知らないうちに二人は夕日に包まれていた。
「あったかいなぁ」
 優しくそう言って彼女は笑った。
 目がきらきら光ってて綺麗だった。
「あ! こういう感覚やねん! 夕日の力って!
 君もきっとずっと感じてたんやと思うねん!
 前に一緒にいて安心するって言うてたやんか。
 もう包まれる感覚もわかってんねやわ!」

 そういうと彼女は、嬉しそうにしていた。
そのあと、浮かせ方を色々と説明してみたが、僕も彼女も浮かせることはできなかった。
どうしたってとてもじゃないけど静まることなどできず、石はピクリともしなかった。
それでも彼女が僕の話を信じてくれていることは、僕にはわかっていた。

 夕日が沈み、彼女とわかれた後もにやけっぱなしで、猛ダッシュで帰った。
途中で振り向くと彼女も振り返っていて、大きく手を振ってくれた。
その夜はなかなか寝付けなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?