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「女性天皇」と「女系天皇」の違いとは

皇室典範の改正を巡る議論

 近年、皇室典範の改正を巡る議論が注目を浴びています。現行制度下において、皇位継承権を有するのは男性皇族のみですが、令和5年現在、その男性皇族は皇嗣秋篠宮文仁親王殿下悠仁親王殿下常陸宮正仁親王殿下の僅か3方のみで、このままでは安定的な皇位継承を維持することが困難となる恐れがある為です。また、女性皇族が天皇或いは皇族以外と結婚した場合、皇室を離れる必要がある為、将来的に、皇室全体の規模が大きく縮小される懸念があります。
 その為、女性皇族が一般人と結婚後に「女性宮家」を創設し、女性天皇「女系天皇」の即位を可能にすべく皇室典範を改正すべきとの主張があります。一方で、昭和22年、占領軍(GHQ)の政策により皇籍離脱を余儀なくされた旧宮家を活用すべき、との意見も一定の支持を集めています。

「女系」とは

 令和元年、NHKにより行われた世論調査によれば、女性天皇に賛成が74%、女系天皇に賛成が71%と、数字上は国民の多数が女性天皇や「女系天皇」の実現に前向きであるといえます。しかし、この数値には重要な裏があります。同調査では、「女性天皇」と「女系天皇」の違いについて、「あまり知らない」「全く知らない」との回答者割合が52%と、半数を超えているのです。つまり、この問題についてよくわからないまま「女系天皇」に賛成、という人もかなり多いという訳です。
 それでは、この一連の議論において、政府は男系・女系の語義をどの様な文脈で用いているのでしょうか。平成17年の『皇室典範に関する有識者会議報告書』には、次の様にあります。

  ・ここでは、天皇と男性のみで血統がつながる [中略] 子孫を男系  
  子孫という。
  ・ここでは、これ以外のつながりの場合 [中略] を女系という。
  ・男系女系を問わず女子の子孫は女系となる。

皇室典範に関する有識者会議編『皇室典範に関する有識者会議報告書』首相官邸、平成17年

この文章は日本語表現が非常に難解であり、報告書としてはもっと明瞭な説明を行うのが適切とは思うのですが、要約すると、

  ①; 父系のみを介した血統、即ち父→父→父→父…と、父方の系統のみを  
  遡ると、理論上初代神武天皇に辿り着く場合が「男系」
  ②; ①以外、例えば父→母→母→父…等、父方と母方の系統を無作為に遡
  り
、その内何れかが初代神武天皇と繋がれば「女系」
  ③; ①・②を踏まえ、一代でも母系を介した系譜は「女系」となるの
  で、女系子孫が将来的に「男系」となることは起こり得ず、女性(=母系)
  の子孫は100%「女系」となる。

ということになります (③は、①と②の原理を再確認する文章ですね)。
 一方、法的・学術的観点からの定義はどの様なものでしょうか。内閣法制局の法令用語研究会による『法律用語事典』第二版(有斐閣、平成12年)には、「女系」の用語は、「厳密には女子だけを通じた血族関係」を指すものの、一般的には「広く中間に一人でも女子の入った、男系ではない(非単系)血縁関係を指して用いられることもある」とあります。つまり、狭義の意味では、母系のみを介した血統、即ち母→母→母→母…と、母方の系統のみを遡ると初代に辿り着く場合が「女系」であるが、日常用語として「非男系」を総じて「女系」とする場合もある、ということです。となると、前述の報告書を始め、今日の議論で用いられている「女系」の語義は、後者ということになります。
 纏めると、男性・女性と男系・女系は全くの別概念であり、男系には男系男子・男系女子が、「女系」には女系男子・女系女子が存在し得るということです。また、一般にメディア等で「女系」の用語が用いられる際は、「非男系」の意と理解されるという訳です。とてもややこしいのですが、例えば「 "女系天皇" の実現でジェンダー平等を」とか、「性別役割分業意識を維持する為 "女系天皇" に反対」等という主張は、その賛否は兎も角として、そもそも「女性」と「女系」の相違を理解していないといえるでしょう。

過去の女性天皇は「男系」

 皇室の特徴として、「万世一系」、つまり、皇位は例外無く男系継承であることが挙げられます。現在の今上陛下を始め歴代天皇方は、父系を遡ると、必ず初代神武天皇に遡ることになります。これは、海外の王室にも例を見ないことです。
 ところで、皆さんの多くは、歴史上、女性天皇が複数存在していたことをご存じかと思います。歴代126代の天皇方の内、第33代推古天皇、第35代皇極天皇・第37代齋明天皇、第41代持統天皇、第43代元明天皇、第44代元正天皇、第46代孝謙天皇・第48代稱德天皇、第109代明正天皇、第117代後櫻町天皇10代8方が女性天皇です。この内、皇極天皇は重祚(譲位を経て2度目の皇位継承)の後齋明天皇に、孝謙天皇は重祚の後稱德天皇に、それぞれなられています。
 この、歴代8方の女性天皇は、全員男系の女性です。即ち、皇極・齋明天皇が天皇の男系曾孫(父の父の父が天皇)、元正天皇が天皇の男系孫(父の父が天皇)である他、残り6方は天皇の皇女です。また、女性天皇は即位後は生涯未婚が不文律であった為、女性天皇の配偶者なる身位は歴史上存在しません(欧州の王室では、女王の配偶者は一般的に「王配」と呼ばれます)。推古天皇、皇極・齋明天皇、持統天皇は皇后、元明天皇は皇太子妃でしたが、皇位継承時点で未亡人であり、即位後も再婚されていません。
 女性天皇が生涯未婚でなければいけない理由は、そもそも女性天皇は中継ぎ的存在であった為、皇位継承を巡る混乱や争いを防ぐ為と理解されます。女性天皇が全員例外無く中継ぎであったか否かについては見解が分かれる所ですが、個々人の果たされた役割はさておき、皇位継承という側面からは、ワンポイント・リリーフと位置付けるのが適切であると考えます。実際、大半の女性天皇による皇位継承理由は、皇位継承予定者が若年或いは未確定であったことに起因するものであり、明らかに中継ぎの天皇です(この問題については、改めて別の機会に論じます)。
 尚、最近、「元正天皇は母帝元明天皇から皇位継承されたので "女系天皇" である、従って歴史上 "女系天皇" は存在した」という趣旨の言説がある様です。結論から申し上げますと、前掲の報告書や『法律用語事典』に則ると、元正天皇・元明天皇は両方共に男系である為、この主張は全くの誤りです。確かに、近年の古代史の研究動向に注目すると、元正天皇が皇位継承された当時は母方からの系譜が重視されていたとの説もみられます。但し、これらは、あくまで「皇室」という同一氏族(皇室には姓はありませんが、便宜上ここではその様に位置づけています)の中に存在した双系相続という概念の中で、国家が六国史等の公的記録を編纂する以前は母系の系統が強調されていたとする見解であり、前掲の報告書や『法律用語事典』にいう「女系天皇」が存在したことを主張するものではありません。そもそも、氏族制の基本的な枠組みを理解していれば、当該主張の様な認識は到底有り得ない話です。個々人の主義主張は兎も角として、情報収集の際には、一次史料等学術的に信頼のおける出典元に当たる様心掛け、断章取義的な思考に陥らない様心掛けたいものです。

「女系天皇」何が問題か?

 本稿では、女性天皇と「女系天皇」の相違について述べました。一見、「女系天皇」なる用語は男性天皇の対義語にも見えますが、これは単に性別を指すものではないということがご理解頂けたことと思います。今日、「女系天皇」や「女性天皇」、「女性宮家」を巡っては、国会やマスメディアのみならずSNS上でも様々な言論が展開されています。皇室の繁栄を願う日本国民が皇統の行く末に不安を抱き、様々な意見を持つのは自然なことでしょう。重要なのは、より正確な学術的知識に基づき、信頼のおける情報を選択し、現代的な価値観や一時の個人的感情ではなく歴史的事実を踏まえた認識を持つことではないでしょうか。
 個人的には、皇室を敬愛する一国民として、「女性宮家」の創設、或いは女性天皇や「女系天皇」の実現をという意見には極めて慎重な立場をとっています。これらには皇室廃絶へと導きかねない危険性が内在していると考えられる為です(尤も、これから皇室を徐々に縮小しなくしていく方向に持っていくのであれば、話は別ですが)。具体的にどの様な問題点があるのかについては、また次回以降に触れてみたいと思います。

参考文献

辻󠄀 博仁「皇室典範の改正に関する基礎的研究」(『課題研究報告論集』第10号、学校法人立命館、平成25年、17-32頁)


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