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旅路【日記】

「ママ、綺麗だねえ」

駆け寄る子どもが指差す先には、光る雫。公園に舞うシャボン玉に、きらきらと虹が差す。秋晴れの空はあたたかく、落ち葉がひらひらと舞い落ちる。はしゃぐ子どもたち、笑い声、ゆれる草花。

美しい夢のような景色が、わたしの心を一瞬でさらう。わたしたちは日常の中で見逃してしまう、こんなどこにもない美しい瞬間を。世界のどこかで泣き声が溢れ、あなたの心は傷だらけ。でもね、でも。きっと、こんな風景をただ繋ぐことだけが、わたしたちにとって"生きる意味"なんだよ。きっと、きっとね。

そんなことを思いながら歩く公園、なんだか目の前がぼやけていく。いつのまにかわたしの頬からも溢れる雫。そんな涙に、虹がまた、かかる。


🫧




最近、お客さんを迎えることが増えた。パートナーが単身赴任へと旅立った家は、がらんとして寂しい。だから、お客さんは大歓迎だ。

こないだのお客さんは、以前派遣のバイトで一緒だった女の子。知り合った当時、わたしたちは2日間の単発バイトで横浜にいた。「京本政樹のDVDを売る仕事」という謎のバイトで出会ったわたしたちは、今では大親友だ。あの日、京本政樹に人生で初めて感謝したのだった。

彼女はおしゃれな女の子で、この日もオーバーオールを着て、片田舎に住むわたしの家まではるばるやってきてくれた。ケーキを片手に微笑む彼女を見て、嬉しくなったバス停はいつもより鮮やかに見えた。わたしなりに腕を振るった料理をお出しする。鮭とアスパラのグラタンに、かぼちゃとさつまいものサラダ。ガーリックバターのバケットと、タコ・きゅうり・長芋の白だし和え。今書いてるだけでお腹が空くほど、わたしのお気に入りメニューたち。彼女は「美味しい!」とまるで一等星みたいな笑顔。

食後はあたたかいダージリンを淹れ、彼女が30分近く並んで買ってきてくれたケーキを食べる。わたしのリクエストはチョコレートケーキ。彼女はイチゴのタルト。ぴかぴかのケーキたちは、つるんとしていてどこまでもキュートだ。タルトを上手に食べられるかどうかは永遠の課題だね、なんて言いながらつつき合うケーキ。

まるでタルトは人生みたい、そう思った。

どこまでも魅力的で素敵なのに、いざ進むと難しい。上手に生きるなんてできなくて、わたしたちは不器用にフォークという名の愛で食べ進む。だけど、結局かじりつくしかなくて、人生に体当たり。なりふり構わず突き進め!なんてまっすぐさが時には必要だったり。

そんなことを考えながら、二人で笑い合う。愛おしいゆっくりとした時間が流れてゆく。

🍰




そして次の日は、違うお客さんがまたやってきた。お客さんはミュージシャンの男の人。ミュージシャンを連れてくならここしかないでしょ!と、ロックとアングラの街・下北沢で待ち合わせ。

会うまで時間があったから、わたしはひとり街をぶらつく。この街を歩くひとはみんなおしゃれで格好いい。それは流行り廃りとかではなくて、ただみんな"自分の好きにまっすぐ"だから。

魅力的な香りにふと前を見ると、ゆるいパーマがかかった長髪をなびかせ、真っ赤なレザージャケットに裾の広がったフレアパンツを履いた男性が歩いていた。綺麗な彼の後ろを歩きながら、わたしはこの街が好きだ、と思う。

ふらっと入った韓国料理屋さんで、ひとりチャミスルという名前の韓国焼酎を飲む。飲み放題安っ!と頼んだけれど、味を選べないと聞いてやっちゃった、思う。ストレートを飲んで、にげえと思わずしかめ面。だけどそれもなんだか楽しくて、ゆっくり味わう。そのうち酔っ払ってきて、アルコール度数に目ん玉を剥く。あっという間に90分、飲み放題なのにあんまり飲めなかったわたしはルサンチマン。こういうので落ち込んじゃうの、小市民だなあとトボトボ街をゆく。

歩いていると、隠れ家のようなバーがあった。タイル張りの外見は宝石みたいにきらきらしている。ひとりで二軒はしごするのは初めてだけど、えいっ!と酔った勢いで飛び込む。真ん中には大きな木彫りのテーブル、木彫りの椅子。店内は暗く、まるで石をくり抜いたみたい。

ひとり座って、モヒートを頼む。ふと横に目をやると、白髪混じりの長髪が見えた。タトゥーだらけの痩せた彼は、キャップを逆さに被り、長いあごひげを蓄えている。その隣には小さな女の子。「ダディ!絵を上手く描けないわ!」と叫ぶ女の子を優しく諭す彼の顔は、どこまでもパパだ。席の近くのベビーカーには小さな赤ちゃんが微笑んでいて、その光景を肴に酒を飲む。

ひとくち飲めば、甘くて濃い飲み口。ほのかにアルコール度数の高さを感じて、いい店だな、と思う。開け放ったドアから、夏の終わりの香りがする。秋のはじまりの風が、モヒートのミントを揺らして、わたしはただ感じるだけでいい。

🍸



3軒目でようやくミュージシャンと待ち合わせ。たくさん食べて、ゲラゲラ笑って出た店先。彼は居酒屋で頼んだ残りの韓国海苔をムシャムシャ食べている。海苔を手に、口いっぱいに頬張る彼を見て「海苔、食べてる…」という声が。目をやると、チラシを配る女の子。どうやら演劇をやるらしい、と聞いて行きましょう!と彼と声を合わせる。しかもなんと、最近話題の「痴漢冤罪」という名のショートムービーに出ているという。びっくりしながら、彼と急いで検索をする。

明日行くからねえとぶんぶん手を振って別れた道。なんて"シモキタ"な出会いなんだろう!



次の日は岡本太郎美術館に行った。公園の中にあると聞き、近道をするつもりで選んだ道。なんと山越えのハイキングコース、わたしはビーサンで歩くことに。えっさほいさとハァハァしながら登った先で、振り返ると一気に広がる街の風景。遠くにスカイツリーが見えて、ひとりひとりが生きる街を見下ろす。まるで人生を俯瞰してるみたいで、感慨深い。

その先で出会った風景が、冒頭のシャボン玉だった。公園の広場、男性がたくさんシャボン玉をつくっている。雪のように、桜吹雪のように舞うシャボン玉は美しくて、なんだか泣きそうになる。

そして公園には大きな電車が。置物と化した大きな電車は、中に入れるようになっている。わたしは、出口から老夫婦がでてきたのをぼんやり眺めていた。すると奥さんが「はーい!到着!ここは青森でーす!」と楽しげに言っている。「はいはーい」と元気よく答える旦那さんに「ここは青函トンネルでした!なんちゃって!」と笑う。大きな笑い声を上げる二人はほんとうに素敵で、あたたかな陽だまりがよく似合う。

🌲




美術館のあとは演劇へ。たくさん差し入れを買って(ミュージシャンの彼が)、下北沢へまた向かう。

演劇がはじまると、そのパワーに圧倒された。舞台からほとばしる情熱。演じることをただ全力で愛していることが伝わる、汗の飛沫が飛んできそうなくらいの迫力。そこはもはや戦場で、それぞれが闘いを挑むその場所の熱量に、自然とこころが熱くなる。

ああ、一生懸命ってこんなに素敵なんだ。

忘れがちなその泥臭さに感動する。最後まで目を離せなかった舞台は、わたしの心を間違いなく揺り動かした。

また、脚本、書こうかな。自然とそんな言葉がでた舞台は、わたしの分岐点になりそうな予感がした。ステップを踏む帰り道、たくさんの美しい風景に出会い、勇気をもらった旅路。

💡




たった3日間でも、わたしはこんなに旅をしていた。わたしたちは一人で生きている、とつい思ってしまう。でもほんとうは一人じゃなくて、目をやればこんな美しい出会いがたくさん待っている。だから部屋を飛び出そう、あなたの手を取ろう。光がさんさんと降り注ぐ街を、どこまでもワルツを踊りながら歩き出そう。わたしたちは一人じゃない。だって、わたしがいるもの、あなたがいるもの。

「外は金木犀の香りがして、月がとても綺麗だったよ」

ただそう教えるから、夜の散歩をしよう。

あなたが孤独に溺れる夜に、ただ泣くことしかできない昼に。わたしはそっとこんな優しさを枕元に届けよう。わたしたちはきっと、生きていける。

こんな出会いばかりじゃないし、どうしようもなく辛いことも多いけれど。でも、わたしといつかお酒を飲もうよ、その約束をしよう。それまで生きていてね。わたしも生きているから。

前向きになれなくてもいい、後ろ向きのまま、後ずさりして歩いていこう。いつのまにか進んだ日々は、いつか思い出になる。だから、絶対、大丈夫だよ。

また旅に出たら教えるね。あなたの街にも行けますように。

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