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企業のデジタルテクノロジーの活用に向けた戦略(=DXの取り組み方)

1 はじめに

 近年、デジタルテクノロジーを活用したビジネス戦略が経営層に求められており、それをデジタルトランスフォーメーション(以降、DX)と名付けて計画、実行に移す企業が増えてきている。
 ただし、すべての企業が計画、実行できているわけではなく、計画段階で頓挫したり、実行プロセスの整理がままならず、限定的な取り組みに陥るケースも多々ある。
 今回は、デジタルテクノロジーの戦略的な活用を実現するために必要な現状の問題抽出と、実現した場合の将来像をデジタルテクノロジーの側面から整理していく。
 また、将来像に近づくために必要なプロセスとそれを実行するための組織変革や風土醸成にも目を向けることで、どの様な業種や業態でもDXを実現できるプロセスを確立したい。

2 企業の活動とこれまでのデジタルテクノロジーとの関わりを整理

 まずは、普段行っている企業の活動とこれまでのデジタルテクノロジーとの関わりを整理することで、デジタルテクノロジーの活用が進んでいる領域とそうでない領域を整理します。

 企業の目的をシンプルに表すと「自社の利益を最大化すること」である。そして、企業の活動はその利益を構成するコストの最小化(コストダウン)と売上の最大化(売上アップ)を実施していくことで構成されている。

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 コストダウンと売上アップの活動を詳細化すると合計4つの活動に分類することが出来る。それぞれの活動は以下のとおり。

■ コストダウンを目的にした活動
1.様々な業務を効率化することでコストダウンを狙う

■ 売上アップを目的にした活動
2.サービス/製品のマーケティングを強化することで売上アップを狙う
3.サービス/製品を改良することで売上アップを狙う
4.新たなビジネスを立ち上げて売上アップを狙う

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 さらにこれらの活動をデジタルテクノロジーの活用という観点から整理すると3つのワードに分類することができる。

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①デジタル化
 人が実施している作業をデジタルテクノロジーを活用することで効率化/自動化すること

②デジタライゼーション
 デジタルテクノロジーと自分たちが持つ資産(データ、既存サービス/製品)を組み合わせることで新しい価値を創造すること

③DX
 組織の情報基盤を整理し、最先端のデジタルテクノロジーを取り入れることでデジタル化とデジタライゼーションを主体的に主導/実行できる組織に変革すること

 これらの活動はそれぞれ完全に独立しているのではなく、デジタル化で蓄積した企業独自の情報を活用することでマーケティングや新たな商品開発等のデジタライゼーションの活動で活用することができるため、目的は違えど関連性があり、この関連性が強ければ強いほど相乗効果を期待することができる。
 そして、こういったデジタル化とデジタライゼーションの活動を企業が主導/実行するために必要なのが企業の組織変革や情報基盤の整理であり、この活動を実践することそのものがDXとなる。

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 このように、一見するとこれら3つの活動はそれぞれ別の目的を持っているが、優先順位をつけて1つの活動に注力するのではなく、企業のデジタルテクノロジー活用状況に合せてバランスを取りながら実行していく必要があると考えている。

 以上を踏まえて、冒頭4つに分類した企業の活動をデジタルテクノロジー活用の観点から状況を整理すると以下のようになる。

 デジタル化に関しては90年代から様々なバックヤード系の業務がシステム化されており、ほとんどの企業が一定水準までデジタル化に取り組んでいる。
 デジタライゼーションに関しては、マーケティングを目的にしたデータ分析やCRMの導入、既存サービス/製品とデジタルテクノロジーを組み合わせた付加価値創造が徐々に活用され始めてきている。ただし、新規ビジネスの創出に関しては意欲はあるがそこまで至った企業があるのはあまりないのが現状である。
 DXに関しては取り組み始めた企業がほとんどであり、それほど進んではいない。

 ※これらはあくまでよく見聞きする企業の現状であるため、どの企業も必ずしも当てはまるものではない。

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3 デジタルテクノロジーの更なる活用に向けた現行のシステムと組織が抱える問題点の整理

 さらなるデジタル化やデジタライゼーションに取り組むために、そしてDXの実現に向けて解決しなければならない問題点を現行のシステムと組織から抽出して整理します。

 まずは、一般的な企業のデジタル化とデジタライゼーションを目的にしたシステムの導入状況を整理する。

■ デジタル化を目的としたシステムの状況
 ほとんどの企業が何かしらの業務にシステムを導入しており、それらシステムの状況は以下のとおり。

・何かしらの業務システムを導入しており、開発運用などはSierにアウトソーシングしている

・業務に合せて様々なシステムを複数使い分けている

・システムの殆どが購入した自社サーバーに配置されており、自社のネットワーク内から利用する構成となっている

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■ デジタライゼーションを目的としたシステムの状況
 本格的なシステムの導入や運用はまだまだされておらず、企業毎に状況は大きく異るが、おおよそは以下のとおり。

・システムの導入がまだ進んでおらず、システム自体が存在しない、または部分的に導入しているケースがほとんど

・PoC的な利用目的の域をなかなか超えないため、既存システムとのデータ連携や実運用に向けたシステム全体のアーキテクチャはあまり考慮されていない

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 このようにいずれの場合もある程度のシステム導入されてはいるが、今後さらなるデジタルテクノロジーの活用を推進するためにはいくつかの問題がある。今回はその中でも特に重要な3つの問題を取り上げる。

 推測される問題としては以下の3つとなる。

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 各システムのデータが独立しており連携していないため、データを活用できそうな他業務のシステムでデータが活用できなくなってしまっている。
 例えば、マーケティングと生産管理のデータが連携していない場合、生産計画に基づいたマーケティング(逆もある)ができず、過剰生産が発生してしまうこともある。
(コメント:「データがある」ことと「データが活用できる状態にある」ことは全く別の話である。殆どの企業は「データがある」状況であはあるが、システム的な観点から見ると活用できない状態にあることが多い

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 自社でサーバーを運用しているため、新たな機能が必要になった場合でもすぐに機能を追加したり切り替えたりすることができない。サーバーを増やせば解決できるが、そのためにはアウトソーシング先への追加発注が必要になるため、コストと時間が大幅に発生してしまう。
 特に、デジタライゼーションを実現するためのシステムは短期間でアイデアを実現して市場に投入することが求められるため、システムの柔軟性が無いとビジネスの機会損失に直結してしまう。

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 デジタライゼーションでシステムを活用する場合、従来の社内システムと違って低コスト&スピードが非常に重視される(対して、社内システムの場合は品質が求められるためアウトソーシングで開発委託し、検討から導入まで数年かかるケースもある)。
 そのため、従来の社内システムのときと同様の進め方では、コストと導入までの時間が増えるためビジネス機会の損失に直結してしまう。これを解決するためには、今までとは異なる組織・体制づくりとプロセスが重要となる。(≒このような組織変革がDXとなる)

 これらの問題を解決することで、以下のような効果を期待することができる。

・企業が保有するデータをフル活用することが可能になるため、様々な業務でデータを活用した効率化や価値創造が可能になる

・システムの柔軟性が向上することで、現場主導でのデジタル化の実践(デジタルテクノロジーを活用した業務改善)や低コスト、スピーディーなサービス/製品の市場投入とPDCAが可能になる

・アウトソーシングだけに頼らない自立したデジタルテクノロジーの活用が組織的に実現できることで永続的なデジタルテクノロジーの活用が可能になる

 ※ただし、企業がデジタルテクノロジーで果たしたい目的はそれぞれ異なるため、あくまで企業として実現したい目的や将来像と照らし合わせながら既存システムや企業組織を分析し、それに応じて解決しなければならない問題の内容や対応の優先順位を決める必要がある。

4 問題解決へのアプローチ

 ここでは3で列挙した問題解決へのアプローチを考えます。

■その1「システム毎のデータが独立しており連携できない」への対処

 解決ポイントは「各業務で蓄積したデータを他の業務でも活用できる状態に整理する」ことになる。
 現行システムの殆どは業務毎に独自開発、そして社内に構築したサーバに配置するケース(オンプレミス)がほとんどであるため先に挙げた解決ポイントを満たしていないケースが多い。この解決ポイントを対処する方法としては、大きく2パターンが存在すると考えられる。それぞれで発生するコストやメリットが異なるため、企業の規模などを考慮していずれかを検討することが必要になる。

- パターン1 ERPパッケージの導入 -

 こちらは既存システムを破棄して業務システムをERPパッケージに移管するパターンとなる。
 ERPとは企業の様々な業務システムが統合されたものであり、SAP、Oracle、MicrosoftなどがERPパッケージのシェアを占めている。利用する場合はこれらのSaaS(インターネット上に構築されたサービスをネットワーク越しに利用できるサービス形態のこと。
 自社でサーバの構築や大規模な開発は必要ないためすぐに利用できるというメリットがある)で提供されており、あらかじめテンプレート化された各業務システムを必要に応じて利用する。

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 この場合の大きなメリットとしては、全ての業務システムとデータベースが統合されるため、システムのユーザーインターフェースやデータベースが最適化されており、様々な業務でデータ活用が可能になる。この他のメリットやデメリットは以下のとおり。

a. SaaSで提供されるためサーバの管理は不要

サービスはSaaSで提供されているため、自社でサーバを構築、管理する必要がなく、素早くサービスを導入することが可能になる。

b. パッケージ製品なのでスキルを持った開発要員を集めることや技術情報をネットなどから得ることは容易

自社での独自開発ではないため、開発要因や技術情報を転職市場やインターネット上から収集することが容易である。ただし、ベンダーロックインになる可能性があるため、その点はリスクとして捉えておく必要がある。

c. 100%既存業務に沿ったシステムにはできない

業務システムはある程度カスタマイズ可能ではあるが、100%対処できる保証はない。そのため、「システムに合せて業務プロセスを変更する」場合も発生する。カスタマイズで対処する、業務プロセスを見直すのいずれかを選択する場合は費用対効果を出して検討すべきところになる。

- パターン2 既存システムのマイグレーション -

 こちらは既存システムを継続して活用するもの、活用しないものに整理し、活用しないものは新しいシステムに刷新するパターンとなる。
 活用するかしないかの判断は、そのシステムが保有しているデータを他システムでも活用したいか新しいシステムにマイグレーションした場合の費用対効果があるかで判断していく。
 マイグレーションのパターンとしても、SaaS/PaaSに置き換える新たに自社開発するデータ連携出来るためにAPIを追加するなどがあるが、これもそれぞれ発生する費用や業務に与えるインパクトがそれぞれ異なるため、企業の状況に合せて検討する必要がある。

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 この場合の大きなメリットとしては、企業の持っている予算感に合せて対応できることが可能であり、パターン1よりも短期間で実装できる。費用や期間が限られている場合はこちらのパターンで対応し、さらなるデジタルテクノロジーの活用に着手したい場合はパターン1の実施を検討するのが良い。この他のメリットやデメリットは以下のとおり。

a. 自社開発を選択した場合は業務に合わせたシステム開発が可能になる

 自社開発の場合は既存の業務システムに最適化されたシステム開発が可能になるため自社独自のノウハウや強みとなる可能性もある。一方でそれほど特異制のない業務であればSaaS/PaaSまたはパッケージを導入するほうが運用コストを低く抑えることが可能になるため、中長期的な費用対効果を考えて検討したほうがよい。

b. 自社開発の場合は継続的な運用体制が必要になる

 マイグレーションでSaaS/PaaSやパッケージ製品の導入を選択肢ない場合、自社で開発/運用/保守を実施する必要があるため、DevOps環境の整備開発要員の確保そのメンバーに対する既存システムの仕様などのレクチャーが必要となる。

c. OSミドルウェアの保守切れを見据えたクラウド環境への移行も検討が必要になる

 自社開発やパッケージを自社サーバーで運用した場合、OSやミドルウェアのサポート期間切れの対応作業などが発生する。これらのリスクを回避するために、運用環境やミドルウェアをクラウド環境に移行することも検討したほうがよい。

 個人的には業務システムのようなコストダウンを目的にしている部分は「パターン1 ERPパッケージの導入」を採用し、今まで情報システム部門が運用/保守していた作業負荷を軽減する代わりに、最新のデジタルテクノロジーの検証作業や現場へのサポートを強化するほうが、中長期的に見たときの効果が高くなるのではと考えている。

 以上のように、「システム毎のデータが独立しており連携できない」の問題は対処療法的な処置ではなく、業務システムや業務プロセスの見直しから必要になると考えている。この問題解決に取り組むためには経営層の理解、情報システムに対するポジティブな投資、社内展開に向けた全社的な協力が必要となってくる。そのため、自ずと遂行するための難易度は高くなるが、対処療法的な対応に留めてしまうと負の遺産が社内に残り続ける危険性を孕むため、なるべく早期に取り組むべきである。

■その2「必要に応じて新たなシステムを追加できる柔軟性がない」への対処

 この問題解決を考えるにあたり、今回は価値創造を実現して売上アップに貢献する「デジタライゼーション」にフォーカスしている。
 理由としては、コストダウンを目的とした業務システムに関しては、業務プロセスの大きな変更がない限り、それほど大きな修正作業は発生しないため、柔軟性がない場合でも大きな問題にはならないと考えており、一方で、価値創造を実現して売上アップに貢献する「デジタライゼーション」は市場の変化に合せて柔軟に様々なサービス/製品を提供する必要があるため非常に高い柔軟性が要求されると考えているためである。

 問題を解決するために満たさないといけない「システムの柔軟性」における要件は、価値創造による売上アップデジタライゼーションを達成するために必要な要件と同じになる。その要件となるものは以下のようなものが考えられ、システムに求められる柔軟性とはこれら全てを満たすものでなければならない。

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 そのために必要なことの一つとしては、自社の業務システムで収集したデータが活用出来る状態にあることが前提として必要になる。この要件を満たすためには、その1「システム毎のデータが独立しており連携できない」を解決しておく必要がある。なお、データがない場合はデータの収集や整理から始める必要があるためスピード感が欠落すること、自社のデータはすなわち他社が持っていない自社独自のノウハウであるため、それが欠ける状態でビジネスを始めるということはスタートの時点で市場での優位性が欠如しているということを認識してビジネスを始めたほうが良い。それくらい、データが持つ価値は年々向上している。
 そして、もう一つ必要なこととしては、それらデータを活用した新たな試みを低コストかつスピーディーに実現することができるPaaS/SaaSの活用である。このPaaS/SaaSが持っている以下の活用メリットはデジタライゼーションの取り組みを実現するために必要な要素と非常に親和性が高いため、これらで提供されるサービスを使わない手はない。というか、使わないとデジタルテクノロジーを活用したビジネスは実現できないレベルにある。

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 SaaS/PaaSはクラウド環境から提供されるため、自社でサーバを整えたり、OSやミドルウェアをインストールする必要なない。

 デジタライゼーションを実現する場合は、業務システムで収集しているデータをSaaS/PaaSで提供されているサービスと連携させることで、目的に応じたサービス/製品のシステムを構築すればよい。

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 自社の業務システムと導入したSaaS/PaaSを組み合わせてデジタライゼーションを実現する際の注意点としては、ERPや業務システムの部分とSaaS/PaaSの部分処理が互いに影響しないよう、疎結合を維持することである。そのため、業務システムからデータを受け取る場合は、ERPや業務システムで公開されているAPI経由でデータの受け渡しを行う仕組みが必要であり、SaaS/PaaSで使用するデータは企業のデータベースとは別でクラウド上に確保するなどのアーキテクチャを採用したほうがよい。また、社内制度的な観点で考えた場合、SaaS/PaaSで提供されているサービスは従量課金制になっているため、そのような形態のサービスも企業として利用できるような社内制度を確立しておく必要がある。

 以上のように、「必要に応じて新たなシステムを追加できる柔軟性がない」への対処としては、自社の業務システムで収集したデータが活用出来る状態に整理しておき、実現したいサービスや製品のアイデアはその都度相性の良いシステムをSaaS/PaaSで連携させることが鍵になると言えよう。

その3「システム導入を低コスト&スピーディに実行できない」への対処

 その1と2の解決方法では、いずれも業務システムを刷新する、SaaS/PaaSの導入を積極的に行うと説明してきたが、これらを実現するためにはシステム導入時(そして運用時)のコストダウンとスピードアップが大きな鍵になってくる。そのため、企業がデジタルテクノロジーを活用するためにはこれらの問題も解決する必要があるのだが、社内と社外に解決方法を求めることができる。

(社内)価値創造ができる組織への変革

 こちらはデジタライゼーションを実現するために必要な社内に向けた活動になる。従来の日本企業は「既存ビジネスを効率的に実行すること」にフォーカスした体制やプロセスになっているため、そのままの組織でデジタライゼーションのような価値創造を推進すると歪が生まれる。そのため、デジタライゼーションを推進する組織を作る場合は既存組織とは全く異なるアプローチが必要となる。
 例をあげると、近年ではその様な役割を出島組織として切り出したり、別会社にする場合もある。また、近年ではプロジェクトやチーム作りのあり方から見直すティール組織というあり方も注目されている。これら以外にも近年は様々な組織論が議論されており、自社の状況に合せて様々な手法を取り入れてみるのもよいだろう。

(社内)システム導入の内製化に向けたIT系人材の確保と組織への配置

 低コストとスピードアップの実現には、デジタルテクノロジーの目利きとPoCを実装できる程度の内製化は不可欠であり、その上でアウトソーシングを見極める必要がある。そのためには、特定分野のスペシャリストではなく、様々なジャンルのデジタルテクノロジーの目利きや事例などの情報を把握できるジェネラリスト人材が必要となる。この様な人材は、スペシャリストと比べて育成することも容易である。また、近年ではIT系企業から優秀な人材をCTOやCIOで招き入れるケースも増えているのでこちらも検討するのもよい。
 育成したジェネラリスト人材については、一つの組織に集約させるのではなく、様々な業種の部門に散らばらせることが重要となる。これはジェネラリスト人材をイノベーター理論で言う「イノベーター」や「アーリーアダプター」のような存在にすることで、現場が自発的にITを活用する文化を組織に醸成することを狙っている。これにより小さな成功体験が数多く生まれることで会社全体で積極的にデジタルテクノロジーを活用するようになるだろう。

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(社外)他社のITスペシャリストとの連携

 デジタルテクノロジーの流行り廃りは我々が考える以上のスピード(デジタルテクノロジーの知識は5年で95%が役に立たなくなるという説があるほど)があるため、社内でスペシャリストを育成するのではなく、検討中のサービスや製品に必要なデジタルテクノロジーのジャンルに応じて他社や個人のITスペシャリストと連携することが人材育成のコストも掛からず、スピード感を持ってビジネスを進めることができる。
 その様な企業とのネットワークを構築するためには、社外セミナーやコミュニティーの参加/登壇/主催を普段から積極的に行い、自社の情報を共有することで様々な企業とのネットワークを構築する。また、ITスペシャリストは創業間もない企業が多いため、その様な企業との契約が可能な体制も予め整えておく必要がある。

(社内)(社外)活動を加速させるコミュニケーション基盤の導入

 これまで挙げた取り組みを滞りなく推進するためには、コミュニケーションツールの導入が不可欠である。今までのコミュニケーションが、口頭や手紙から電話/FAXそしてEメールに変化したように、これからはWeb会議システム、チャット、ファイルやソースコードなどの資産共有はもちろん、社内/社外向けWebサイトの構築システムなどもコミュニケーション基盤として導入する必要がある。
 こういったコミュニケーション基盤があるからこそ、全社の組織変革を末端まで行き届くことが可能になる。

 以上のように、「システム導入を低コスト&スピーディに実行できない」への対処としては、組織変革や育成、そして他社との連携に対するオープンなマインドが鍵になる。いくら業務システムがモダナイゼーションされても、それを活用するのはその場所で働く人々になる。その点を忘れて組織や人材にメスを入れずに対処すると歪が生まれるため、デジタルテクノロジーの導入を決定したなるべく早い段階から組織のあり方について議論していくべきだろう。

5 デジタルテクノロジーの更なる活用に向けたプロセスと組織変革

 問題解決へのアプローチを実践するための具体的なプロセスと組織変革を紹介します。

 これまで述べたビジョンと問題解決を達成した場合のシステムと組織の構成はこの様なものになると想定される。

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 社内システムは業務システムはERPの導入、またはマイグレーションが施されており企業が持つデータが一箇所に集約され活用出来る状態になっている。また、デジタライゼーションを達成するために必要なシステムはクラウド環境で提供されているSaaS/PaaSを採用しており、社内システムと連携しながら様々なサービスを提供する。

 社内はITジェネラリストが様々な組織に配属され現場レベルでは様々な取り組みを日々実行している。コミュニケーション基盤が導入されており、トップから現場の人間が活発に意見交換や現場での取り組みが共有されて良い取り組みはどんどん横展開されている。

 社外には様々なジャンルのITスペシャリストとネットワークを構築しており、実現したいビジネスの要件に合せて随時連携しながらビジネスを進めている。

 企業によって力を入れる部分や過不足などはあるが、この様なグランドデザインに向けてプロセスと組織変革を実施していくことになる。

■プロセス編

 デジタルテクノロジーの活用に向けてのプロセスは以下のようなものになると考えられる。

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① 企業の中長期的なビジネスのビジョンを策定する。これについてはデジタルテクノロジーを意識する必要はない。いわゆる「Think BIG」で中長期的な企業としての未来の姿をイメージする。

② 策定したビジョンと既存の業務システムの現状が乖離していないか確認する。確認の観点としては、現行の業務に対して保有する業務システムのラインナップ、扱っているデータの内容などを整理するなどがある。また、組織変革を円滑に進めるためのコミュニケーション基盤の導入、IT系人材の育成または確保、IT人材スペシャリストとのネットワーク構築も合せて実施していく。

③ 既存システムの確認が終われば、それらを刷新するのか、そのまま利用するのかを決定する。刷新するのであれば、ERPの導入やマイグレーションを進めていく。そのまま利用&一部マイグレーションするのであれば他業務でもデータが活用出来るような機能を追加する。また、企業のビジョンを実現するために必要な新たなSaaS/PaaSの導入検討、IT系人材の組織配置なども進めていき、それらの活動は導入したコミュニケーション基盤を活用して進めていく。

④ 既存システムの刷新が完了すれば、さらなるコストダウンを目的にしたデジタル化と、企業が持つデータとSaaS/PaaSを活用したデジタライゼーションを実施していく。デジタル化は改善活動に近いものになるため現場主導、デジタライゼーションは価値創造であるため経営企画部門や出島組織主導で実施するのが望ましい。情報システム部門やDX推進部門はこれらの活動が滞りなく実施できるシステム基盤やコミュニケーション基盤の維持、IT系人材のフォローアップ、現場からの必要に応じて協業可能なITスペシャリストとのネットワークづくりを継続して行う。

■組織編

 プロセスを実行するための組織のパターンとそれぞれの役割は以下のとおり青枠、赤枠、緑枠の3つに分かれる。

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青枠)経営層、DX推進部門、情報システム部門が中心となった組織

 活動初期はデジタルテクノロジーを戦略的に活用したい会社のビジョンを策定したり、そのビジョンを達成するための既存システムの整理などを推進する。初期から中期にかけては、ERPの導入や既存システムのマイグレーション等の情報基盤整理、デジタルトランスフォーメーションを実現するための組織変革、IT系人材の育成または確保を推進していく。
 後期は現場が主体で実施するデジタル化やデジタライゼーションを滞りなく推進するために、現場からの要望に応じたSaaS/PaaSの導入やITスペシャリストとのコネクションを活かした事業企画などをサポートする役回りに
なる。

赤枠)現場部門が中心となった自立改善組織

 現場に配属されたIT系人材が中心となり、既存システムのデータやSaaS/PaaSを活用して現場で発生した問題解決を実施する。特に新しい組織を作るのではなく、既存の組織がデジタルテクノロジーを活用した改善活動を実施できる環境を与える。企業が把握していないシステムを勝手に作らせないよう、情報システム部門やDX推進部門はこれらの組織とのコミュニケーションを継続的に図ることで状況を把握し、良い取り組みがあれば、全社に横展開を進める。

緑枠)マーケティングや経営企画部門が中心となった組織

 デジタルテクノロジーと企業が持つ様々な資産を組み合わせることで新たな価値創造を行う。必要に応じてITスペシャリストと協業/共創なども行う。

■プロセスの実行、組織変革を進めていく上でのポイント

 プロセスの実行、組織変革を進めていく上でのポイントは以下のようなものになる。

a. 最初に中長期的な企業のビジョンを会社全体で決める

 デジタルテクノロジーの活用は手段であり目的ではない。企業としてのビジョンが固まらないと、その後のプロセスに進めないため、会社全体でビジョンを Fix してから進めることが最も重要。

b. 価値創造(デジタライゼーション)が可能な組織への変革も実施する

 多くの企業は「現状のビジネスを効率的に運営する」ことに特化しており、「価値創造」を実施する組織体になっていない。価値創造を可能にするためには、 IT 系人材以外にもティール組織、アジャイル開発
などに長けた今までとは異なる文化の組織変革が必要となる。実践するビジネスに合せて別会社を立ち上げるなど柔軟な制度を用意することも重要になってくる。

c. 「業務システムにあわせて業務を変更する」ことも検討する

 既存の業務に全く影響のない業務システムは存在しない。多くの企業は「業務に業務システムをあわせる」ために自社独自のシステムを導入してフルオーダーメイドしてきたが、 ERP の導入にあたっては全てカ
スタマイズすると想定以上のコストが掛かるため、「業務システムにあせて業務を変更する」ことも検討する必要がある。

d. IT 系人材の育成または確保を早急に進めて内製化を実現する

 低コストとスピード化を実現するためには、今まで同様に IT ゼネコン( SIer )へ発注するのではなく、自社である程度の内製化やプロジェクトマネージメントを実施できることが求められる。
そのため IT 系人材の育成または確保は早急に進める必要がある。近年では優秀な人材を CIO や CTO といった肩書で採用するケースも増えてきている。

e. IT スペシャリストとのネットワーク構築に向けて情報収集 発信に取り組む

 専門性の高い IT スペシャリストとのネットワークはいつ必要になるか予測できないため、常に情報収集を実施しておく。現在では、様々な媒体でオンラインセミナー等があるため、それらに参加することで情報収
集を実施する。また、自社の情報を発信することも効果的であるため、様々なイベントに登壇者として参加することもネットワークを拡げる良い機会になる。

f. 初期の段階はトップダウン、中期から後期はボトムアップにシフトする

 初期の段階は経営層、 DX 推進部門、情報システム部門が中心となって、デジタル化やデジタライゼーションが実施出来る情報システム基盤の構築と組織変革をトップダウンで推進し、中期から後期にかけ
ては、それぞれの業務を担当する現場部門が主体的に活動出来るようにサポート役に周り、最終的にはボトムアップで様々な活動が実践できるようにサポートしていく。これにより、デジタルテクノロジーの業
務活用を企業文化として根付かせる。

g. デジタル化とデジタライゼーションを推進する組織は分ける

 デジタル化は業務の効率化、デジタライゼーションは価値創造がそれぞれゴールの活動であるため、それらの活動を同じ一つの組織で推進するのは評価基準やプロセスも全く異なるため分けて組織するべき。
ただし、目的は異なるが「デジタルテクノロジーを活用する」という手段の部分は同じであるため、そこは DX 推進部門や情報システム部門が間を取り持って情報共有を進めていく。

 ということで、プロセスと組織変革については以上です。

プロセスについてはかなりざっくりになってます。細かいこと言い出すと文章にすると伝わりづらいのでこれくらいの粒度にしました。本当は、企業のビジョンに合せて必要となる業務システムの要件を洗い出し、それを独自のチェック項目みたいなのを作成して一つ一つ確認していくとかそういう地道なことが必要になります。このへんは興味があればコメントで要望いただければまた整理しますのでおっしゃってくださいませ。

6 まとめ

 色々と説明してきたが、デジタルトランスフォーメーションという言葉の正式な定義は特になく、様々な文脈で意味が異なるケースがほとんどで、今
回説明したデジタルトランスフォーメーションもその一つに過ぎない。

 私が思う企業がデジタルトランスフォーメーションを進めていく際に最も必要なことは「中長期的に企業が実現したいビジョンは何なのか」ということと、「それを達成するためにデジタルテクノロジーを活用することができるのか」ということをまずは見極めることである。言葉にすると簡単ではあるが、先行きの見えない現在においてビジョンを明確にすることや、見極めるために必要なデジタルテクノロジーに対する知識を身につけることは難易度が高いのも事実としてある。

 ただ、これから先の社会において、「デジタルテクノロジーを活用しない」という選択肢は100% 存在しないと言っても過言ではない状況にあって、それらを怠り、その場しのぎの対応で済ますことは将来に対してマイナスでしかない。経済産業省が言う 2025 年の壁がすぐそこに迫ってきている中、早急に検討する必要があると思う。

 今回提示したデジタルトランスフォーメーション、デジタル化、デジタライゼーションの定義や実行するための問題、それを解決するプロセスや組織についてはあくまで一つの考え方でしかないので、「こういう考え方もあるのね」と参考にしてほしい。

 最後に、偉そうなこと言ってすみませんでした。おわる。

おわり

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