見出し画像

【反省文】やっぱり毎日更新は諦めた(笑)

こんにちは。おひさしぶりです。
約1週間ぶりにnoteを更新しました。
それまでは順調に書けていたnoteも、ある日突然ぷっつりと書けなくなってしまいました。

自分にとって「文章を書く」というのは、ストレス発散の要素があって、書いているうちに自分の気持ちに気づいたり、ハッとすることがあったりして、それが楽しかったんですよね。

そうやって文章を書くノリが良い日が続いて、たまたま2〜3日連続更新したもんだから、これは切らせたくない!と思って、毎日更新をはじめたわけです。

でも、前回も反省したのに今回もやっぱり挫折しました😂勢いというのは大切だけど、その勢いをキープできないのが玉に瑕。笑

↑前回の反省文。笑

なんで継続できなかったのだろう?と、考えてみると、今回は以下の事項が浮かびました。

①noteはスローなSNSだった
②習慣は大事だが、義務はあかんかった
③自分が納得できていないから

以下ではさらに掘り下げていきます!


①noteはスローなSNSだった

noteって、スローなSNSだったってことを思い出しました。
Twitterやインスタグラムは、タイムラインに次々と表示され、瞬時に消化されて、後ろに流れていくようなファスト(速い)なSNS。
それとは違って、noteは気になった記事をじっくり読んで、スキになるスロー(遅い)なSNS。

noteはどんな仕組みで拡散されるのか知らないのですが、自分の過去に書いたnoteが今だに読まれたり、スキがついたりする。

UPしたものが、すぐに読まれるわけではないけれど、置いておけば誰かの目に止まる。
noteは、そんなSNSだったな〜と思い出しました。

②習慣は大事だが、義務はあかんかった

先ほども書いたように、文章を書く事は、僕にとってはストレス発散みたいなものでした。
かと言って、習慣にならなければサボってしまうのは事実で…

だから、noteの毎日更新で習慣化したかった。

けれど、それは習慣というよりは義務になっちゃってたんですよね。

それはある意味で「呪い」にもなっていて、今日もあげなきゃ、書かなきゃ、という自分で自分にかけた呪いになっちゃってたんです。

③自分が納得できていないから

noteを書く時間が上手く作れていない今。
そうなると、どうしても自分でも納得できないnoteが出来あがっちゃうんでんすよね。

それが悪いってわけじゃないんです。
モヤモヤしたままの文章もありだと思うんですが、なんてゆうのかな…
自分が楽しめてないままなのに、いいのかなって思っちゃうんですよ。

例えると尿意がぜんぜんないのに、検尿でおしっこを無理やり出さなくちゃいけない感じ。
あれ結構しんどいじゃないですか。

そんな感じで出そうじゃないのに、無理やり出してる感があって、苦しかったんですよね〜きっと

こたえ

noteをやっていて、ほんと紆余曲折があります。
毎日更新してみたり、隔日更新してみたり、頻度減らしてみたり。
だからこそ、毎日更新や毎日じゃなくても定期的な更新を継続できてる人たちをほんと尊敬します。

とうの僕はというと、「書きたいときに書く」っていうのが1番だなーと開き直りました。

自分は流行り廃りの波が激しい性格、ってことは前から分かっていたことだったのに、noteの更新頻度を客観的に見て、やっぱり、と改めて実感しました。笑


だから多分、これからもたまーに更新したり、急に毎日更新したり、色々するんだろうなーと思います。

でも、思うんです。
まだ「書きたい」と思えるということは、それはもうすでに習慣になっているというか、「書くこと」が大切で、切っても切り離せないようになってるからで。

じゃ、別に毎日更新や更新頻度にこだわらなくてもよくね?っていうのが、今の僕の言い分け 兼 回答 です。

ほんとの意味のマイペースで、これからもゆるくnoteを書いていきます。

それでは、また!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?