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絶対に好きになるミュージカル映画入門

ミュージカル映画一覧リストはこちら

1.はじめに~トップハットからグレイテストショーマンまで変わらぬ楽しさ~

 『ジュディ 虹の彼方に』という映画が3月6日ついに日本でも公開された。

往年のミュージカルスター、ジュディ・ガーランドの伝記映画であり、彼女の壮絶な人生を描いた作品になっている。

 このようなツイートも通常では考えられないほど拡散されており、ジュディ・ガーランドに注目が集まっているのを感じる。今でこそこのような形でその人生の壮絶さや、華やかな映画業界の闇の面の深刻な被害者として語られることが多い彼女であるが、その歌唱力と演技は素晴らしいものであった。

(『オズの魔法使』、監督:ヴィクター・フレミング、1939年)

 なぜ、冒頭でジュディ・ガーランドの話をしたかというと、この記事で書きたいことがミュージカル映画の裏側の”闇”ではなくて、”楽しさ”についてであるからである。今このタイミングでジュディ・ガーランドについて触れずに「ミュージカル映画ってめっちゃ楽しいよね!」ってことを書いても能天気なアホみたいに思われるのでそれをなんとか避けようということだ。もし、裏側の闇について知りたい人がいたら、下のリンクをクリックして

ジュディ・ガーランドのWikipediaのページを読んでもらうといい。

 よし、では、ミュージカル映画の楽しさについて書こうって意気込んだところで実はまだ問題がある。

​つまり映画というものは、どんな文献でも、だめなのね。見なくちゃ。ダメなのね。見るということは、とても大事なことなのよね。いくら言葉で説明しても、この感動は伝わらないのよね。(淀川 1957)

かの有名な映画評論家の淀川長治さんはキネマ旬報のあるミュージカル映画の特集でこのように言っている。そしておいうちをかけるように、淀川さんの発言に双葉十三郎さんは、

特にミュージカルは、そうだよ(双葉 1957)

と返答する。実績ある彼らがそういうのだからやはりミュージカル映画の持つ楽しさを言語化するなんて到底無理なのだろう。

2.ショウほど素敵な商売はない

 とはいえ、何も書かないわけにはいかない。僕はどうしてもミュージカル映画の持つ楽しさを多くの人に伝えたい。というのも、ミュージカル映画というジャンル自体が今の映画ファンからはあんまり人気がないように感じるからだ。いや、本当にみんな見なさすぎる。

 たしかに気持ちはわからなくもない。特に昔のミュージカル映画はワンショット固定カメラのシーンが多いため、画的につまらないと思われても仕方ない気がするし、ストーリーにしたってウェストサイド物語(1961)とか原作があるものをのぞけばそのほとんどが陳腐で荒唐無稽なものばかりであることは否定できない。

 とはいえ、世の映画ファンの多くはやがて、名作映画ランキングに『雨に唄えば』(1952)や『イースターパレード』(1948)、『トップハット』(1935)などが入ってるのを知って「それなら見よう!」と挑戦したくなる日が来る。でも、いざそれを見て「やっぱりミュージカル映画は合わない」とFilmarksに星2とか3を付けている人だってきっといる。でも、それではもったいないじゃないか。と僕は思うのである。

 では、ミュージカル映画の持つ楽しさはどこにあるのか。それは紛れもなくミュージカルシーンである。ミュージカル映画ファンは、美しくて楽しい燦然と煌めくミュージカルシーンを見たいがためにミュージカル映画を見るのだ。そして、より最善のコンディションでミュージカルシーンに出くわしたいがために、つまらなくて退屈なドラマパートを飛ばしたりすることなく我慢しながら見続けるのである。これがミュージカル映画を見るときの基本的なスタンスである。そしてもし、ドラマパートも面白い作品に出会えたのならそれは思いがけない喜びであり、そういった作品は特別に名作として後世に語り継がれることになるのである。

 とにもかくにも、ミュージカル映画を好きになるということはミュージカルシーンを楽しめるようなるということを意味する。となれば、おのずとこの記事で書くべきことはミュージカルシーンの楽しみ方だということがわかる。淀川さんは、実際に見ないと良さはわからないと言っていたが、今ではありがたいことに優れたミュージカルシーンの多くはYouTubeで参照することができる。こんな素晴らしいことはない。是非とも読者の方々には動画を再生しながら記事を読んでいただきたい。(というか動画だけでもいいから見てほしい)

 前置きの最後にこれだけは言っておきたい。『アニーよ銃をとれ』(1950)の曲のタイトルに"ショウほど素敵な商売はない”とあるように、当時ハリウッドのミュージカル映画というものは、もっとも光輝いていた商品であり、また紛れもなく世界最高のショウでもあった。その価値はそうそう簡単に色あせることはない。きっと見ればその素晴らしさは伝わるだろう。

(『アニーよ銃をとれ』、監督:ジョージー・シドニー、1950年)

 では、まず特に敬遠されがちな昔(1930~60年代)のミュージカル映画がなぜ見づらいのか。どのようにそういった昔のミュージカル映画を見ればいいのか。この謎を解くべく、ミュージカルシーンを五つのタイプに分類したいと思う。一応分類するにあたってわかりやすいように最近のミュージカル映画を例に挙げることを心掛けたい。

3.ミュージカルシーンの分類

(1)ドラマパートのミュージカル化

 まず最初に紹介するのは、ストーリーの進行上必要不可欠なシーンでありながらミュージカルシーンでもあるというタイプである。例として紹介したいのはアカデミー作品賞を受賞した『シカゴ』(2002)という映画の一曲。未見の方は見ない方がいいかもしれない。

殺人犯の主人公が記者から質問攻めにあうのだがあまりに正直答えちゃうので弁護士が主人公に腹話術で言いたいことをしゃべらせるというチャーミングなシーンなのであるが、このシーンをほかの映画の任意の場所に無理やり挿入することは不可能である。たとえ同じ役者が出ている映画であっても、いかなる映画でもいかなる場面でも無理だ。

 現在、主に製作されているミュージカル映画のミュージカルシーンはこのタイプが多い。ディズニーミュージカルなんかはほとんどこれではないだろうか。

ストーリーが中断停滞することがないため。まったく気にすることなく見ることができる。一番お客さんに優しいタイプだ。

(2)感情のミュージカル化

 二つ目。こちらはストーリー進行のなかで主人公の感情表現として用いられるタイプのミュージカルシーンのことである。例として紹介したいのは『ANNIE/アニー』(2014)というミュージカル映画のなかでも特に有名なこの一曲。

このシーンを条件付きでほかの映画に挿入することは可能である。つまり、同じ役者が出演していて、まったく同じような感情をその役者が表現したくなったときであれば問題なく挿入できるということである。

 このタイプのミュージカルシーンは、あらゆる時代や地域のミュージカル映画にまんべんなく多様に存在している。昔のミュージカル映画における名シーンや名曲もこのタイプのシーンが多い。たとえば『雨に唄えば』(1952)の”Singin'in the rain”

や『マイ・フェア・レディ』(1964)の”I Could Have Danced All Night”(絶対聞いたことあると思う)

などもこのタイプだろう。

 このタイプもストーリーが中断することはないので、ほとんどの場合で違和感なく見れるのだが、一方で突然歌い出すという印象を持たれることもあるし、ストーリーの進行は一時停滞するためじれったく感じられる場合もある。ただ、この手のシーンは優れた歌い手によって優れた名曲が歌われる場合が多いため大半の場合は問題にならない。

(3)ストーリー上ほとんど意味のないミュージカルシーン

 三つ目のこのタイプは、もし劇映画であれば存在しなかったシーンであり、ほとんどシーン自体には意味がないため、他の映画に移植することはいついかなる場合においても可能であるともいえるし、不可能であるともいえるシーンである。このようなシーンは最近のミュージカル映画においてはほとんど絶滅したように思える。そのため最近のミュージカル映画で例を挙げることが非常に難しい。が、あえて挙げるとすると『ララランド』(2016)の冒頭のシーンだろう。

 『ララランド』のこのシーンは、監督が昔のミュージカル映画のこのタイプのシーンを一度やってみたくて撮ったシーンじゃないかと思いたくなる。実際、このシーンでは主要な登場人物は一切踊らないし歌わない(少なくとも映らない)し、本編の主演たちより上手に踊っている彼らは最後までストーリーに関与することはない。

 このタイプのシーンは、ストーリーの進行を停滞どころか中断させるので多くの場合違和感を感じる(『ララランド』ではしっかりと冒頭のシーンにおいてあるのでその心配はない)。しかも、シーン自体には意味がないため、芸達者な役者あるいは豪華な仕掛けなどがないならそもそも撮ることにも見ることにも意味がない。だから現代のミュージカル映画からはすっかり姿を消したのだ。

 しかし、昔は違ったのである。このストーリー上は何の意味のないミュージカルシーンがなんとも溢れていたのである。そのため、今僕らが昔のミュージカル映画を見ようとするとどうしても違和感をたくさん感じることになるし、人によってはストーリーがぶつぶつ中断するのでイライラするという事態になってしまうのだ。

(4)登場人物の(ストーリーには不必要な)夢や妄想のミュージカル化

 四つ目のこのタイプのシーンは、主人公が寝落ちしたり、子供たちに楽しい話を聞かせなくてはいけなくなったりすることによって始動する。長さはまちまちであるが、一般的なミュージカルシーンよりははるかに長い。登場人物も映画の本編には登場しない人たちがたくさん出てくるため、見てる者の印象としては一本の長編映画を見てたら途中で強制的にまったく別の短編映画を見せられたような気分になる。

 例を挙げるとするならばここでも『ララランド』のシーンを選択せざるをえない。しかし、このシーンは厳密にはこのタイプに当てはまらない。というのも、このシーンは作劇上とても意味がありララランドがララランドたりえるための必要不可欠であるからだ(だから未見の方は未見のままの方が絶対に良い)。もちろん本物のこのタイプのシーンはカットしたところで本筋にはなんも影響しないし、もっと踊る。

 このようなシーンは、往々にして製作に大量の資金が投じられる場合が多い。名作『雨に唄えば』(1952)にもこの手のシーンがあるが、当時のお金で60万ドルものお金がかけられたとDVDのオーディオコメンタリーで告白されている。豪華で広大なセットやカラフルできらびやかな衣装など見どころが満載であり、ダンスや歌もとにかく派手あるいは耽美で特に力が入れられる。そのため歴史的名シーンと呼ばれるシーンもたくさんあるのだが、やっぱり長編映画を楽しんでたら突然ストーリーが中断されて短編映画を見させられるのだから、多くの人々にとって密かにネックになっていることは間違いない。このタイプのシーンも今ではまったくないが、昔のメジャーなミュージカル映画にはほとんどの場合存在する。

(5)最後のタイプ

 最後の五つ目のタイプについては、この記事の最後で改めて書きたいと思うのでそれまでのお楽しみにしたい。

 このように、ミュージカルシーンを分類してみると昔のミュージカルには昨今のミュージカル映画にはあまり見慣れないタイプのミュージカルシーンがたくさんあり、それがストーリーを中断しまくっているということが見づらさの原因であるということがわかる。

 このようなタイプのミュージカルシーンがあると知っているだけでも、昔のミュージカル映画は幾分か楽しみやすくなる。少なくともいきなり短編映画が始まっても、なんじゃこりゃと余計にびっくりしなくていい。それにしてもなんで昔は③や④のようなタイプのミュージカルシーンがたくさんあったのだろうか。


4.何故あの頃はそのタイプのシーンがあったか

 それは、何よりも誰もが映画館に行ってパフォーマンスしているところを見たいと思えるスターが存在したということが大きいのであろう(もちろんテレビがない時代だったということもあるが)。

 つまり、当時の観客はいくらストーリーが中断されようが、スターがとんでもなく豪華な衣装やセットでダンスを披露してくれるとあらば「待ってました!」と拍手喝采でその手のタイプのシーンを迎えることができたということなのだ。そしてこの反応は今のミュージカル映画ファンもさして変わらない。

 「え、今ではテレビがあるし、わざわざ映画を見なくてもいいじゃん!」って思う人が多いかもしれない。でも昔の芸達者たちは現在日本でテレビのチャンネルをいくらひねっても見あたらないレジェンド級の芸達者なのだ。しかも彼らはとんでもない大金を投じられたセットや衣装でパフォーマンスを披露するのである。だから、当時の映像を再現しようとしたらそれはもうとんでもなく困難であり、ほとんど不可能なことなのだ。もし仮にそれが実現している場があるとすればウエストエンドかブロードウェイだろう。しかしそんなところへはそうそう行けない。でも、昔のミュージカル映画を楽しむのであればTSUTAYAに行くなり動画配信サービスに登録するなりで終わってしまうのだ。

 とにもかくにも、一度もしあなたが昔のミュージカルスターのファンになってしまえば、それはもう昔のミュージカル映画のファンにならざるをえなくなってしまうということなのだ。では、今のミュージカル映画ファンも見たがるような大スターとはどのような人たちであったのだろうか。


5.燦然と輝く三人のミュージカルスター

 それはまさしく冒頭でも紹介したジュディ・ガーランドと、ミュージカルの王様ジーン・ケリー、そしてマイケル・ジャクソンが憧れ続けたダンサー界のレジェンド、フレッド・アステア。この三人のことである。

(1)フレッド・アステア

 ここからは何とか読者のみなさんに彼らのファンになってもらいたいので、昔のミュージカルシーンをどしどし参照していきたい。まずはフレッド・アステアからだ。彼は、トーキー映画の歴史が始まりミュージカル映画が盛んに作られるようになった時代におけるほとんど最初期に生まれた大スターといっていい。洗練されたダンスが特徴だ。

 彼の初期の作品のなかでも、RKOという映画スタジオで何作も作られたフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの二人のボーイミーツガールもののミュージカル映画は今なお大変人気である。その中でまず見てほしいのが『踊らん哉』(1937)のスケーティングしながらタップダンスするシーンである。

 単純にスゲーって感じだし、何回見ても理屈抜きで元気が出る大好きなシーンだ。次に見てほしいのは『恋愛準決勝』(1951)の帽子掛けとのダンスシーン。

 まさにストーリー進行上なんの意味もないシーンである。スターがメトロノームのリズムにテンションが上がって帽子掛け相手にダンスしはじめるだけだ。しかしこのシーンを見終えたときには思わず拍手したくなるもんだから凄い。実際当時の映画館では拍手が鳴り響いたのだろう。このようなシーンがあるせいで、ストーリーのつまらない『恋愛準決勝』という映画を見てよかった!と思っちゃうし、また見たいと思ってしまうのである。(とはいえこの映画にはもう一つあっと驚く凄いダンスシーンがあるが。。。1:05:00あたりを参照)

 次に紹介するのは『バンド・ワゴン』(1953)におけるシド・チャリシーとのあのあまりにも有名なダンスシーンである。この映画の筋を説明する。落ち目のミュージカルスターが不本意なことに真面目な一般劇で役を演じることになる。しかし劇は大失敗。そこで彼がミュージカルに書き換えて上演し、大成功させるという話。まさに当時のフレッド・アステアが演じるにふさわしい映画であった。

このシーンは変に凝ったところとかもないし、特殊効果がどうこうとかじゃなくて、もうただただ正統派として素晴らしいダンスなのである。とにかく美しい。

 最後に紹介するのはアステアの言わずもがな代表作である『トップハット』(1935)の名曲Cheek to Cheek。ちなみに、スティーブン・キング原作の名作劇映画『グリーンマイル』でもこの映像が使われている。

(2)ジュディ・ガーランド

 続いて二人目はジュディ・ガーランド。『オズの魔法使』で大ブレイクした彼女の持ち味はその圧倒的な歌唱力であろう。その歌唱力が堪能できるシーンがこちらだ。ジーン・ケリーとの共演作『サマー・ストック』(1950)のラストシーン”Get happy”である。

 この作品で、星の数ほどのスターを抱えていた今は亡き映画スタジオMGMから彼女は解雇されてしまうのだが、そんなことをまったく感じさせない素晴らしいパフォーマンスだ。男どもが踊るなかでまるでヤケクソのように歌う様はジュディ・ガーランドらしくてとってもカッコいい。

 続いてはフレッド・アステアとの唯一の共演作となった名作『イースター・パレード』のアステアとのダンスシーン。これを見るとやっぱりタップの楽しさを感じずにいられない。そしてやはり歌声が素晴らしい。

 次に紹介するのは1944年に公開された不朽の名作『若草の頃』から”Trolley Song”という曲。鮮やかなカラー映像に綺麗な衣装。セントルイス万博(1904)を控えたセントルイスの一家のドタバタ劇を描いたこの作品は今見てもハッピーに溢れていて素敵な作品である。この曲は何より遊園地でも流れてそうなほど、陽気でハッピーなのがいい。

 ここで少し、ジュディ・ガーランドの子役時代の話もしよう。『オズの魔法使』のあとの彼女は、ミッキー・ルーニーという大人気子役とセットで裏庭ミュージカルと呼ばれるタイプの低予算映画に何度も出演させられることになる。これらの映画は日本ではなかなか見ることが出来ないのであるが、どうやらハイスクールミュージカルのようなストーリーだったらしい。この一連の映画作品の中の一つ『青春一座』で歌われた”Good morning”という曲を最後に紹介する。

 ああ、ジュディ・ガーランド。素晴らしい。

(3)ジーン・ケリー

 最後のスターは待ってました! ジーン・ケリー! あのアステアが『ザッツ・エンターテイメント』というドキュメンタリー映画のなかでジーン・ケリーをミュージカルの王様と表現するのだが、まさしくその通り。なんていったってミュージカル映画の全盛期である1950年代は彼の時代でもあったのだから。

 カメラのまわっていないときもスタントマン顔負けのスタントを披露しスタッフたちを喜ばせていた運動神経抜群(綱渡りとかもできちゃう)な彼の持ち味はその大胆でアクロバティックなダンス。見ていてとにかく楽しくて、ただただ心を奪われる。甘いルックスに美しい歌声もズルいとしか言いようがない。彼こそエンターテイメント。That's Entertainmentだと思う。そして僕が映画を好きになっていく最初のきっかけの俳優でもある。

 そんな彼のダンスで最初に紹介したいのは名作『雨に唄えば』から”Good morning”という曲。そう、先ほど紹介したジュディ・ガーランドの楽曲のカバーだ。一緒に踊るのは初代スターウォーズのレイア姫を演じたキャリー・フィッシャーの母親としても有名なデビー・レイノルズという女優。彼女はもともとダンスや歌はあまり経験がなかったが、この映画撮影中にジーン・ケリーから厳しい特訓を受けたことにより素晴らしいミュージカルスターへと成長した。

 右で踊っているのがジーン・ケリーだ。どうだろうか。見ていてとにかく楽しい。ひたすら楽しい。このシーンを初めて映画館で見てたときは本当に天国にいるような気分になった。さまざまなタイプのダンスが立て続けに披露されていくこのシーンはミュージカルの宝石箱だと思うし、なかでもやっぱりタップは見てて楽しい。しかも、このシーンのあとにすぐあの有名な”Singin'in the rain”で雨の中で踊るシーンが来る。『雨に唄えば』が名作というのはそういうことなのだ。

 ちなみに、ここまでいろいろシーンを紹介してきたが、実はタイプ④のシーンは一つもなかった。次に紹介したいのはタイプ④のシーンのなかでも特に有名な『錨を上げて』(1945)のシーンだ。

 ジーン・ケリーは子供たちに楽しい話をしてと頼まれて、あるお話をすることに。その話とは、歌もダンスも禁止されたある王国の話である。その王国に迷い込んでしまったジーン・ケリーはその規則に疑問を持ち王様に会いに行く。その王国の王様はトムとジェリーのジェリー。ジェリーは歌とダンスが下手だから国民にも歌とダンスを禁止していたのである。そこでジーン・ケリーはジェリーにダンスを教えることを思いつく。

  見てわかる通り、楽しいのである。アニメーション×ジーン・ケリーこれ以上テンション上がる組み合わせがはたしてあるだろうか。音楽は陽気でキャッチーだし、ジェリーはどこまでも愛らしい。『錨を上げて』という映画自体かなりの傑作なのであるが、正直僕は本編のいかなるシーンよりもこのシーンが好きだ。

 次は、まったく意味のないシーンであるタイプ③の極みとでもいえるシーンを紹介する。『サマー・ストック』(1950)の新聞紙のシーンだ。

 床を踏んだら音が鳴ることに気づいたジーン・ケリーはテンションが上がって、さらに新聞紙もくしゃくしゃ音がすることに気づくとそりゃあもうこんな楽しいことはないと踊りだす。ただそれだけ。それだけなのに、こんなに楽しいシーンはある?ってくらいもう楽しいシーンになっている。 ジーン・ケリーの天才っぷりが一番伝わるシーンはこのシーンだと思うし、僕はこのシーンが一番好きだ。

 続いては『レオン』の劇中で殺し屋が鑑賞していることでも有名な『いつも上天気』(1955)のワンシーン。ジーン・ケリーにローラースケートを履かせたらどうなるのか。どんな素晴らしいタップを見せてくれるのか。とにかくワクワクが止まらない、そんな幸福感溢れるシーンだ。

 大胆さと美しさが同時に存在していてとにかく尊い。そしてやはりタップは楽しい。歌もロマンチックなメロディーでたまらない。巨大な街のセットを縦横無尽に動き回るジーン・ケリー。MGM巨大スタジオが廃墟となってしまった今、このスケールの大きさはもう二度とお目にかかることはできないのではないかと思われる。

 ローラースケートの次に紹介するのはアカデミー作品賞を受賞したジーン・ケリーの代表作の一つ『巴里のアメリカ人』から”I got rhythm”。作曲は”S wonderful”など数々のミュージカルの名曲を生み出したガーシュウィン。(日本ではこの曲よりもラプソディ・イン・ブルーの方が有名かもしれないが)

 パリにやって来たアメリカ人ジーン・ケリーが主人公のこの映画。この場面では、I got rhythmのリズムにのりながら子供たちに英単語を教えるのだが、英単語の意味をタップダンスで表現するのである。

 もう素晴らしいと言わざるをえない。拍手をしないわけにはいかない。そして何よりも子供たちがひたすら羨ましい。こんな楽しい先生ならいくらでも英語勉強します。にしても本当にタップは素晴らしい。字幕なしでも大体なんの単語を表現しているかわかるのだから凄い。

 ここまでジーン・ケリーに関してはひたすら楽しいシーンを並べてきた。僕は楽しいシーンがとにかく大好きであるからそのようなチョイスになってしまうのであるが、最後のシーンくらいは情緒的なものを選びたい。『雨に唄えば』のシド・チャリシ―とジーン・ケリーのダンスシーンだ。

 このシーンに関してはまず技術さんが凄い。風を演出意図通りに見事に操っている。オーディオコメンタリーによると普段は海に波を起こすために使っているような巨大な送風機を使用したらしい。映像特典でもこんなシーンは二度と再現不能だと絶賛されているが、同じ風は二度と吹かないので当たり前である。真っ先に風を誉めまくってしまったが、ジーン・ケリーとシド・チャリシーの舞いが素晴らしいのは言わずもがなだ。

 ちなみにこのシド・チャリシーは出産直後だ。ジーン・ケリーと踊れるのならとかなり無理をして撮影に臨んだそうだが結果的にこれが彼女の出世作となった。にしてもやっぱり『雨に唄えば』は凄い映画だ。どんだけ名シーンがあるんだか。そのうえストーリーも面白いのだから無敵である。

 どうしてもジーン・ケリーが好きなのでちょっぴり長めになってしまったが、彼の圧倒的なエンターテイメント性と楽しさが少しでもわかってもらえたらと思う。

 さて、ここまで三人のミュージカルスターを紹介してきたが、昔のミュージカル映画で歌い踊っていたスターはもちろん彼らだけではない。あのクラーク・ゲーブルやジェームズ・スチュアートですらミュージカルシーンを演じさせられたのだ。そんな意外なミュージカルスターたちを次章では紹介したい。

5.意外なミュージカルスターたち

 意外なミュージカルスターたちという題をつけたが、ここで紹介するミュージカルシーンはミュージカル映画ファンにとってはすっかりお馴染みのものが多い。とにかく読者にミュージカル映画ファンになってほしいので、特に楽しかったり、素晴らしかったり、びっくりようなものを選んだつもりである。

 まず最初はマリリン・モンロー。『お熱いのがお好き』とかビリー・ワイルダー作品の方が有名なので案外知られていないかもしれないが紛れもなくミュージカルスターの一人だ。このシーンは『紳士は金髪がお好き』(1953)という映画。監督は西部劇でもコメディでも後世に残る作品を作ってる名映画職人ハワード・ホークス。この作品はミュージカル映画なのだが、これもまたすごく面白かった。

 続いてはオードリー・ヘップバーン。こちらは名作『マイ・フェア・レディ』のイメージがあるためミュージカルスターであったことを知らない人はあまりいないと思うが、残念ながら『マイ・フェア・レディ』の多くの楽曲は吹き替えである。オードリー・ヘップバーンの生歌が聴けるのはフレッド・アステアとの共演作『パリの恋人』(1957)。このシーンでは華麗に踊るオードリー・ヘップバーンが見れる。

 次に紹介するのは、『百万弗の人魚』(1953)といういわゆる"水泳ミュージカル"のひとつ。元競泳選手であり世界記録保持者であったエスター・ウィリアムズ。彼女も当時大人気ミュージカルスターであった。彼女のためだけにMGMには巨大なプールが作られたという話は有名である。正直このシーンは最初見たときは本当にびっくりした。本編を見てないのでなおさらである。いったいどんなストーリーだとこのような映像を撮ることになるのだろうか。

 最後は、ジャズ界のレジェンド、ルイ・アームストロングだ。彼が映画に出演するときは基本的に本人役であるが、『上流社会』(1956)という映画ではさらに狂言回しの役割も担ってた。そんな彼が披露する本気ジャズシーン。途中始まるスターたちの掛け合いはとっても興奮する。『上流社会』で一番好きなシーンだ。

 ここまで昔の様々なスターやミュージカルシーンを紹介してきた。ここまで読んでみて、一人あるいは一本でも気になるスターか映画ができたのであればこんなに嬉しいことはない。っていうかここまで読んでくれている人がいるのなら僕はそれだけでもとてもうれしいです。

 さて、ここからは1960年代以降の話をしていきたい。次の舞台はフランスだ。60年代にいたるまで恐ろしいほどミュージカル製作に無関心だったこの国でついに素晴らしいミュージカル映画が製作されることになる。

6.フレンチ・ミュージカルの時代

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 この画像はフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールにより1961年製作された実験的ミュージカル風映画『女は女である』のワンシーンである。シド・チャリシーとジーン・ケリーと共演したいと叫ぶ主演女優アンナ・カリーナがこの後タップダンスもどきをすることからも象徴的にわかるように、この映画は1950年代アメリカ製ミュージカル映画になんとか近いものを作ろうという意識で作られたものだ。この映画ではダンスや歌のシーンはほとんど登場しないが、役者の細かい動きや編集、そして何よりもミシェル・ルグランによって作曲された素晴らしき映画音楽により、アメリカ製ミュージカル映画を想起せざるを得ない作品となっている。おそらく、ゴダールは本当はジーン・ケリーやシド・チャリシーを使いたかったのだろうが、ハリウッドにいる彼らが実際にフランス映画に出てくれる可能性は望み薄であった。

 そんななか、誰もが驚嘆したミュージカル映画が1964年に誕生する。『シェルブールの雨傘』である。製作したのはジャック・ドゥミという若き監督。音楽はまたしてもミシェル・ルグラン。この映画が画期的だったのはすべてのセリフが歌になっている完全ミュージカルの形式であったという点だ。それを実現するための手法は大胆なもので、どうせ役者はうまく歌えないからと撮影開始前にプロの歌手を使い全編録音、それに合わせるように役者を動かし、映像を撮影したのである。こうして製作された『シェルブールの雨傘』はカンヌ最高賞を受賞し、重要なシーンで流れた"I Will Wait for You"は大ヒットした。

(『シェルブールの雨傘』、監督:ジャック・ドゥミ、1964年)

 この映画の成功によってなのか厳密なところはわからないが、1967年フランス国民待望の大スタージーン・ケリーがついにフランスに来ることになる。これまたジャック・ドゥミ監督の『ロシュフォールの恋人たち』(1967)だ。

 『巴里のアメリカ人』ではセットで作られた似非パリで踊っていたジーン・ケリーがガチのフランスで踊ることになったという時点でエモい。製作手法が『シェルブールの雨傘』と同じであるうえにジーン・ケリーがフランス語を話せない?ためにジーン・ケリーのセリフと歌がすべて吹き替え(まるで『雨に唄えば』のリナのよう)になっているというのも興味深い。なにはともあれ伝説の登場シーンを見てほしい。これを見るとフランス人の色彩センスというのはとてつもなく素晴らしいということがわかる。服が可愛い。ミシェル・ルグランのジャズ風味の楽曲も洒落てて素敵だ。ビバフレンチミュージカル。

 この映画でも全く衰えることのないダンスを見せたジーン・ケリーであったが、1960年代のアメリカではすでに彼らが出る様なミュージカル映画はほとんど製作されなくなっていた。ではいったいどのようなミュージカル映画が製作されていたのか。

7.ウエストサイド物語以後のアメリカミュージカル映画の変遷

 ここでは1960年代以降のミュージカル映画をいくつかの流れに分けて、それぞ説明していきたい。

(1)大作ミュージカル映画路線

 『ウエストサイド物語』はもともとロミオ&ジュリエットを大本とし、そこにプエルトリコ移民問題というトレンドを混ぜ合わせて製作されたブロードウェイのミュージカルであった。1961年映画化され、アカデミー賞を10部門受賞、大ヒットした。

 これを機に完全に、ミュージカル映画の花形はスター映画ではなくストーリー性重視の大作ミュージカル映画へと移り変わることに。(もちろんショウボート(1951)など以前からストーリー性重視の作品はあった)この流れのなかで生まれた名作が『サウンドオブミュージック』(1965)、『メリーポピンズ』(1964)、『マイ・フェア・レディ』(1964)などであり、これらの作品の多くがブロードウェイのミュージカルを原作に製作された。

 この流れにある作品はストーリー性が高く社会派的要素もあり、なおかつ大作であるため今でも多くの人に愛されている。日本では特に『サウンド・オブ・ミュージック』が大人気だ。一方で失われたものもあり、特にタップダンスがぱたっと姿を消したことは大きな損失であったように感じられる。

(2)偉大なるボブ・フォッシー

 ブロードウェイミュージカル『シカゴ』の振り付けでも有名なボブ・フォッシーが、ミュージカル映画を最初に監督したのは1968年の『スウィート・チャリティー』である。

 この作品はもともとフェデリコ・フェリーニ(という戦後まもない頃に世界でもてはやされたイタリアの映画監督の)作品である『カリビアの夜』という映画をニール・サイモンが舞台化したものをさらにミュージカル映画化した作品だ。この作品以外でも『オール・ザット・ジャズ』(1980)でもフェデリコ・フェリーニの映画を原作としている。わざわざこんなことを書いたのはフェリーニの映画の奇怪さを彼は受け継いでいるように私は感じているからだ。

(フェリーニの作品、サテリコンのCM。これを見ればものの数秒でフェリーニの映画がどんなものであったのかわかる)

 ボブ・フォッシーの振り付けはとにかく奇抜で、メイクは不気味、彼の演出する映像は退廃的で妖しい。その特徴が一番よく出ているのは自身が蛇役で出演した『星の王子さま』(1974)のワンシーンだ。

 見事に蛇を表現していて素晴らしいといわざるを得ない。このシーンはのちにマイケルジャクソンに影響を与えたともいわれている。

 今回参照する映像はフォッシーがアカデミー監督賞を受賞した『キャバレー』(1972)の映像だ。この映画はナチスがどんどん浸食していくドイツを舞台とした映画であり、やはりどことなく不気味で暗い。歌を歌うのはジュディ・ガーランドの娘であるライザ・ミネリだ。親譲りの圧倒的歌唱力は聴きごたえがある。

 この鬼才をこの記事で避けられないのは、2000年以降の特に原作のないオリジナルミュージカル映画への影響が大きいと思うからである。例えば最近のものでも特に人気の高い『バーレスク』(2010)などを見てもらえばわかる(未見の方は見ない方がいい)が、他のどのタイプのミュージカル映画と比べてみても、特に『キャバレー』に似ていることがわかる。

(3)若者の70年代とジョン・トラボルタ

 1960年代~1970年代といえばベトナム戦争があって学生運動や公民権運動が盛んだったあの時代。アメリカではヒッピーやフリーセックス、ロックなどの若者文化が生まれた。

 ブロードウェイでもその空気感のなかでロックミュージカルというひとつの流れが生まれた。きっかけは『ヘアー』(1968)という反社会的で破廉恥なブロードウェイミュージカルの大ヒットであった。

 映画の世界で言えばジョン・トラボルタ主演の『サタデー・ナイト・フィーバー』(1978)がほぼ同時代のミュージカル映画として重要である。この映画はロックミュージカルではないが、当時のディスコサウンドがふんだんに使われ、当時の若者文化に多大な影響を与えた。上記のロックミュージカルとの共通点はあの時代の若者の熱烈な支持を集めた点だろう。

 この映画で大スターとなった主演ジョン・トラボルタは引き続き『グリース』(1978)というヒットミュージカル映画に出演することになる。この『グリース』こそロックミュージカル史上もっともヒットしたミュージカル『グリース』(1971)の映画化作品であり、またしても若者から絶大な支持を得た。

 正直、今見ても感性が古すぎる感が否めない。古臭い不良映画で古臭い踊りをする映画という評価をしたくなるが、一方で今でも熱烈なファンがいる。

 ちなみにジョン・トラボルタ主演映画以外では、ロックミュージカルである『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)や『ロッキーホラーショーー』(1975)という奇抜なホラーミュージカルなどもこの時期に公開されている。

(4)90年代ディズニー・ルネサンス

 SFとスピルバーグの時代であった80年代を経て、1990年代に入ってようやく全世代に愛される大ヒットミュージカル映画が生まれるのであるが、それを生み出したのはあのディズニーであった。この時期、『リトルマーメイド』(1989)、『美女と野獣』(1991)、『アラジン』(1992)、『ライオン・キング』(1994)、『ヘラクレス』(1997)などなどたくさんのメガヒットミュージカル映画が生みだされることになる。詳しくは下記リンクを見てもらえると良い。

 あまり動画を引用する必要性は感じないが、特に楽しい曲をアラジンから載せておいたので、もし見たことがない人がいたら是非見てほしい。おそらく、このディズニールネサンスが多くの人々に忘れ去られていたミュージカル映画の楽しさを思い出させたのである。

8.21世紀のミュージカル映画

(1)ブロードウェイ原作ミュージカル映画の再流行

 2001年に『シカゴ』がヒット。30数年ぶりにアカデミー作品賞をミュージカル映画が受賞することになった。このことによって、『ヘアスプレー』(2007)(厳密にはリメイク映画)、『RENT』(2005)、『ドリームガールズ』(2006)、『NINE』(2009)、『ジャージーボーイズ』(2014)、『ANNIE/アニー』(2014)など再びブロードウェイミュージカルが原作のミュージカル映画がたくさん作られるようになる。

 この映像は『ヘアスプレー』の中の一曲。歌っているのはザック・エフロンという現代のミュージカルスターの一人だ。閑話休題になってしまうが、彼はディズニーチャンネルで放送されたハイスクール・ミュージカルという番組で大ブレイクした俳優である。なんでこの話をわざわざするかというと、この作品からミュージカル映画が好きになった人は僕を含めて非常に多いはずだからだ。

 というわけで、話を戻し『ドリームガールズ』から"Dreamgirls"を紹介したい。この曲は聴いたことが多いだろう。名曲だ。

(2)イギリス製ミュージカル映画全盛期

 これまでミュージカル映画はほとんどハリウッドによって製作されていが、21世紀においてはむしろイギリス製ミュージカル映画の方が目立っている印象を持つ。このイギリス製ミュージカル映画の流れにも二通りある。

 まず一つ目の流れがブロードウェイあるいはウエストエンドのミュージカルを原作とした大作ミュージカル映画の流れである。『オペラ座の怪人』(2004)、『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(2007)、『マンマ・ミーア!』(2008)、『レ・ミゼラブル』(2012)、『キャッツ』(2019)など日本でも大変話題になった作品ばかりだ。ここで紹介するのは『レ・ミゼラブル』から”on my own”。こちらもレミゼと略されて日本でも大ヒット作品であるため聞いたことある人が多いだろう。

 そして二つ目の流れが『ボヘミアン・ラプソディ』(2018)、『ロケットマン』(2019)、『ジュディ 虹の彼方に』(2020)など、特定の実在の人物を取り上げた伝記ものミュージカル映画の流れである。こちらも『ボヘミアン・ラプソディ』は日本でも大ヒットしたりと好調の印象。ディズニーでもアニメでもない映画が興行収入100億円超えたのだからとんでもないヒットである。そして、この手の作品では役者のそっくり度とライブシーンの再現度が話題になることが多い。

(3)ディズニールネッサンス第2期と相次ぐ実写化

 2000年代に入って、3Dアニメ技術で出遅れていたディズニーは一時不振に陥る。が、ピクサーを取り込んだのを機に再び『塔の上のラプンチェル』(2010)、『アナと雪の女王』(2013)、『モアナと伝説の海』(2016)のような優れたミュージカル映画を作るようになった。

 このシーンはミュージカルアニメ史上もっとも美しいシーンだと思う。まだ未見の方は見ない方がいい。

 また一方でディズニーはかつての『アラジン』や『シンデレラ』、『美女と野獣』『ライオンキング』のような名作アニメを実写ミュージカル映画化をするようになった。現代のポリコレに配慮されており、下手すれば原作より子供たちに見せやすい作品になっている。詳しくは下記リンクを見てほしいが、日本ではこちらも特大ヒットを連発している。

 では、実写版の『アラジン』のフレンドライクミーを見てもらおう。

 現代の技術と現代ディズニーの圧倒的な資金力によって製作された映像は圧巻だ。

(4)その他

 21世紀はかなり多くのミュージカル映画が作られヒットした。上では挙げられなかったが『ララランド』(2016)や『ムーランルージュ』(2001)、そしてモーニング娘。の新メンバーも好きな映画に挙げている『グレイテストショーマン』(2017)のような優れたオリジナルストーリーのミュージカル映画も生まれた。(グレイテストショーマンは厳密に言うと伝記映画だが)

 『グレイテストショーマン』のテーマソングであるこの曲。こんなかっこいい始まり方許されるのだろうか?ずるくはないか?ヒュージャックマンにザック・エフロンと素晴らしい現代のミュージカルスターが出演しているのもズルい。何度映画館で見ればよかったと後悔したことか。

9.おすすめ映画ランキング

 やはりここまで書いておすすめの映画を紹介しないのも不誠実な気がするのでランキング形式で掲載した。一応順位はあるが僕的には全部一位である。

3位『ロシュフォールの恋人たち』

 ハイセンスな音楽と衣装。美男美女。華麗なダンス。フランスミュージカルのお洒落なところを凝縮した作品。

2位『ヘアスプレー』

 ストーリーが一番面白いのはこれ。明るい性格でダンスが大好きだがぽっちゃり体型の主人公が憧れのダンサーに恋をしてしまう。黒人差別問題を扱っててなかなか深い。曲も楽しい。アマゾンプライムで見れる。

1位『雨に唄えば』

 ここまで読んでる方ならほとんど説明不要かもしれないが、優れたミュージカルシーンの数々と笑って泣けるストーリー。ミュージカル映画史上最高傑作といっていい。アマゾンプライムで見れる。

10.最後に

 ここまで本当に数多くのミュージカル映画を紹介してきた。紹介できなかったものも山ほどあるし、僕が知らない素晴らしいミュージカル映画もそれこそ山のようにあるだろう。もし、この記事で紹介されなかったミュージカル映画でこれぞというものがあれば是非とも教えてほしい。早速TSUTAYAに行って借りたいと思う。

 実を言うと、この記事を書いたのはミュージカル映画入門と銘打つ記事で痒いところに手が届くようなものが見当たらなかったというのがある。ひどいものだと、おすすめミュージカル映画として『雨に唄えば』と『シェルブールの雨傘』と『グリース』と『バーレスク』と『レ・ミゼラブル』が特別な説明なしに同列に並べられていたり、ミュージカル史の話なのにボブ・フォッシーの名前が出てこなかったりするのだ。それではなかなかミュージカル映画というジャンルを一望できないではないかということで、このほとんどの図書館が閉鎖されている異常事態の中、一から調べることになった。

 この記事を書くに当たって『ミュージカルへの招待』という宮本啓さんの書籍と『キネマ旬報』の『ザッツ・エンターテインメント』特集記事など各種ミュージカル映画特集記事、「ミュージカルが"最高"であった頃」という『新劇』という雑誌の連載記事、他にもIMDbという映画情報サイト、各種ミュージカル映画のDVDの特典も参照させてもらった。そして特に参考になったのが『ザッツ・エンターテインメント』というドキュメンタリー映画である。厳密には数多くのミュージカル映画を製作した今は亡きMGMの社史をテーマに作られたドキュメンタリー映画なのだが、数多くのミュージカルシーンをまとめて見れるオムニバスとしても見れる逸品だ。MGMという特定の会社によってできたものであり、かなりの偏りがあるが、この記事ももしかしたらその偏りを受け継いでしまっているかもしれない。そうであれば申し訳ないと思う。そしてこのドキュメンタリー映画、ある程度ミュージカル映画が好きになったら是非見ると良い。きっと近所のTSUTAYAにもある。

 そういえば、ミュージカルシーンの分類で一つもったいぶって言っていなかったのがあった。答えはこれを見ればわかるだろう

 このシーンは『RENT』のオープニングで流れる”Season of love”の場面。この曲自体ストーリーに関係するわけでもないし、カットは普通に可能なシーンである。しかし映画を見たことがある人なら絶対に意味のあるシーンなのがわかるだろう。それはなぜか。それはこのシーンはテーマを表現しているからだ。

 すなわち、最後のタイプは映画のテーマを表現しているミュージカルシーンである。なぜこれをもったいぶって最後に持って来たのか。その答えの一つ目は、『RENT』の話をしたかったからというのがある。というのもそもそもジュディ・ガーランドの話からこの記事は始まったのだ。だから最後にエイズに貧困そして家賃に苦しんだ人々の愛を描いた『RENT』の話を書かないとバランスが悪いし、もはやミュージカル映画が欧米の白人のストレートのためだけじゃなくなったということも伝えなくてはいけないからである。

 この予告を見ればわかるように今じゃ、東洋人もこんな素晴らしいタップダンスを見せてくれる時代になったのだから。

 そして二つ目の答えは、優れたミュージカル映画のフィナーレはテーマソングで終わるからというものである。この記事もなんとか最高のテーマソングで締めたかったのだ。では、話を戻そう。

 最後のタイプに当てはまるシーンで最後に紹介するのは『ショウほど素敵な商売はない』(1954)の映画の主題歌をみんなで歌うフィナーレのシーンだ。どれくらいの人が覚えているかわからないが、この曲は冒頭でも紹介した『アニーよ銃をとれ』の劇中歌の一つであり、この映画はこの曲を主題歌に作られたまったく別の映画である。この最後のシーンはとてつもない豪華だ。『雨に唄えば』のドナルド・オコーナーに何よりもマリリンモンロー。巨大な舞台仕掛けに見どころたくさんである。是非最後に見ていただいたい。

【補足】
 関連記事になります。是非読んでみてください。

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