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chapter2. なくしものを、さがす

ない、ない、ない。

あたしの1日はいつもそれではじまる。

家の鍵、定期、スマホ、ハンカチ、めがね、

失くしたものは数知れない、もちろん、すぐに見つからない。

昨日どこへ置いたっけ。ああ、定位置を決めて、ひとつずつ書いて貼ったメモがむなしくはためく。
なんのための努力。

あたしの部屋はきたない。そう、あの子よりは。
あの子と住んでいた頃は、いつもあの子があたしの定位置を覚えておいてくれた。今はそんなわけにいかないけど。

思い当たる場所を探してみる。
机の下、机の上、ベッド、ベッドのサイドボード、描きかけの絵のそば、あ、絵の具入れ片付けてない、でもあの色がまた出せなかったらどうしようと思うと片付けられない。

油絵の具はしばらく乾かない。3日くらいは平気で乾かないし、1週間くらいでやっと固まり始める。

ずぼらなあたしには油絵の具の呑気さが似合う。あたしの優柔不断さも許してくれる。この気ままさが気に入って、あたしはそれ以来油絵の具で絵を描き続けている。

けれど、さすがに油絵の具にも愛想をつかされたことがあって、パレットの上でカッピカピになったさまざまな色彩の上に、慌ててテレピンをぶっかけたことがあったっけ。そのせいで実家のあたしの部屋は一気に油絵の具臭くなって今も臭いが消えない。

実家、そういえばあの子はどうしているだろうか。しっかりしているけれどたまにおそろしくぬけているからなあ。あたしに似ているところがある不思議。血のつながりはないのに。

家族ってなんだろう、ほんとうに不思議。あたしとあの子は双子で、たったふたりの姉妹。はじめは幻想だったはずなのに、今ではそれ以外のなにものでもない。

お父さんも、お母さんが生きていた頃は夫婦だったのだきっと。でもそれよりもっと前は恋人、それよりもっと前はただの知り合い、それより前は、みずしらずの他人。

それでも、お父さんとお母さんは出会い、家族になり、あたしが生まれ、そしてお母さんは死んだ。

そしてお父さんはママと、つまり今のあたしのお母さんと結婚した。そうしてお父さんとママが家族になった。あたしとあの子も。

あれ、何をしていたんだっけ。
油絵の具?そうだはやく描いてしまわなければ。絵の具がカッピカピになったらまたテレピンをかけるはめになってしまう。

わ、筆がガチガチになってる。ほぐすのも面倒だし、新しいの買おうかなあ。あたしってどうしてこうどうしようもないお金の使い方をしてしまうんだろう。手入れしてあれば今すぐに使えたのに。帰りに世界堂へ寄ろう。早く上がれるといいなあ。いつも道に迷ってしまうから。

帰り?帰りってなんの?
あ、


バイトだ。そうだバイトに行こうとして靴を履こうとしたんだ。そしたらハンカチがないのに気づいて取りに戻って、……。

ああもうハンカチはいいや。最悪自然乾燥で。蒸発させて。

そういえば雲って水蒸気で出来ているけど、あれってあたしがハンカチを忘れたときに自然乾燥させた水分も含まれているのかなあ。
世界って循環している。めぐりめぐってみんなつながっているんだ。そう思うとなんにもさびしくない。あたしはあたしでしっかりやるんだ。

あたしはどう生きていきたいのか。どうやって想いをかたちにするのか。あたしにしか出来ないことなんてあるのか。絵を描くことに、なんの意味があるのか。

…………。


…………。






……………………バイト!!!!!





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