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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 15 度重なる故障の謎 解2

-カリン-

 黒板の所まで歩いて来たプリムラは、先ほど机を叩いたのと同じように、こつこつと黒板を叩いた。
「これで、誰が、何故という問題は解かれた。あとはどうやって、という問題が幾つか残っている。もちろん本人に聞けば分かるわけだが、私はカリンの話が聞きたい……どうかな? お前は、どこまで分かっておるのだ」
「一応起こったことすべてに筋が通る仮説は持っております」
「ふむ。よろしい。では、答え合わせといこうではないか」
 プリムラは口元に不敵な笑みを浮かべると、イイギリの隣の席に腰を下ろした。まるでプリムラの講義に出席しているようだ、とカリンは思った。この雰囲気の中で話をさせられるのは、率直に言って良い気持ちはしない。
 イイギリは先ほどから放心している。話し始める前にトレニアの方を見ると、項垂れた状態で椅子に腰かけていた。もう、暴れることはないだろうと思い、カリンは小さく呼吸を整えて口を開いた。
「まず、四度目の故障の仕組みが特定できて、それが時限装置であったことが分かると、色々なことが見えて参りました」
 フエゴの外の人間だからこそ、自分たちが毎回そこへ行った際に故障が起きては真っ先に疑われる。だから自分たちが「帰った」後に故障を起こす必要があった。つまり、あと三回も、何らかの時限装置が仕掛けられたに違いない。あるいは、何度かは、一度アグィーラへ戻ってから再びこっそりとフエゴへ戻って来たかである。
 一度目はまだ誰の疑いの目もなかったから楽だっただろう。カリンは、一度目はトレニアがフエゴを発つ日の朝にでも発電板に泥を撒いたのではないかと考えていた。過加熱は、それほど早く起こるものでもない。
 二度目の配線の切断は引きちぎられたようだったというから、例えば配線に紐を引っかけておき、ろくろのように回る仕掛けで紐を巻き取らせていくと、そのうち負荷が限界を超えて配線は引きちぎられる。配線が切れればひっかけてあった紐はそのまま巻き取り機械に回収される、という仕組みが考えられる。紐を巻き取る速さを調整すれば時間を稼げるだろう。場所が決まっている発電板や変換器と違い、配線はあらゆる場所に敷かれているので、仕掛けやすい場所を選ぶこともできそうだ。
 三度目は多少難しい。発電板を破損させたのは大きな石だったというから、そのようなものを発電板のすぐ上に仕掛けていたら目立つかもしれない。アグィーラへ来てから念のためクコに相談したところ、一番可能性が高いのは、ゴム弓のようなものに石を仕掛けておき、時間差で支えが外れると飛び出すような仕組みを作ることだそうだ。しかし紐を巻き取る仕組みと違い、発電板からそれほど遠くには仕掛けられないので、仕掛けを回収する前に、故障に気がついて駆けつけたアヒの土木師たちによって発見される危険性もある。もしかしたら三度目はフエゴに戻ってきて自ら石を落としたのかもしれない。
 四度目に関しては、三度目の故障の修理でフエゴに滞在した際、最後に変換器の見回りをしたのがトレニアともう一名の官吏であることが確認できた。その時点でトレニアの犯行である可能性がかなり高くなった。もう一名の目を盗んで、最後に仕掛けを仕組んだのだろう。
「わたくしは、今回アグィーラへ来てから、まず町に出てみました。工房地区と商業地区をそれぞれ訪れたのですが、太陽光発電が上手くいっていないという噂は、主に工房地区の方で広まっていました。珪石の動向に興味のあるであろうガラス工房でなくとも、噂を知っていました。一方の商業地区では、ほとんど噂は広まっていませんでした。一般的に考えると、どちらかといえば職人よりも商人たちの方が噂には耳聡いと思うのですが、今回に限ってはそうではなかったようです。このことから、噂の出どころは工房地区であるという推論ができます」
 様々な状況証拠がトレニアの犯行であることを示していた。
「うむ。見事だ。……トレニア、何か反論は?」
「……三度目は、仕掛けを使ったのではありません。そのような仕掛けは思い浮かびませんでした。度重なる故障で連日勤務をしていたので、その日はお休みをいただくことができました。ですから、家族には気分転換に出かけると言って、馬を駆ってフエゴまで往復しました」
「工房地区に噂を流したのもお前か? 建築局の恥をよくもぬけぬけと。お前には仕事に対する誇りというものが無いのか?」
「失敗を隠すことが誇りでしょうか」
「発表すべき失敗は隠さず正式に発表する。お前のやったことは……ああ、なるほど。お前は、自分の自慢がしたかったのだな」
「な……」
「自分が仕掛けたことで建築局の実験が上手くいっていない。お前にとっては成功だ。しかも、身内を助けるためという大義まである。何と歪んだ虚栄心。もうお前の話は十分だ」
 プリムラが再び立ち上がり、入口の扉を開くと、外で控えていたらしき戦士三名が入ってきてトレニアを捕らえ、一礼してすぐに出て行った。トレニアは抵抗しなかった。

「カリンよ。礼を言おう。ツツジ殿に苦い顔をされた甲斐があったというものだ」
「はい……あの、ツツジ様……ですか?」
「そうだ。お前はこの建築局の官吏ではなく、医局と文化局の官吏だろう。王の命令ならばともかく、他の局で使うならば所属の局長の許可が必要だ。お前は二つの局に跨っている故ツツジ殿とランタナ殿の二人に頭を下げねばならなかった。ランタナ殿は調子が良いから上っ面は好きに使っていいような雰囲気だったが、ツツジ殿には苦い顔をされた。……まあ、ツツジ殿はいつも不機嫌そうな顔をしているが……」
 ツツジが何と言って最終的にカリンが建築局の件に関わることを許可したのか興味があったが、それ以上聞くわけにもいかなかった。プリムラは次にレンに声をかけた。
「レン殿。この時間からで申し訳ないが、アヒの族長への伝言をお願いしたい。度重なる故障の根本的な原因が分かったので明後日にアグィーラから使節が来ると伝えてほしい。今日の時点では詳しいことはまだ語らないでいただきたい」
「かしこまりました」
 時刻は間もなく十七時になろうとしていた。すぐに飛んでも、フエゴへ到着するのは十九時を過ぎた頃だろう。アキレアの館を訪れるのには少し不適切な時間かも知れない。しかし、先方の準備もあるだろうから、アグィーラの使節が来ることを伝えるのは少しでも早い方が良い。
「他の面々はこのまま残ってくれ。明後日、どこまでをどのようにフエゴ側へ伝えるかを決めておきたい。決定したことは明日、王に報告してから使節を立てる」
「私の戻りは夜遅くなります。アキレア様から特別な指示が無い限り、こちらへは戻らなくてもよろしいでしょうか?」
 レンがプリムラに尋ねる。
「ああ、構わぬ。何かあっても明日の朝、カリンから聞けば十分だ」
「承知しました。それでは私はこれからすぐにフエゴへ向かいます。……カリン。僕は戻ったら直接ヨシュアさんの家へ行くよ」
「うん。そうして。多分、私の方が早く戻っていると思うけれど」
 気をつけてね、と言って、カリンはレンを見送った。
 レンの出ていった扉が閉まると、プリムラは残って居た面々をひとりひとりじっくり観察するように視線を動かした。そして、最後に黒板へと目を遣り、しばらくそれを見詰めた。
「起きたことは、ある程度素直に話さねばならぬだろうな。まず、今回のことは、アグィーラの建築局の内輪揉めであったこと。玻璃師云々は要らぬ。太陽光発電の発明を羨み、妬んだ同僚の官吏による妨害であったと伝える方が通りが良さそうだ」
 アグィーラの玻璃師の話を出すと、アグィーラ側が玻璃師への影響を把握していることがフエゴに伝わってしまう。その上で対策を打たないと思われたら不都合だからだろう。
 このことをきっかけにフエゴの玻璃師に対しても何かできないだろうかと考えていたカリンは残念に思ったが、今時点で口出しすることは控えた。
 三人にこの場に残れと言った割には、プリムラの中ですでに道筋はできていたらしく、それは相談というよりは決定事項を伝えるというような場になった。
 四度の故障を起こした仕組みは全て細かくフエゴ側へ伝えること。できれば今回、実際に仕掛けをしたと思われる痕跡あるいは、仕掛けることが可能な箇所を特定し、今後の対策に生かすこと、などが伝えられ、あっという間に「打合せ」は終わった。
「何か気になる点はあるか?」
 最後にそう尋ねたプリムラに、カリンは思い切って珪石の件を尋ねた。
「今回は確かに、アグィーラの官吏としての妬みが大きかったかもしれませんが、アヒの玻璃師たちはアグィーラの玻璃師たちよりも人数が多いので、もしかしたらこの先、アヒの玻璃師たちを中心に似たようなことが起こるかもしれません。その前に何か対策を打っておいた方が良いのではないでしょうか」
「ふむ。厄介の芽を事前に摘んでおくことは確かに必要だが、手間にもよるな。……何ができるか分からんが、その辺りは交易室に任せた方が良いだろう。シェフレラにひと言伝えておく」
「ありがとうございます」
「ああ、それからな。使節とは言ったが、フエゴへはクコとカリンの二名で行ってもらうことになる可能性が高い」
「それは……フエゴに対してはアグィーラの官吏の内輪揉めが原因だと言っておきたいが、アグィーラの中ではあまりそのことを広めたくないということでしょうか」
 プリムラはくつくつと楽しそうに笑った。
「……噂に聞くとおり率直だな。しかも頭が切れるのが厄介でもある。まあ、そのとおりだ。だからお前も、必要以上にこの話を広めないでほしい」
 そうはいっても噂は広がるだろうし、アグィーラの城の中では妬みや恨み、権力争いなどは日常茶飯事だ。ただ、トレニアにとっては、同僚への妬みが理由だと取られるよりは、玻璃師の姉への気遣い故だと取ってもらえた方が、有難いかもしれない。
 そんなことを考えながら、プリムラとイイギリが部屋を出て行った後、カリンは残ったクコに声をかけた。クコのことが気がかりだった。
「クコさん、大丈夫ですか?」
「うん、まあ、な」
「お疲れのことと思います」
「うん。疲れた」
「今日は、もう家に帰って休まれた方がよいのでは?」
「そうだなあ……そうするかな」
「お城の入口まで、一緒に行きましょう」
 声をかけたものの、大したことは言えなかった。クコのせいではないと言ったとしても、あまり効果は無いだろう。
 家に帰れば、ノギクが居る。自分が言葉を尽くすよりも、ノギクと話をしていた方が気が晴れるに違いない。
 城の入口まで二人とも無言で並んで歩き、城の外に出たところでクコがあっと声を上げた。
「どうされました?」
「いや……。この時間はまだ完全には日が暮れてないのだなと思って」
 クコのいうとおり、陽は落ちて見えなくなってはいたが、まだ空の際がうっすらと明るかった。
「久しぶりの早いご帰宅、ノギクさん、喜ばれるのではないでしょうか」
「さあ、どうかな」
 そう言いつつも、クコの声に少しだけ明るい調子が戻った。
「ノギクさんによろしくお伝えください」
「ああ。……カリン、ありがとう」
「いえ。どうか、ごゆっくりお休みくださいませ」
「お前もな。……レン殿には気の毒なことしたな」
「任務ですから」
「そうか」
「はい」
 それぞれに、それぞれの任務がある。
 しかしその任務を果たそうとすることの先にも、誰かとの争いが生まれる可能性があるのだ。そう考えると、カリンはやりきれない気持ちになった。
 そういえば、自分も小さい頃はもっとそうであった気がする。
 母親を精神的に追い詰めたのも、カリンが遊びの延長で薬草の研究を始めたことが発端だ。
 カリンが平均年齢よりも若くして医局の官吏になったことを悪く言う人は後を絶たなかった。
 カリン自身はただ、誰かの怪我や病を治すことができる、あるいは楽にすることができる薬を作りたかっただけなのに。
 いつの間にか、空はすっかり真っ暗になっている。
 早くヨシュアに会いたい。
 クコと別れたカリンは、ヨシュアの家への道のりを早足で歩いた。



 
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