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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 19

-カリン-

 フエゴへ向かうクコは、一見もう先日のことを引きずっていないように見えた。
 カリンが敢えて尋ねたこともあり、道中の話題はプリムラのことに終始した。プリムラとの議論について話すクコは楽しそうですらあった。
 しかし、いつもならば常に現在の研究の先を考えているクコが、太陽光発電の今後について、あるいは、この研究が実用部隊に渡された後の自身の研究についてまったく触れないこと自体、クコがまだ先日のことを気にしていることを示しているようにも感じられた。
 フエゴは火山に囲まれた地方だ。その山々の切れ目であるフエゴの入口からアヒの村まではほぼ直線に真っ直ぐ進めば良い。魔物が多かった時期にはフエゴの入口にも戦士が常駐していたようだが、今はそれもなく、途中にある見張り台から入口付近を見張っているのみであるようだった。
 マカニのように外部からの訪問者を逐一連絡するような体制にはなっておらず、出入りは比較的自由だった。もっとも、マカニ族は空を飛んで報告に行くことができるが、マカニよりも往来の多いアヒで、飛ぶことのできない戦士たちが毎回報告を入れていたら、見張りの人数が幾ら居ても足りないだろう。
 しかし時間を告げてあったからか、アヒの村の入口までネリネが迎えに来てくれていた。
「おはよう。早くからおつかれさま。クコ殿も、おつかれさまでした」
「いや、ネリネ殿こそ毎回出迎えてもらって申し訳ない」
「大したことありません。原因が分かって良かったですね。族長がお待ちかねですよ」
 心得ているネリネは道中で先に話を聞くようなことはせず、その後太陽光発電による電力は順調に供給されており、アヒの土木師の間でも地熱発電寄りだった者たちが、論調を変えつつあることを教えてくれた。

 和やかな雰囲気が崩れたのはアキレアの館の門をくぐった辺りだった。館の入口を、物々しく戦士たちが塞いでいる。
「何があったの?」
 ネリネが知り合いらしき戦士に声をかけた。
「犯人が捕まったんだ」
「犯人? 犯人って、何の?」
「決まっているだろう。太陽光発電導入の邪魔をしようとしていた犯人だよ」
 カリンたちは驚いて、三人で顔を見合わせた。
「カリンたちは今それを説明するために来たのよ」
「ああ、聞いている。だからお前たちは中へ入っていいよ。だがそちらの官吏殿方は、申し訳ないが無駄足だったかも知れませんな。説明する前に現行犯で捕まったのだから。あとは本人たちに話を聞けばいい」
 そう言って扉を開けてくれた戦士に礼を言って館の中へ入ると、その場は更に騒然としていた。
 ネリネを先頭に、戦士たちと館で働いているのであろう人々の間を縫ってアキレアの執務室へと向かう。向かう先がいつもの応接室ではないことが、異常事態であることを物語っていた。
 館の入口同様戦士が立っていたが、アキレアの部屋の扉は開いていた。扉の両脇の戦士たちは、ネリネの姿を見ると黙って会釈をする。ネリネも頷き返し、躊躇せずにアキレアの部屋へと足を踏み入れた。カリンとクコはネリネの後について部屋へ入った。
 カリンたちの登場によって、一瞬部屋の喧騒が止んだ。室内に居た人々の視線が三人へ集まる。
 室内に居たのは、アキレアとツバキ、数名の戦士と、それから十名ほどの、明らかに子供と言える年齢の村人だった。
「おお、カリン殿、クコ殿、よくおいでくださった。しかし、申し訳ない。見てのとおり、つい今しがた犯人が捕まってな、一足違いというところだろうか」
「あの、もしかして、犯人というのはそちらの子供たちでしょうか」
 挨拶も早々にカリンが尋ねると、アキレアは情けない表情で頷いた。
「そうなのだ。今朝がた、発電板へ大きな石を落とそうとするのを、見張りの戦士が見つけてな。まさか子供の悪戯だったとは」
「族長様、混乱させてしまって大変申し訳ないのですが、おそらくその子供たちはこれが初めての犯行だと思います」
「何?」
 アキレアは戦士の間でひとまとまりになっている子供たちに目を向けた。それからゆっくりとそちらへ近づく。
「お前たち、いい加減だんまりは止めて、正直に話せば怒らないから本当のことを話してくれ。今日の悪戯は間違いなくお前たちの仕業だな?」
 子供たちはしばらくお互いの顔色をうかがうように視線を交わしていたが、やがてひとりの男の子が前へ出た。アキレアの顔をキッと見据え、真一文字に結んでいた口を開く。
「悪戯なんかじゃない! でも、そうだよ。父さんたちが困っていたから、俺たちがやったんだ」
「それ以前の四回はお前たちではないと?」
「知らない。俺じゃないのは確かだ……お前たち、誰かやったか?」
 子供たちは皆首を横に振る。
「……誰もやってないって。でも、誰がやったとしてもいいんだ。誰か他にも反対している人が居るってだけだろう? その人に任せて自分たちで何もしないのが嫌だったから今日のことを計画したんだよ」
「お前……ニガナの所の子だったか?」
「そうだよ」
「名は?」
「ツクシ」
「おお、確かそうだったな。ツクシ。大きくなったなあ」
「まだとおだよ」
「いや、大きくなった。わっはっは。しかも、随分と生意気を言いおる」
 アキレアは満面の笑みを浮かべて土筆の頭を撫でまわした。
「なんだよ調子狂うなあ。父さんが族長に話したって言ってたけど、ちっとも変わらないから俺たちが動いたのに。族長のサイハイを待つしかないって言ってたけどサイハイって何? そんなに時間がかかることなの?」
「そう。私の采配には時間がかかるのだ、すまないなあ。でもな、何度発電板を壊したって無駄だ。太陽光発電の導入を止めることはできない」
「どうして?」
「物を壊すことは悪いことだ」
「……うん……それは分かってる」
「太陽光発電は、欠点もあるが、利点もある。それをな、悪いことのせいで止めるわけにはいかぬのだよ。そんなことをしたら、悪いものが勝って正しいものが負けることを認めることになる。それを続けていたら、誰も正しいことをしなくなると思わぬか?」
「それは……」
「人間には欠点と良い点が必ず両方ある。欠点があるからと言ってその人間をあやめてしまっても良いと思うか?」
「良く……ない……ごめんなさい」
「わっはっは。分かれば良いのだ。私など欠点だらけだからな、その理屈が通ればあっという間に消されてしまう」
「でも、じゃあどうすればいいの?」
「欠点を、少しずつだが補うしかないな」
「どうやって?」
「ん? どちらの話をしておる? まあ私の話ではなく太陽光発電の話だとするとな、話し合いだ。色々な人の意見を聞いて、一番みんなが納得できそうな点をな、見つけるのだ。だから時間がかかる。ひとりだけの話を聞けば良いというものではない」
「そっか……でも、その間にどうにもならなくなったらどうするのさ」
「そこはいったん小手先の方法で救う。なるべく、な」
「父さんを助けてくれるの?」
「そのつもりだ。だが、ひとりだけ優遇するわけにもいかぬ。困っている人は他にもおるのだよ」
「それじゃあ……」
「お前たちは少し早まっただけだ。今日、ここに来られたアグィーラの官吏殿たちの話を聞いたら、私は何らか動こうと思っておった」
「そうなんだ。それは本当に……」
 ツクシがごめんなさいと頭を下げると、後ろに控えていた子供たちも次々と頭を下げた。
「まあ良いさ。お前たちが動いたおかげで良いこともあった」
「え?」
「こうしてお前たちの気持ちを聞くことができた。私は常々散歩をしながら村人の話を聞くが、子供には挨拶するだけであまり話を聞こうとしないからなあ。今日のことがなければずっと知ることは無かった。これからは時々子供たちの話も聞かねばならぬなあ」
 その時、数名の大人たちが戦士に連れられて部屋に入って来た。子供たちの親なのだろう。口々に謝罪の言葉を述べる村人たちに、アキレアは豪快な笑いで応えた。大人たちは状況が分からず呆気に取られている。
「ニガナ。良い息子を持ったな。話はツクシから聞くと良い。私はこれからアグィーラの官吏殿と大事な話があるから、今日のところは引き揚げてくれぬか」
「はい、しかし……あの、お咎めは……」
「無い無い。そんなものは無い。その代わり、もう少しだけ辛抱してくれ。悪いようにはせぬつもりだ」
「はい、それはもう……」
 大人たちはそれぞれ自分の子を連れ、何度も頭を下げながら部屋を出て行った。それを見送ると、アキレアはおもむろにカリン方を振り返り、再び豪快な笑い声をあげた。
「子どもは良いなあ。そうは思わぬか、カリン殿」
「はい。でも、わたくしはむしろ、自分の子供の頃にアキレア様と出逢いたかったと感じました」
 カリンが本心からそう答えると、アキレアは急に照れくさそうな表情になった。
「カリン殿にそのように言ってもらえるとは光栄だな。しかし、恥ずかしくもあるのだよ。未遂で終わったから良かったが、私の采配が遅いせいで、あんなに小さな子供たちに罪を犯させるところだった。パキラなら、もっと早く何等か動くのだろうなあ。いや、パキラだけではない。他の二人もきっと私よりずっと早く動くだろう」
「そこは、色々なやり方がありますし、地方の特性もあります」
「うんうん。まあそれはそうなのだが……さて、お騒がせして申し訳なかったが、応接室に移って話を聞かせていただこうか」
 アキレアはそう言うと、自ら先頭に立って歩き始めた。途中、部屋の外に居た使用人に応接室へお茶を運ぶように言い、その他の使用人や戦士たちに声をかけながら進む。ちょっとした騒ぎがあったばかりだというのに、使用人たちはアキレアに明るく挨拶を返し、戦士たちも穏やかな表情で、畏まりすぎない敬礼をする。この雰囲気を作っているのは、明らかにアキレアだ。
 前を歩くアキレアの背中が、いつもよりずっと頼もしく思えた。


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