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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 10

-レン-

 カリンがマカニを発って三日後、族長はホオズキをアヒへ遣わした。表向きはアキレアに書簡を届けるためであり、主な目的はカリンから様子を聞くことである。
 同じ日の夕方、レンはシヴァと一緒に族長の部屋で、戻ってきたホオズキの報告を聞いた。
 とはいえ、カリンは族長宛に前もって書簡をしたためてあったようで、詳しい話はそこに書かれてあったという。
「とりあえず元気そうだったよ。話に大きな進展はないみたいだが……。アヒの戦士が協力してくれているようで、危険も無さそうだった」
 それでもホオズキから見たこの生の感覚こそが、敢えてマカニから人を遣わした意味だろうと思う。
 書簡の内容は族長が話してくれた。
 これまでのところは、今まで聞いた話の事実確認ができただけであること。発電関連機器の故障の原因はアグィーラに戻って詳細な検査をしてみないと分からないということ。このままアヒに滞在するよりも故障の原因側から起こったことを推測する方が効率が良さそうだから、この後カリンは建築局の官吏たちと共にアグィーラへ戻り、そのまましばらく滞在すること。
 アヒの戦士たちにはその後も見張りを続けてもらうことになったとのことだ。
「カリンがアグィーラへ戻るのと合わせて、レンをアグィーラへ遣りましょうか」
 話を聞き終えるとシヴァが提案し、族長が頷く。
「それが良いだろう。どことなく不穏なものを感じる。飛行距離は長くなるが、フエゴを出た辺りで合流できるよう、途中まで迎えに出た方が良いかもしれぬな」
 レンは自分から行きたいとは言い出しにくかったので、二つ返事で有難くこれを受けた。
「そうさせてください。もしアヒに反対派が居るのであれば、アヒの戦士たちの目の届かない所へ出た後、アグィーラへ戻る前の方が危険だと思いますので」
「お前も十分気をつけるようにな。場合によっては他に一名連れてゆけ」
「はい」

 アグィーラ上空付近を通過する際、アグィーラにもうっすらと雪が積もっているのが目に入った。さすがに二月ともなると、アグィーラもそれなりに寒い。しかしそこからまたしばらく飛ぶと、だんだんと雪の積もっている面積が小さくなってゆき、ついには消えた。やはりフエゴには雪は降っていないらしい。
 マカニから着て来た防寒着が少し邪魔に感じられるようになった頃、遠くに馬に乗った一団が目に入った。
 レンは一緒に来てくれた戦士と目くばせをして頷き合う。
 少しずつ高度を下げると、カリンらしき人影が手を振っているのが分かった。隣で同じように手を振っているのはおそらくクコだろう。
 レンたちが近くまで降りて行くと、クコの号令で一団は一度停止した。
 それを見て、レンたちはその少し手前に一度着陸する。
 カリンがガイアから降りて駆け寄ってきた。
「迎えに来てくれたの? ありがとう」
「うん。族長とシヴァさんが、行った方がいいだろうって」
 クコは馬に騎乗したまま近づいて来て、レンに挨拶した後、他の官吏たちの方を振り返った。
「有難いことに、マカニ族の戦士がアグィーラまで同行してくれることになった。素直にご厚意に甘え、感謝しよう」
 改めて空から周囲を観察したが、フエゴの方角から近づいてくる影は他に見当たらなかった。今の所、魔物の姿も見当たらない。
 マカニ族の利点は、こうして空から前もって周囲の様子を広く探れるところに在る。危険を察知すれば、先手を打つことも、守るべき対象を先に逃がすこともできる。
 無事アグィーラの表門が見えてきたところで、もう一名の戦士はマカニへ帰した。
 既に夕刻近かったが、クコたちはこのまま建築局へ戻り、今回の故障の原因を分析するという。城の内側の門まで一緒に歩き、明日、どこまで進んだかを話してもらう約束をして別れた。
「これからどうするの?」
 城までクコたちと一緒に来たということは、城に用があるのだろうと思い、カリンに尋ねると、交易室へ行くとの答えだ。
「交易室?」
「そう。アヒで、珪石の価格の上昇と流通が追い付いていないという話を聞いたから、その辺りを交易室に確かめておこうと思って。あ、その前に執事室へ寄って、明日のレフアたちとの面会を申し入れておこう。プリムラ様が私の同行を許可したということは、きっとレフアたちにも話は行っていて、気にしていると思うから」
 どちらもそれほど時間がかからないとカリンが言うのと、どちらでも役に立てそうにはなかったので、レンは邪魔をしないように中庭で待つことにした。
 図書室で本でも借りようかと思っていたところ、声をかけられる。城では、レンの存在は知っていても、声をかけてくる者は少ない。振り返ると、声の主は先日会ったばかりのノギクだった。
「こんにちは。レン殿もいらしていたのですね。カリンをお迎えに?」
 クコの妻だから、今回のフエゴ行きにカリンが同行していることも知っているのだろう。レンは頷いた。
「普段はわざわざ迎えには来ないのですが、今回は不思議な現象が起きていると聞いて、少し気になっていましたので」
「そう。私も少し心配しているのですよ。でも、レン殿がこちらにいらっしゃるということは、クコたちも無事戻ったのですね」
「はい。この時間ですが、これから今回の故障の原因を調べるとのことでした」
「ああ。それじゃあ今日の帰りは遅いわね」
 ノギクは何故か楽しそうに笑った。
「ノギクさんはそろそろお仕事終わりでしょうか?」
「ええ。夕食の仕込が終わったところです。私のお役目はここまで。これから家へ戻って、自分たちの夕食の支度をしなければ」
「おつかれさまです」
 ノギクは、自分たちもいつかマカニへ行ってみたいと言い、朗らかな笑顔を残して去って行った。

「なるほど、四度も故障か。それは胡散臭いな」
 夕食の席でヨシュアが眉を顰めた。
 カリンはフエゴへ発つ前の晩もヨシュアの家へ泊ったはずだが、フエゴへ行くということだけ伝えて、詳細は話していなかったらしい。ヨシュアにとってはレンの滞在は突然であったにもかかわらず、いつもながら迷惑そうな表情は微塵も見せずに迎え入れてくれたことを有難く思う。
「ヨシュアさんもそう思う?」
「二度か三度目くらいまでは、まあ新しい技術だからそんなこともあるかなと思えなくもないけど、この短期間に四度。しかもご丁寧に故障箇所が違うんだろう?」
「正確には、発電板は二回。でも、故障の原因は異なる」
「まさか、太陽光発電にはこんな弱点があるんですよ、って指摘しているのかな」
 レンの言葉に、カリンは少し考えを纏めるように時間を置いてから反応した。
「やり方自体は最初の三回は難しくないのよね。発電板に泥を撒いたり、大きな石をぶつけたり、配線の切断も、鋭い刃物で切断されたというよりは力づくで引きちぎったみたいだったって」
「確かに、子供の悪戯でも通るようなやりかただな」
「それがわざとだとも考えられるけどね。誰でもできるようなやり方でやれば犯人が特定されにくい」
「そう。賢いのだか稚拙なのだか分からない。その辺りも気味が悪いの」
「全部、同じ犯人なのかな」
「おお。レン、冴えてるな。可能性としては犯人がバラバラだという他にも、例えば最初は本当に事故だった。それをその後誰かが助長した、とも考えられる」
「そういう意味で言うと、四回目の今回だけが他と毛色が違う。見張りが居る前で変換器に短絡を起こすのは難しい」
「今回だけは本当に事故だったってこと?」
「もしそうだすると、今回の件から深堀すると、真相から離れることになってしまう……」
「うーん、そうか。難しいね」
「とりあえず、明日のクコさんの話を待つしかなさそうね」
「この後は、どうするつもり? まさかカリンだってずっとアグィーラに居るつもりじゃないだろう?」
「もちろん。……とりあえずクコさんの話を聞いて、レフアとローゼルと話をしてから考えようかな。明日、特に進展が無ければ、明後日にはマカニへ戻るわ」
「このまま何事もなく進むといいけど……ヨシュアさん、僕、このシチューおかわりしてもいい?」
 ヨシュアが嬉しそうな顔で頷いたので、レンはおかわりをするために席を立った。
 ヨシュアの作る色々な種類の茸を入れたクリームシチューはレンの好物のひとつだ。レンの実家の食堂でも似たような品書きを出していたが少し味が違うので以前尋ねたところ、乾燥茸を使うのがコツだそうだ。それをミントに伝えてから、食堂でも乾燥茸と生の茸を混ぜて作るようになった。
 再びシチューが満たされた器を持って席へ戻ると、カリンとヨシュアは町の噂について話していた。
 普段あまり出歩かず、人づきあいも良くないヨシュアの耳にも太陽光発電に関する噂は聞こえてきていたようだ。だからこそ、普段は解決するまでは自分の関わっている事件をヨシュアに話さないカリンも、今回は話題に出したのだろう。
「俺は無学だからよく知らないが、火力発電っていうのは有害な煙を沢山吐き出すんだろう? 太陽光発電に多少難ありでも、余程危険な事故が起こらない限りは火力発電よりましなんじゃないのか?」
「そう考えない人も居るということだと思う。あと、クコさんが言われるには発電の効率とか、色々な面から考える必要があるって」
「そういうのは専門家に任せておくことだな。俺はやっぱり馬具がいい」
「ふふ。ヨシュアさんの造る馬具は最高だもの」
「そういえば、火力発電って石炭を燃やすんだっけ。石炭はどこが一番多く産出しているんだろう」
 あつあつのシチューを楽しみながらもレンは尋ねた。
「石炭は……確かエルアグアだったと思う。ああ……今日交易室に行ったのだから聞いて来れば良かった。確かに、火力発電が衰退したら石炭の産出地も影響を受けるね」
 ワイの在るエルアグアでは、フエゴよりもマカニよりも先に実証実験が始まっているというから、エルアグアの石炭を扱う人々にも噂は伝わっているはずである。エルアグアは無関係な人が立ち入り難い医院の屋上での実証実験だというから、フエゴの方が細工がしやすいと考えてフエゴで事を起こしたのかもしれない。
 また、考慮しなければならない点が出て来てしまった。
 しかし幸いなことに、あまりにも漠然とした事件にそれ以上話が進まず、話題は次第に日常的なものに移って行った。レンはほっとする。
 自分たちにだって団欒は必要だ。


 
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韓紅の夕暮れ篇11


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