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物語の欠片 韓紅の夕暮れ篇 11

-カリン-

 挨拶した時のクコの表情で、調査結果は芳しくないのだということが分かった。
「一般的な短絡の原因はいくつか考えられる」
 カリンとレンに椅子を勧め、自らは打合せ用の小部屋の中をゆっくりと歩き回りながら、クコは話し始めた。今日は三人の他に誰も居ない。
「ひとつは配線の老朽化。これは今回新設したばかりだからあり得ない。二つ目は、配線がむき出しになっている部分に埃や水分が付着して電流の流れ方が変わること。これも防塵防水用の箱に入っている上に、まだ埃が溜まるほど稼働していないから除外。三つ目は急激に電流が増えることによる配線への負荷。……今のところこの三つ目が一番怪しいんだがなあ……決定的な証拠が無い」
「急激に電流が増えるというのは、例えば発電量が多かったということでしょうか?」
「いや、それは想定内だからきちんと最大発電量でも問題ないように作られているし、調整もされるようになっている。だから、まあ、誰かが故意に強い電流を流したかってことだが、そうするとそんなことできる人間は限られてくる。少なくとも技師だな」
 技師、ということはアヒならば土木師に当たるだろう。
 ただ……とクコは続ける。
「変換器に直接細工したならともかく、遠距離から短絡が起こるほどの強い電流を送り込むとなると割と大袈裟な仕組みが必要になる。そんなことしたら目立つのではないかな。明らかに変換器に直接細工する方が楽だ。四回目の時点で見張りに立っていたのを知っていたのはあのオウレン殿という土木師くらいなものだろう? 見張りが居ることを知らない限り面倒なことをやる意味が無い」
 そう、反対に言うとオウレンならば犯行可能なすべての条件を満たしてしまうのである。しかし、カリンにとっては俄かには認め難い推論だった。
「先ほど、クコさんは水分も短絡の原因になると仰られましたが、結露ということは考えられませんか?」
 クコが足を止め、カリンの顔を見つめてにやりと笑った。
「やるなあ。さすがカリンだ。俺もその可能性は考えた。しかしなあ、少なくともアヒに泊まっている間に窓が結露を起こしているのを見ていないのだ。それほど一日の間の寒暖差、あるいは内外の寒暖差が無いのではないかな……うーん、でもあり得るかな。強電流と同じくらいの可能性は在るから、どちらも実験してみないと分からないな」
 結露ならば、故意に発生させたものではなく、自然発生的な事故とも考えられる。やはり四度目だけ様子が違うのか。いや、四度目が自然発生ならば、三度目までも自然発生しうる事象だ。
 カリン自身、振出しに戻ってしまったような徒労感を感じた。
 短絡を起こした変換器は発火して中の部品が全体的に焦げてしまっており、明確にこの部分が短絡を起こしたというのも分からない状態らしい。詳細な調査をするならば、同じ型の変換器を様々な状況下において実験をしなければならず、原因の特定には時間を要するだろう。
 しかもそれらは建築局の仕事だ。自分が力になれることが、他に在るだろうか。
「壊れた変換器は今どちらに?」
「なんだ? 見たいのか?」
「いえ、そのものではなく同じ型のものでも良いのですが、もう一度形をしっかり見ておきたくて」
「現物は今資材室で分析してるから同じ型のやつを見せてやる」
「資材室?」
「中は焦げてぼろぼろだが、残った物体を分析したら何か出るかもしれないだろう? 本来あるべきものが無かったり、無いはずのものが出てきたり……」
「ああクコさん、そこまで。さすがです」
 それならばもう自分の出る幕は無いのかもしれない、とも思ったがせっかくなので見せてもらうことにした。マカニに入れたものは大雪対応の特別な型だったらしいが、フエゴは一般的な型のものだという。
 カリンはだいたいの大きさと、何かを仕掛けられそうな空間があるかを見たかっただけなので、同じ型のものを見せてもらうだけで十分だった。

 レフアとローゼルの部屋へ行くと、珍しく真っ先にローゼルがレンに「弓の調子はどうだ」と声をかけたので、カリンは驚いた。レンも少し驚いた表情を浮かべた後で、しかしすぐに笑顔になる。
「ありがとう。完全に元どおりだよ、と言いたいところだけど、それよりは、以前の状態に関わらず、もう前に向かってる感じかな」
「そうか。更に良くなるんだろうな」
「そうだといいけどね。いや、そうじゃないと困るか」
「なるさ。困難を越えたほど、良くなる」
「ローゼルに言われると説得力があるね」
 ありがとう、とレンはもう一度礼を言った。
 ローゼルは今は王配という立場だが、元は戦士だ。いや、本人は今でも戦士のつもりで居るだろう。だから今でも毎日の訓練を欠かさない。新年式の時にレンの事故の話を聞いて、色々と思うところがあったに違いない。
 レンはレンで、カリンには理解の及ばない所で苦悩があっただろうし、マカニの仲間の前ではそんなそぶりは見せ難いだろうから、ローゼルと話すことができるのは本当に有難いのかもしれない。自分はレフアとだけ話しをして、レンとローゼルに二人の時間を持ってもらおうかと一瞬だけ考えたが、それも余計なおせっかいだろうと思い直してやめた。
 レンとローゼルは、きっと今の会話だけで十分にお互いの気持ちを通わせたに違いない。
 気持ちを切り替えて、カリンが知っている限りの建築室とフエゴの現状を話して聞かせた。ローゼルはいつもどおり黙ったまま、レフアは時折驚きや頷きを返しながら話を聞いていた。
「そう……そんなことになっていたなんて……」
「プリムラ様から、ご報告は?」
「思ったように進んでいないことは聞いていたわ。そのことでカリンの力を借りることにしたとも聞いていたけれど、それはカリンがアキレア殿をよく知っているから程度のことだと思っていた」
「話に来て良かったわ」
「ええ、本当に」
 レフアはローゼルに視線を送った。ローゼルはそれを受けてぼそりと呟く。
「アグィーラでも太陽光発電に関する懐疑的な噂が流れていると聞いている。新しいものが出て来た時にはよくあることだと思っていたが……」
「フエゴでのことも無関係ではないと思うわ。噂って、思わぬ広がり方をするから」
「誰か、レフアとローゼルの耳にも届いていないようなことを城の外に伝えた人が居るわけだよね?」
「例えば建築室の人が、上手くいってないことをご家族に愚痴っぽく伝えたとするでしょう? その人に悪気はなくても、上手くいってないらしいということだけがそのご家族から更に外へ漏れることはあるわ」
「まあ、そうか……」
「反対に王室への方が、そういう噂は届きにくいのよね。皆が余計なことは耳に入れないようにしようとしてくれるから」
 レフアが溜息を吐く。
 カリンはふと思いついてアキレアが散歩を趣味にしているのだということを話すと、レフアは楽しそうにくすくすと笑った。
「それ、良い案ね。わたくしも時々散歩に出ようかしら」
「それは昔からアキレア殿が築いてきたものがあるからこそ生きる方法だろう」
 ローゼルが真面目に返す。
「そうよね。私も、もっと親しみやすい姫で居れば良かった」
「人には資質というものがある。俺には無理だ。イベリスなら何とかなるのかもしれないが」
「うふふ。そうね」
 そのやりとりを聞いてカリンは反対に、アキレアにもイベリスのように何か複雑な過去が在るのかもしれないと考えた。今あのように豪放磊落に振舞っているからといって、それが生まれつきかどうかなど分かりようがない。
 結局、建築局の調査にも時間がかかりそうだということが分かり、レフアとローゼルからも特別な追加の依頼は出てこなかったので、カリンとレンは翌日マカニへ戻ることにした。
 火力発電の燃料である石炭は、やはりエルアグアが最多の産出地であることはレフアから聞くことができたので、交易室に寄る手間は省けた。
 そうやって少しずつ知らなかったことが明らかになってきているはずなのに、一向に謎の核心に近づいている気がしない。自分は果たして正しい道を辿っているのだろうか。

 マカニへの帰り道、アルカンの森へ寄っていくことにした。
 どうにもすっきりしない気持ちを抱えていたのと、闇について調べる決意をアルカンの森の主に話したかったからだ。
「おおカリン、よく来たなあ。風の化身も、久しいのう」
 森の主はいつものように迎えてくれた。
「あのね、主様。私、闇の起源について調べてみたいと思っているの」
「これはまた大きな謎じゃなあ」
「主様は知っているの?」
「森はな、考えぬのだよ。ただ、起こったことを見て、受け入れて、記憶するだけじゃ。だから、闇が最初に現れた時のことは知っておる。しかし、それが何故かと考えることはせぬのじゃ」
 そう。森にとっては因果関係を見つけることは無意味。人が認識できるちっぽけな因果関係など、もっと大きな流れの中に居る森には意味をなさないだろう。それでも……
「主様は、いつからここに居らっしゃるの?」
「そうさなあ。五千年は経っておろう。しかしそれも、ある時わしを見つけた人間が『この樹はもう千年も生きている』と言ったからそう思っておるだけで、最初から自分で数えたわけではない。もっと長くここに居るのかも知れぬ。そもそも時間を区切るという概念を持ち込んだのも人間じゃ。わしらはどのくらい長く生きているかなど気にはせんからのう」
 このままでは余計なことまで質問攻めにしてしまいそうだったので、カリンは自粛した。森の主に尋ねることは最低限にした方がよいと、カリンはこれまでのやり取りの中で学んでいた。
 森にとっては意味無きこと。疑問を持つことすら人間のためだけの営みだ。そのようなことで、森の主を煩わせたくはなかった。
 カリンの身に良くないことが起こる場合は、森の主はさり気なく手掛かりをくれる。そうではない時に、必要以上に問うことはしたくなかった。
「風の化身よ」
 森の主が突然レンに呼びかけた。森の主も、今の会話は終わったと認識したのだろう。
「はい」
「そなたは良い風を連れておるのう」
「良い……風? 自分では分かりません」
「ほっほっほ。大切にしなさい」
「……はい」
「風・火・水・金……誰でも良いとは言うたがの、意味は在るのじゃよ。起こったことにはすべて、意味がある。理由は無くても意味は在る」
 余計なことを話したかのう……そう言って森の主は眠りについた。
 カリンとレンは顔を見合わせて、しばらく黙ったまま、森の主の広場の木漏れ日を感じていた。


 
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