中国のゆくえ -「中国=大きな振り子」説を提唱する(その4) 中国財政はこれから再び窮乏化する

中国財政は1990年代に続いて、2020年代に再び深刻な財政難に直面する・・・私はそう考えている。理由は幾つかあるが、いちばん大きいのは、過去10年続けてきた過剰投資(「投資バブル」と呼んでも良い)がこれ以上続けられなくなって「バランスシート調整期」に入ることだ。

過去10年、中国の投資は異常に膨張した。詳しくは別の機会に説明するが、ここではリーマンショック後の2009年から昨2019年までの11年間に中国で行われた「固定資産投資額」(注1)の累計が500兆元(邦貨換算約8000兆円)に及んだことを記しておく。

4兆元投資以降の金融緩和と投資ブーム

「バブル崩壊」と言わずに「バランスシート調整」と言うのは「バブル崩壊」と聞いた途端、「あの『バブル崩壊』か!?」と、脊髄反射してしまう日本人が多いからだ。

日本と中国は、バブル後に起きる現象の表れ方も異なる。違いを一言で言えば、中国のポストバブル期は、1990年代の日本の不動産バブル崩壊ほど激烈なかたちでは来ない代わり、バブル後のトンネルを抜け出すには日本より長い時間がかかるだろう。

(日本でよく「失われた20年」が言われるが、「バブル後遺症」の克服に限っていえば、日本は10年強でトンネルを抜けた。続く後半10年の経済不振は別の理由によるものだ。)

「過剰投資→效率低下」が負債急増を招く

中国の「過剰投資」に関連して、昨今「過剰負債問題」もよく取り上げられる。しかし、問題は「負債が多い」こと自体よりも「なぜ負債が急に増えるのか?」だ。

それは単に「毎年たくさん借金して投資をしたから」ではない。

投資しすぎると、優良案件が払底して投資の効率が下がる。日本で言えば、最初は高収益な東海道新幹線や東名高速道路に始まり、しまいには赤字の整備新幹線や本四架橋に行き着くようなものだ。

投資効率が低下すると、投資のためにした借金の返済に長い時間がかかるようになる。喩えて言うと、昔の優良投資のためにした借金は10年もあれば元利完済できた、いまの不効率投資のためにした借金は20年経っても返し終わらない…どころか、酷い場合は年々の金利さえ払いきれないので、負債が雪だるま式に膨らむ…ようなことが起きる。

こうして過去にした投資の借金が消えずに根雪のように重なる、そこに新たな借金がさらに重なるから、借金の残高が急膨張するのである。

バブル崩壊現象が目立たない訳

この症状が進行すると、債務不履行や企業破綻といった「バブル崩壊」現象が続発する。

しかし、「中国バブル崩壊って『来るぞ来るぞ』と言われながら、いっこうに来ないじゃないか」・・・そう考える人も多いだろう。

民間企業のセクターでは、既に企業破綻がずいぶん起きている。一方で、国有企業や地方政府など「お上」のセクターは、過剰債務が民間よりはるかに深刻なのに、企業破綻が起きない。

こんな逆転現象が起きるのは、政府による「隠れた債務保証」の慣行が働いているからだ。

地方政府、国有企業、民間でも倒産させる訳にいかない重要企業が債務不履行を起こせば、政府が隠れた保証人として救済に動く。一方、そんな後ろ盾のない民間企業は、西側の企業と同じように倒れるという訳だ。

地方政府の劣化がいちばん著しい

過剰債務がとくに深刻なのは、過去10年間競い合うようにインフラ投資や都市開発・不動産投資を進めてきた地方政府だ。昨年は地方政府のバランスシート劣化が限界に近づきつつあることが明らかになった1年だった。

民間企業なら、まず支出を大幅カットしてキャッシュのありったけを借金返済に回すところから始めて、それでも足りなければ血の出るリストラをする条件で金を貸した金融機関に債権カットをしてもらう、それでもダメなら破綻処理、といった対策が必要になるところだ。

ところが住民の暮らしを支える地方政府のリストラは容易でない。とくに中国では難しい。財政破綻の責任を負うべき経営者(書記や市長)を上級政府が任命しているので、「選挙民の自己責任を問う」訳にもいかないからだ。

債権カットも難しい。金融機関は「『お上』がバックにいる債務は『隠れた保証』が付いている」と安心して貸してきた。それが一部でもカットされれば、金融機関は衝撃を受けて地方政府に貸していた金を引き揚げるだろう。信用秩序が根本から揺らぐ事態になる。

支出を大幅カットして借金返済に努めさせるか・・・しかし、地方政府は財政支出全体の9割近くを支出している。その額年間27兆元(2018年)、GDPの3割近い規模だ(注2)。これを大幅カットすれば、地域経済は深刻な不況に見舞われるだろう。

と言う訳で、地方政府が過剰負債で立ち行かなくなれば、上級地方政府か、最後は国が救済するほかない(中央は「地方の自己責任で」と言っているが、地方指導者を任命した中央が「地方の自己責任」を問えるんですかね?)

今後中国財政が直面する財政負担増は以下のようなものになるだろう。

① 地方政府の負債の肩代わり(地方国有企業の負債を地方政府が肩代わりした分を含む)
② 不良債権処理に伴うコストの負担(不良債権処理で減る銀行資本の増強)
③ バブル後に訪れる不況期に必要な景気対策

バブル後のバランスシート調整には10年かかるのが世界の相場だが、統治の正当性を経済成長に求めがちな中国共産党は、「しばらくゼロ成長を我慢する」といった「荒療治」ができないので、もっと長い時間がかかるだろう。調整は2015年には始まったと見ることができるが、2020年代いっぱいかかるとしてもおかしくない。

年金債務の急膨張

2020年代末にバランスシート調整の目処がついたとしても、中国財政にはその先に新たな困難が待っている。少子高齢化に伴う年金債務や医療費の膨張だ。

中国でもやがて年金債務が膨張することは以前から知られていたが、過去は「今後も高成長が長く続く」という惰性観念が抜けなったせいで、年金債務/GDP比もそれほど増大しない(分母が大きく伸びる)と考えてきた。

たとえば、2012年に初めて年金債務問題を警告した経済学者グループは「2050年には財政がGDPの80%に相当する年金債務を抱えることになる」という予測を発表した(注3)。

しかし、この推計は、将来の名目GDP成長率を2020年:10.2%、30年:8.2%、40年:6.2%、50年:6.0%と仮定したものだった(この結果、2050年時点の名目GDPを約1083兆元と仮定)。

この仮定を「荒唐無稽」と言うなかれ。8年前は、世界中が「中国の高成長はまだまだ続く」と信じていたのだ。

高すぎる成長率の仮定を下方修正してみよう。2020年:6.0%、30年:4.0%、40年:2.0%、50年:1.0%と置き直すと、2050年時点の名目GDPは約283兆元と、元推計の約1/4に縮小してしまう。成長低下に伴うインフレ率の低下を加味して年金債務も若干縮むと仮定しても、原推計で80%とされたGDP比率は300%に近づくだろう。

中国は「高成長の惰性」から抜けきれないせいで、成長が低下すると経済・社会にどんな変化が起きるか?という想像力が足りない。

グッドニュースは、それだけの債務を背負い込んでも、即「国家破産」になる訳ではないことだ。それは、もっと大きな債務を背負う今の日本財政が破綻していないことからも明らかだ(注4)。国債を国内だけで消化できる純債権国が中央財政に無理をさせても、簡単に破綻はしないものなのだ。

日本のように赤字財政を続けることは難しい?

もう一歩考えを進めると、日本財政がこれだけ借金を重ねても破綻しないなら、中国財政も経常収支が黒字を続けるかぎり借金を重ねればよいではないか?という疑問にも答える必要がある。

結論は「そうは問屋が卸さないだろう」だ。理由は二つある。

一つは、中国共産党は伝統的に財政赤字を嫌ってきたことだ。とくに保守派は古典的な均衡財政を好んできた。最近は「財政規律が緩み」、財政赤字を容認する雰囲気が強くなってきたが、とくに振り子が「左」に振れている(保守派が強い)ときに、野放図な赤字財政はやりにくい。

もう一つの理由は、「中国の未来は暗い」と知れば、中国人のマネーが外に逃げ出す恐れが強いことだ。

日本の金融資産は、20年以上ゼロ金利が続き、日本の未来に不安を抱く人がこれほど多いわりに、日本を逃げだそうとしない(注5)。しかし、中国の金融資産はそうではない。手段さえあれば資産を海外に移そうとする中国人の意欲は強い。

そんな資産逃避を自由にさせたら、人民元レートが元安に振れてしまうし、国内の不動産市場が換金売りにさらされてバブルが崩壊しかねないから、政府はお金の海外持ち出しを厳しく制限している。

それでも、資産の海外移転を完全に抑え込める訳ではない。その点で近年注目されているのは、経常収支黒字幅が縮小する現象だ。中国は依然大きな貿易黒字を出しているのに、サービス収支、とくに(海外)旅行収支の赤字幅拡大によって、経常収支の黒字幅が縮小傾向なのだ。

半期毎の中国経常収支推移

旅行収支は外国人の中国観光による黒字幅が年間400億ドル程度に対して、中国人の外国旅行による赤字幅は2600~2800億ドル、差し引き年間2300億ドル(≒25兆円)前後と、膨大な赤字となっている。

この膨大な旅行収支赤字の裏に、形を変えた資産逃避が隠れているはずだと見る人は多い。

中国財政が日本と同じように借金を重ねると、経済の行く末を警戒して、資産を持ち出そうとする動きはいっそう加速するのではないか。日本だって、いつまで今のような赤字財政が続けられるか分かったものではないが、中国の場合、その余地は日本より小さいと思う。

財政を立て直すためには、経済政策を「右」向きに軌道修正する必要

財政を立て直すには、借金頼みでない形で経済成長を続けることが大切だ。

そのためには、効率の高い民営企業を重視し、効率が低くバランスシートにも瑕疵を抱えた国有セクターはリストラ、ダウンサイズする、つまり過去の連載で述べてきた振り子仮説に従って、「右」の方向に経済政策の舵を切る必要がある。

最も象徴的な例を挙げよう。

中国には中央財政の債務を軽減する「奥の手」が残っている。国有企業の持分を民間に売却してしまうことだ。私の計算では、これでGDPの80~100%の負債を軽減して、民間に富を移転することができる。ほんとうに民営化できれば国有企業の経営効率も抜本的に改善されるだろう。

左巻きアタマが優勢ないまの共産党上層部に、そういう軌道修正ができるかどうか・・・。

まとめ

本連載の趣旨に立ち返ると、中国振り子の向きを左右する主因子である中国財政の懐については、2020年以降再び窮乏化に向かう可能性が高く、かつ、日本のように野放図な赤字財政もやりにくいという見立てをしたい。

振り子が「右」へ振れ戻す必要性と可能性はある、ということだ。

次回はもう一つの因子、「西側は良き教師たり得るか」の今後の見立てをしたい。


注1: 固定資産投資は、産業の設備投資、不動産投資、政府のインフラ投資等を総計したもの(NSA上の「固定資本形成」とは異なり土地代も含む)。

注2: 財政部が発表した2018年度全国財政決算資料の数字を見ると、一般公共予算(支出)は、中央3.3兆元、地方18.8兆元の合計22.1兆元で、中央・地方の支出比率は15:85だ。
これに特別会計に相当する政府性基金(主な歳入源は地方による土地払い下げ益)を合算した支出は、中央3.7兆元、地方26.6兆元の合計30.2兆元で、中央・地方の支出比率は12:88と、ほぼ9割を地方政府が支出していることが分かる。同年の名目GDPがほぼ90兆元だから、地方支出の26.6兆元(≒426兆円)の対GDP比は29.6%になる。

注3: 馬駿:「化解国家資産負債中長期風険」(「財経」誌2012年6月)

注4: いまの日本は世界でダントツの債務大国だ。家計がGDPの60%、企業が100%、そして政府が220%の負債を負っている。政府が他に暗黙の年金債務200%を負っているとすれば(小黒一正「膨張する年金純債務 - 2019年・財政検証から読めるもの」は、暗黙の年金債務が対GDP比で約200%に相当するという)、日本の総債務はGDP比580%、政府債務に限っても420%に達している。
これに対して中国は、家計がGDPの55%、企業が166%(政府が「隠れた保証」の責任を免れられない国有企業等の借入が相当部分を占める)、そして政府が52%と合計273%の負債を負っている(BIS(国際決済銀行)2019年6月時点)。上述のように、政府が他に暗黙の年金債務を300%近く負うことになるとすれば、合計は550%以上になり、日本とほぼ同じ負債規模ということになる。

注5: これを「ホームバイアスが強い」と言う。なぜ日本はそうなのか。国際社会慣れしていない人が多いから、日本は富の少数者集中が他国ほど顕著ではない(国際的な資産運用能力の高い極少数の超富裕層ではなく、それが不得意な大勢の小金持ち(多くの場合、高齢者)が多い)から、など仮説はいろいろ考えられるが、よく分からない。

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