中国のゆくえ -「中国=大きな振り子」説を提唱する(その5) これからの西側は良き教師たり得るか?


前回は中国振り子仮説に従って「中国財政が将来大きな財政困難に遭遇するため、経済政策を「右」に振り戻す必要性と可能性が生まれる」と述べた。

では、中国振り子のもう一つのドライバー「西側は良き教師たり得ているか」の方はどうなるだろうか。

西側は良き教師たり得ているか

連載3回目で記したとおり、西側先進国は2008年のリーマンショックで醜態をさらした。こないだまで中国に説教を垂れていた西側先進国が一転「助けてほしい」と泣きを入れたからだ。

2016年に起きたブレグジットとトランプ当選は、中国でなくてもサッカーで言う「オウンゴール」、つまり自ら国益を損ねる選択をしたとしか見えなかった。

「西側の民主政治システムはこんな重大エラーを引き起こす。中国にそんな西側システムを見習えなど、とんでもない!」・・・そういう気持ちが人一倍強いのが習近平主席で、「中国のシステムの方が優れている」と考えているという。

 2010年代に中国振り子が「左」へ、つまり西側の期待から更に遠ざかっていった大きな原因はこれだった。

2020年代はどうなるか。このドライバーの今後の振れ方については、良いニュースがない。

いよいよ揺らぐ「西側価値観」?

「西側価値観」や現行国際秩序の揺らぎは深刻化する一方だ。

(1)トランプ再選? 

西側価値観に無縁なトランプが大統領に就任してから、はや3年が過ぎて、今年秋にはまた米大統領選挙がある。

 就任直後は「ワシントンDCのエスタブリッシュメントは強力で堅固だ。トランプは早晩彼らに飼い慣らされる」という声が聞かれた。しかし、3年の間に「飼い慣らされ」たのは、むしろエスタブリッシュメントの方ではなかったか?

 最初はトランプの言動にショックを受けて慨嘆していたエスタブリッシュメントも、いまや「慣れっこ」になってしまった。トランプが意に沿わない閣僚や政府高官を次々とクビにした結果、ホワイトハウスも各省庁も、みなイエスマン(イエスパーソン?)になってしまった。

 「アメリカファースト」を貫けば、米国が維持してきた国際秩序は崩壊に向かう。秋にトランプが再選されれば、米国が主導してきたこれまでの国際秩序は不可逆的な縮小を来すだろうと予感する米国専門家は多い。 

トランプ問題に加えて、西側価値観や国際秩序の揺らぎがとりわけ気懸かりな領域が二つある。

(2)崩壊し始めた自由貿易体制

一つは自由貿易体制だ。中国の振る舞いにも多々問題はあるが、米国の対中政策は、トランプが仕掛けた貿易戦争にせよ超党派の対中タカ派が仕掛けているハイテク冷戦措置にせよ、米国がWTOでコミットしたはずの協定上の義務をまったく無視している(「安全保障例外」の濫用を含め)。喩えて言えば、「プロレスの場外乱闘」状態だ。

安全保障を理由とした鉄鋼の輸入制限など米国の協定破りは、中国相手に止まらない。こういう規律破りは、やがて途上国に伝染して、自由貿易体制を「汚染」するだろう。緩んだ規律を締め直すのは困難な作業になる。

(3)西側陣営でもメディアの弾圧 

もう一つの懸念は、時の政権を批判的に報じるメディアが、政府から圧力をかけられたり、弾圧を受けたりする事態が世界中で増えていることだ。中国を筆頭に、己を「西側の一員」とは考えない第三世界の国での話なら、驚くに値しない。しかし、いわゆるアングロサクソン系で、西側価値観に最も親しいと思われてきた英国や豪州でさえ、メディアに対する権力ハラスメントの疑いがある事件が起きるようになったことはショッキングだ(注)。

 欧州は「言論の自由」問題だけでなく、移民排斥、ポピュリズムの盛行、英国のEU脱退が決まるなど・・・その先どうなるか知らんが)惨憺たる状況と言ってよい。

  最近は米国でも欧州でも「西側価値観や国際秩序を守っていく上で、日本の役割に期待する」声が高まっている。期待されることは一面で名誉だが、反面「あんたら欧米は、そこまで落ちぶれたのか!?」と問い返したくもなる。

「中国の価値観や政治システムの方が優れている」のか?

「西側の価値観や政治システムは参考になり得ない」という考え方と軌を一にして増長してきたのが「中国の価値観や政治システムの方が優れている」という自信過剰な考え方だった。この考え方は今後もはびこるのだろうか?

実はその行方を考える上で、2020年1月に始まったコロナウィルス禍が重要なケース・スタディを提供してくれている。

武漢市当局は、なぜ新型肺炎の発生初期に情報を隠して「うわべの安定」を装おうとしたのか?「たまたま担当の地方幹部が無能・無責任だったから」ではないだろう。西側の眼からみれば、「共産党が一切を指導する」習近平政権の体質がそうさせたのだと見える。

つまり、こういうことだ。

共産党が一切を指導する仕組みの下では、まずいことが起きても、下の役人は、上から叱られるのを恐れて隠そうとする(「情報の不対称」と呼ばれる問題だ)。情報のやり取りや指揮・命令・介入が同じ組織の上下の間でしか起きない「タテ1軸制御」の体制は、この情報隠しの弊害から逃れることができない。

その弊害をなくすには、政府の所業を外から観察・取材して問題を報道するメディアや被害者の訴えを受理して政府に是正を命ずる司法など、共産党・政府のタテ1軸に向かってヨコから挿す2軸、3軸めが必要になる・・・・・ つまり、現代の統治機構は「多軸制御」でないと正しく回すことができないのだ(「権力ガバナンス」の問題)。

10年前までは、中国でもメディアや司法の機能など2軸、3軸めが育ち始めた気配があった。しかし、習近平政権はひたすら「共産党の指導」を強調して、その芽を摘んでしまった。そう考えれば、今回の新型肺炎で情報隠しが起きて感染被害を拡大させた責任は、下っ端役人ではなく、習近平政権にある。少なくとも私はそう考える。

中国人はどう考えているのだろうか・・・どうやら「真っ二つに割れている」らしい。

過日おしゃべりした中国の友人は、私と同じ考え方だった。「教養があって自分の頭でものを考えられる知識分子はみなそう考えて、内心習近平を批判している」と言う。

日本のメディアでも、たいていこの見方が紹介されている。「習近平は激しく批判されている」「政権の危機だ」という風に。書き手はもっぱら「知識分子」にコンタクトして情報を得ているのだろう。

しかし、3月に入ってから情勢が急変、真逆の考え方が台頭しつつある。

「中国体制優越」論?

情報の隠蔽によって初期封じ込めをしようにも「もはや手遅れだ」と悟った中国政府が失地挽回のために採った強硬手段(経済・社会活動の強制フリーズ措置)が効果を発揮したことが転機になった。

誰もが言い知れぬ不安感に苛まれていたのが、湖北省以外では感染封じ込めの目処が立ち始め、トンネルの出口の明かりが見えてきた。そんな安堵感も手伝って「政府の手腕は素晴らしい」と賛美する意見が急速に拡がり始めたのだ。

むしろ遅れて感染が拡がりつつある他国、とくに日米欧の先進国の混乱と狼狽ぶりをみて、「やはり中国のシステムの方が優れていた」と再確認する動きまで現れた(「中国体制優越」論)。

どちらの見方に立つかは、世代によっても差異がありそうだ。文革の混乱や天安門事件の挫折を経験した年輩の世代は、武漢の情報隠蔽を「既視感」を以て受け止めていると思う。「中国も発展して、少しは進歩したかと思っていたが相変わらず、いやむしろ退行しているじゃないか」と。

一方で「90后」(1990年代生まれ)の若者世代は「中国体制優越」論に肯定的だ。中、高、大学と育つ過程で、祖国中国の暮らしが一段と豊かになり、科学技術でも世界の一線に並び、一帯一路などで国際社会の尊敬と注目も集めている、といった話を聞く一方、「西側はダメだ」という話ばかり聞いて育ってきた世代だからだろう。

(習近平政権が情報の隠蔽に対する批判を抑えこんで、封じ込め成功の成果をアピールしていることは言うまでもない。余談だが、最近官製メディアがそういう宣伝を流し、甚だしきは「(自らの犠牲を顧みずに感染を迅速に抑えこんだ)中国に世界は感謝すべきだ」とまで言い始めた。外国語には未だ翻訳していないから、国内向けの「宣伝」なのだろうが、聞くに堪えない。海外がどんな思いでこの「宣伝」を聞くか、中国共産党は想像力というものが欠如しているのではないか。)

今後の中国は、どちらの見方が主流になりそうか。残念ながら、私や友人のように、「1軸制御ではやっていけない」という見方が主流になる見込みは低いだろう。こういう考え方は、それこそ10、15年前からずっとあって制度改革(とくに権力のチェック機能の強化)を訴え続けてきたが、ついに主流になり得ていないからだ。

ずっと主流になれなかった考え方が、今回は主流になれるか?コロナウィルス禍は10年人々の記憶に残る大事件であるがゆえに、今回の事件を契機に急激に台頭した「中国体制優越」論は、当分幅を利かせそうな気がする。

結論として、「西側が良き教師として復活」できそうな見込みも、中国が「中国体制優越」論のような思い上がりを修正する見込みも、ともに低いと言わざるを得ない、残念ながら。

次回はいよいよ最終回、連載のまとめをします。


注: [FT]ジョンソン英首相、BBCの受信料廃止に言及(2019年12月10日)及び公共放送への家宅捜索、非難が続出 オーストラリア(2019年06月6日)の記事を参照のこと。

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