見出し画像

#6 ダイエットの向こう側

「あなたを40万円で必ず痩せさせます。」
「えーーーー4、4、40万!!!高過ぎる。」

何度ダイエットに挑戦しても中々痩せないが社長いた。社長になった15年前より20kgも体重が増加。健康診断でもコレステロール値などが引っかかりようやく重い腰を上げパーソナルジムの門を叩いた。

訪れたのがCMでも有名なジムだった。
普段社員からは節約の鬼と呼ばれる程倹約家な一面があった。

ジムのトレーナーに値段を聞いた瞬間、社長は思わず口が開いた。
「えーーーー4、4、40万!!!高過ぎる。」
そんな反応に慣れたかのようなトレーナーが優しく冷静な口調で答えた。


「最初はみなさん高いと口を揃えたようにおっしゃいます。しかし、2ヶ月で痩せて変わった自分の姿を見た瞬間にお値段の価値が分かりました、というお言葉を頂きます。」

今の社長にその言葉はまだ響かなかった。
一旦保留にし1週間考えることにした。


んーーー。本当に40万円の価値はあるのだろうか。
40万円って内の社員2人分の給料。
んーーー悩む。
しかしこのままでは生活習慣病になりそうだしなー。
でもよくよく考えれば自分で頑張れば40万円が浮くじゃん。
まてよ、それ前にもそう思ってたな。
んー悩む。。。。。
こんな時に人工知能が判断してくれたらなー。
「アナタハジムニイクベキ98%デス」
なんて言われたらすぐいくけどなーーーー
わーーーーーーーーーーー

社長は3日間悩んでいた。
そんな悩みに悩んでいる日の仕事帰り、創業当初からの長い付き合いのある取引先に届け物があったので帰りがてら寄って行った。するとたまたま居合わせた専務と立ち話になりジムの話をした。というのも専務はエリートビジネスマンのようなスーツに革靴がとても似合う体型で色黒だった。


「専務はジムに通っているんですか。」
「いえいえ。通ってないですよ。」
「私みたいにお腹でてないし、かっこいいし、年齢は私と同じ47歳でしたよね。」
「ふふふっ。いや、でもね千葉さん筋肉の衰えは感じてますよ。」
「毎日どんなトレーニングをしているんですか」
「ジョギングと筋トレはやっているけど、大したことないですよ。」
「やっぱり、してるよね。いやね、今悩んでいるんですよ、ジムに通うか。だけど40万もするんですよ。40万。」
「ふふふ、そうですか。あ、紹介でしかいけないところを紹介しましょうか。」
「?どういうことですか?ジムですか?」
「んーーー。なんというか、、ちょっと待ってくださいね。」
専務が机の引き出しから名刺を取り出した。
「こちらに行ってください。きっと千葉さん気にいると思います。」

\専務、三菱工務店の田崎さんからお電話です/
「は〜い。ということで、千葉さん行ってみて!」

専務から頂いた名刺の住所を見みると近所だった。

名刺の真ん中には
”痩せたいならダイエットをやめること”と書いてあった。名刺なのに名前が一切書いていなかった。「専務が僕を騙すはずはないし、行ってみるか」

次の日の仕事帰り、書いてある住所に寄ってみることにした。

「こんばんは。美咲商事の専務からの紹介できました。」
広重輝とマスターの関係が始まった。

名前:広重輝
職業:建設業社長
年齢:45歳
運動歴:1年に1度ゴルフ
他:独身一人暮らし

広重は倹約家だが社員や取引先などとの飲食は積極的に支払い、交友関係を大事にしていた。今の会社は大学を卒業して始めて就職したところで、前社長の勇退後に引き継いだ会社だ。

会社は創業40年になるので広重より在籍が長い社員もいた。社長になって紆余曲折あったが ”肥満” 以外の問題は今のところない。


マスター:こんばんは。

広重:いやね、専務に痩せたいと話をしたらここの名刺を頂いて。

マスター:ほう。

広重:マスターはパーソナルトレーナー出身とかですか。

マスター:まぁ、そんなとこですかね。ふふふっ。

広重:私痩せれますかね。
ぽっこり出たお腹を摩った。

マスター:もちろんです。

広重:何をすればいいんですか。

マスター:食事コントロールと運動です。

広重:それは分かっているんですよ。どちらもやったけど痩せなかったんです。

マスター:ほう。興味深いですね。まぁこちらへどうぞ。
カウンター越しから真ん中の席へ手をかざした。

広重は運動をさせられると思って動きやすい格好できていた。それとは裏腹に来た場所はカウンターが5席だけあるどうみてもバーだ。来る前まではモチベーションも最高潮に達していたが、、、

広重:私こちらに痩せにきたけど大丈夫ですか。

マスター:もちろんです。しかし今日は筋トレなどはしませんよ。ふふふっ。

運動着を身に付けている広重は言葉を失った反面、もしかしたら楽に痩せる方法を教えてもらえると期待が込み上げてきた。


広重:では、何を?

マスター:最初に言ったように痩せるには食事と運動しかありません。

広重:やっぱり。
期待していた広重はがっかりした。

マスター:広重さんは20歳の時と比べて体重はどれくらい増加しましたか。

広重:大体20kgで、今82kgあります。

マスター:ほう。20kgですか。学生時代は運動はやられていましたか。

広重:いいえ。私はこっちの方です。
鉛筆を握って書いている仕草をした。

マスター:10kg増えたあたりで気付いてはいましたか。

広重はお腹を摩りながら答えた。
広重:はい。35歳過ぎた頃からお腹の脂肪が気にはなっていました。脂っこい物を避けたり自分なりに運動はやりましたが、中々。。

マスター:痩せるにはダイエットを辞める事です。

この人は何を言ってるんだ、新手の宗教でも始めて私を引き込む気か。広重はマスターに警戒心を抱いた。

広重:すいませんマスター。聞いてもいいですか。

マスター:はい、何でしょう。

広重:私はここでパーソナルトレーニングを受けるんですか。見渡す限りダンベルもなければランニングマシーンもありません。

マスター:ふふふっ。ここでは何もしませんよ。お話しするだけです。

広重:え。
広重は愕然とした。何てとこを紹介してくれたんだ。専務に対して怒りが込み上げてきた。

マスター:専務は何も話してなかったのですか。ふふふっ。人が悪いなぁ。

広重:どういう事ですか。

マスター:では2週間起床時間を30分早めて、その30分で近所をウォーキングして下さい。

広重:え、これだけで痩せるんですか。信じられませんが、分かりました。

バーを後にした広重は専務にLINEした。
"お疲れ様です。紹介して頂いたマスターの所に行きました。彼に2週間ウォーキングを指示されました。続けても大丈夫なんですかね"
痩せる事よりもマスターが信頼できる人なのかが知りたかった。

ピコンっ

"お疲れ様です、あ、ごめんなさい。ちゃんと話してなかったですね。マスターは信頼おける人間ですよ。間違いありません。指示に従って行動すれば痩せたその先が見れますよ。"

専務が信頼できる人間と紹介された人は全員想像以上の人間性を持った人だった。
マスターに警戒心を持った自分が恥ずかしくなった。
「俺、見る目ねぇーなー」


広重は早速翌日からウォーキングを始めた。


広重:こんばんは。

マスター:こんばんは。もう2週間経ちましたか。どうぞ。
真ん中の席へ手をかざした。

広重:朝寝坊しないように夜はビールの本数を減らしましたよ。ふふふっ。

マスター:ふふふっ。どうでしたかウォーキングは。

広重:気持ちよかったです。6時でも少し明るいので朝って感じがしますよ。

マスター:7月になると6時でももっと明るくなりますよ。2週間の食事はいかがでしたか。

広重:意識しましたよ。せっかくウォーキングやっているのに暴飲暴食ではいけませんからね。

マスター:ヨガ理論ですね。

広重:ヨガ理論?

マスター:私が勝手に名前を付けただけなですがね。ふふっ。ヨガをやっている人はスタイルが良くて綺麗な人ばっかりだから、「ヨガをやれば自分も痩せられる」と思って始めたのに痩せないってことがよくあるんですね。でも実はヨガで痩せたのはなく、

広重:ヨガやっているんだから食事や普段の生活も変えていこうって意識になって痩せた。
答え合わせで満点を取った気持ちになった広重は下唇を噛みしめドヤ顔になった。

マスター:そうです。テレビなどではそういう部分は映されませんからね。

広重:あ、聞きたかったことがあるんですが、、、

マスター:なんでしょうか。

広重:40万円で絶対に痩せさせてくれるジムってどう思いますか。

マスター:それは値段が妥当かをお聞きしたいということですか。

広重:はい、それもありますが行く価値ありますか。

マスター:価値の意味を調べると「物事の持つ、目的の実現に役に立つ性質」です。どうでしょうか。広重さんの目的を実現できそうですか。

広重:はい、痩せるという意味では、でも40万はなぁ。

マスター:痩せるという目的を実現させてくれるなら価値はあると思います。自己投資は収入の約10%ですがどうですか。

広重:10%ってことは月収400万ってことですよね。まずないですね。

マスター:ふふふっ。1年で換算してください。月に約3万5千円です。

広重:それなら範囲内です。なぜ1年ですか。通うのは2ヶ月ですよ。

マスター:通うのは2ヶ月ですが続けるのは一生です。同等のメニューを最低一年続けないと元通りになりますからね。

広重:それで1年で考えるというわけですね。やっぱり1年は続けないとだめですよね。

マスター:体を意識的に変えるのは、英語が喋れるようになるのと同等の難しさがあります。

ぎくっ。
広重:心当たりがあります。グローバル化に乗り遅れないように英会話教材を買ったものの封を開けたまま押入れに入っています。中々難しいんですよね。

マスター:共通しているのは、目に見えて分かる結果がすぐにでないからです。

広重:確かに。頑張っているのに体重が減っていないとモチベーションが下がります。下がると食事も運動もどうせ体重減らないしなぁと諦めていました。

マスター:そうならない為には「これ以上食べすぎると命に関わります」と医者に言われるか、高額料金のジムに行くことです。なので強制的に体を変えるなら40万円は妥当な金額かもしれません。

広重:なるほど。すいません変な質問ですが、

マスター:なんでしょうか。

広重:マスターはなぜ高額ジムをやらないのですか。それだけの知識があれば40万円取れるんじゃないですか。

マスター:ふふふっ。私はバーで十分ですよ。

広重:変わった人ですね。いい意味でですよ。

マスター:ふふふっ。よく言われます。

広重:私はジムに行かずとも痩せられますか。

マスター:もちろんです。すぐに結果を求めなければ。広重さんの場合20kg減なので1年半〜2年計画ですね。

広重:2年?長いですね。

マスター:20年かけて20kg増量したので最低それぐらいの期間は必要ですね。

広重:確かに。2、3ヶ月痩せるのはでは虫が良すぎますね。

マスター:どうしても短期で痩せたいと思うのであれば40万円を払っても価値はあるし、健康的な体を維持したいと思うのであれば長期的な視点が必要です。

広重:短期で痩せてそれを維持するってそんなに難しいですか。

マスター:ジムに通い続けることができれば可能です。しかし大多数は目標値に達すると辞めます。例えばパーソナルジムでやっていたメニューを自宅でやろうとしても最大値を出すのは難しいです。

広重:最大値?

マスター:自分でやると30回が限界の腕立て伏せでもトレーナーがいると35回できたりします。

広重:トレーナーの存在ですか。

マスター:はい。かなり大きいです。人間の体は「心理的限界」が「体力的限界」の遥か前に設定されています。分かりやすく例えると、ジョギングした時に「苦しいもう無理」と走るから歩くに変えたことありますよね。

広重:はい。ほとんどそうです。1kmも満たない時点で起こります。

マスター:でも歩けますね。実はそれ「心理的限界」です。体力的ではまだいけます。

広重:いやそれは考えにくいですね。実際もう呼吸ができない状態ですからね。

マスター:「体力的限界」というのは、フルマラソンのゴールで倒れる人がいますね。あれです。

広重:たしかに。私はあそまではならない。

マスター:でもあそこまで追い込めるのはトレーナーの存在があるからです。トレーナーが健康状態の次に見るのは心拍数、筋肉量の最大値です。最大値から何%で何回をコントロールしていきます。トレーナーはその数値を元にサポートしていきます。

広重:ではやっぱりトレーナーがいた方が効率はいいと言うわけですね。

マスター:目的によります。競技を目指される方はゴール(試合日)があるのでトレーナーをつけた方がいいですが、ダイエットや健康維持で取り組む人は自分だけでも大丈夫です。

広重:私は自分だけでも大丈夫と。

マスター:自分で痩せるには「無意識」を上手く使うことです。

広重:無意識?

マスター:はい。無意識です。二日酔いでも朝歯を磨けますね。嫌なことがあっても帰宅後シャワーに入れますね。

広重:それは、まぁ習慣というか何というか。

マスター:それです。無意識というのは習慣にするということです。習慣にする方法は長くなるので後日にしましょう。では明日からはこちらを行ってください。

A4紙にトレーニングメニューが書いてあった。
広重:メニュー少なくないですか。筋トレはたった3種類ですか。

マスター:では2週間頑張ってくださいね。後はお菓子と甘い飲み物は避けて下さいね。くれぐれも食事制限はしないでくださいね。

広重:あ、はい。分かりました。

ハードなトレーニングも食事制限もないのに本当にこのお腹なくなるんだろうか。広重は不安を抱きながらもマスターのメニューを2週間続けた。トレーニングも慣れた頃、美咲商事に届け物があり仕事帰りに寄ることになった。


「お、専務いましたか。」
「痩せた感じがしますね。マスターのおかげですね。ふふふふっ」
「そうですか。体重計に乗ってないので分からないですが。」
「あ、昨日マスターから伝言を預かっていましてね、3ヶ月出張に行ってくるからこの調子で頑張ってね、っておしゃってましたよ。」
「え、ちょっと待ってください。どちらに行かれたんですか。」
「行き先までは聞いてませんが。今のまま頑張れば大丈夫じゃないですか。」
「いやいや。今のままと言われましても。」

不安になった広重ではあったが取り敢えず今のメニューを続けた。


トレーニングを始めて2ヶ月目、購入した体組成計(体脂肪や基礎代謝量を測れる)に乗ると、体重が5kg減っていた。

「お、まぢか。。」
予想以上に落ちたことにびっくりして喜ぶ事を一瞬忘れた。

「もしやそのままいけば半年で20kg減も夢ではないぞ」
広重の心が躍り始めた。

しかし、
これからくる試練にまだ、気付く様子はなかった。

トレーニングを始めて3ヶ月目、体重が減らなくなってきたので食事を制限し始めた。すると逆に体重が増加した。

「おい、うそだろ」
広重は焦り始めた。すると、ふとマスターの言葉を思い出した。

"くれぐれも食事制限はしないで下さいね"


マスターがそろそろ旅行から帰ってきてる頃だと思い仕事の帰り道にバーに寄ってみると、店内の明かりが街路に流れ込んでいた。


マスター:お、こんばんは。

広重:お久しぶりです!
広重は嬉しさが込み上げてきた。

マスター:どうですか。

広重:どうですかじゃないですよ。体重が減らなくて困ってるんです。

マスター:ほう。

広重:2ヶ月目までは順調に5kg減ったんですけど、最近1kg増えまして。

マスター:食事制限しましたか。

ぎくっ。広重は焦った。
広重:ま、まぁ。

マスター:ふふふっ。1ヶ月で1kg減れば優秀で、5kgは落とし過ぎですよ。

広重:えっ。そうなんですか。

マスター:炭水化物を制限したのではないですか。極端に制限し過ぎると糖代謝が落ちて筋肉が削られ脂肪が付きやすくなります。

広重:良くないって事ですね。

マスター:体重が減らないのは停滞期なので、今のまま続けていけばまた減っていきますよ。次はコチラのメニューをやって下さい。

広重が来ることを予測していたかのようなトレーニングメニューになっていた。
広重:あ、ありがとうございます。

ほっとした広重は肩の力が抜け笑みがこぼれた。

実は広重、恋をしていた。
取引先の経理の女性で、よく「今度デートしてよ」と冗談を言える仲の方だったが広重は本気だった。
痩せたらデートに誘うと決意していた。

広重は30歳の時に結婚を約束していた女性がいたが、女性側家族の猛反対で断念していた過去があり女性に対して奥手になっていた。それから15年が経ちどうしても実らせたい恋。痩せたい1番のモチベーションはそこにあった。

広重はマスターの指示通りにメニューを3ヶ月行った。
マスターと出会って半年、体重は10kg減。最初掲げていた目標まで後10kgだったが、見た目はもう引き締まっていた。


”痩せたいならダイエットを止めること”

広重は名刺に書かれていた言葉の意味をようやく理解した。
「そういうことか。」

広重の生活習慣は半年前とはがらりと変わった。

5時半に起床し6時半までトレーニングそして朝食を取り7時に出社。就寝時間も早い時は21時。
月水金はトレーニングの日、火木は読書の日。
健康的な生活のお手本だ。

生活習慣が変わり体型が変わり広重は自信に満ち溢れていた。そしてずっと温めていた新規事業にも乗り出す準備を進めていた。

「おかえり、あなた。」
「お、ただいま。新規事業がうまくいきそうだよ。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?