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コエダメカンタービレ第4話

一瞬、間をおいて、相手の心を汲み取るようにして医師はこう言った。

「統合失調症です。」

父の則重は、膝からガクッとその場に落ちた。
体に力が入らない。その様が則重にその言葉が与えた衝撃を表していた。

母の眞理子は、俯いて震え、何かに怯えている章子の手をぎゅっと握り、同時に握った手に体を支えてもらうかのようにとにかくその場で崩れないようにするだけ必死だった。

そして章子は精神科に入院した。その日は章子の19歳の誕生日だった。

個室に案内された。
思いの外きれいな内装に驚き、同時にほっとした。
静かに、そして穏やかに看護師がこう言った。

「章子さん、担当の落合です。ここにどうしてきたのか教えてもらっていいですか?」
章子は手を握りしめ、ぐっと肩肘を張って恐怖に耐えながらこう答えた。

「バ、バイト先でいじめられちゃって。」
溢れる涙を堪えきれなかった。
ひくっひくっと嗚咽しながら脳裏に蘇る光景を落合さんに伝えていった。

「私、わたし、仕事できなくて、それでなんかうまく言えないんですけど、突き飛ばされたり、ピザ屋だったんですけど、その怒られちゃって私できなくて、それで頭からピザソースかけられて気づいたらその月を眺めててそれで気づいたら裸足で泣きながら歩いて土手にいてそれで、ひくっ。それで。」
章子の眼から溢れ落ちる涙を見つめ、「うん。うん。そっか。そっか。」
章子の膝をとんとんやさしく暖かい手で叩きながら、章子の話を落合さんは聞いた。


「少し疲れたよね。辛いこと思い出させてごめんね。一緒に少し落ち着くように、お薬も先生の出してくれたの使いながら、やっていこう」

章子は落合さんの落ち着いた姿、そして落ち着けてくれようとする姿に心底安心した。

しかし、その15年後、章子は治療を受けるクリニックで統合失調症ではなかったことを知らされる。しかし、章子は自分の気分の変動の大きさで悩み、もがき‘自分との付き合い方‘のむずかしさを農家になってからもひしひしと感じていた。

そんな自分の過去がまた脳裏に蘇ってくる。畑でも。必死に振り切ろうとする章子。

落合さんにその後、冷徹な言葉をかけられたこと、転院した病院で男性看護師から保護室内で暴行を受けたこと、誰よりも信頼を置いた作業療法士が自分の治療を裏で拒否し、それでも笑顔で接していたこと、「病院の問題」について母と声をあげたら「アリバイづくり」の会議が開かれたこと、章子の心はぼろぼろだった。

そんな時、母と2人で行った農場体験。
爽やかな風に吹かれ、心地よい笑顔でこちらを見て穏やかに笑う農場主。
その出会いがあきこの人生を大きく変える日だったことには、まだ誰も気づいていない。

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