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飾ることは飾らないこと

ちょうど一年前、私は鳥取にいた。
目的は、ある映画上映イベントに参加するためだった。
『現代アートハウス入門』
第2回目までは、地元の映画館でも上映されていたのだが、諸事情により第3回目は全国5ヶ所でしか上映がなく、結果的に一番「最寄り」の映画館が鳥取となった。
2021年夏に開館したばかりのその映画館の存在は、正確に表現するのであれば、存在するようになる過程はSNSで随時確認していた。大自然の真ん中にポツンとある映画館という印象。その土地に住まわれている方々には聞こえの悪い表現になるかもしれないが、なぜこんなところに映画館を構えようと思ったのか、と素朴な疑問を抱いた。とても気になる。情報の触覚がビンビンに振れるのを感じていた。いつか行ってみたい。
故に、鳥取にあるその映画館に足を運べる理由ができたことで、期待感が膨らんだ。一方で、2022年12月当時はまだコロナの影響もあり、現地に移動する交通機関が制限されていた。あらゆる手段を検討し、バスで広島まで移動しさらに別のバスに乗り換えて鳥取に向かうことにした。結果的に、1日目は13時間余りのバス移動だけの日となった。しかも宿泊予定のホテルまでは、バス停から徒歩40分あまり。降り立った時には辺りはもう真っ暗で、バス停周辺には一切の照明がなかった。ほのかな光は、天上に広がる満天の星空と月灯だった。
「とんでもないところに来てしまったかも」
そう思ったことは事実だが、のちにこの鳥取映画旅行が私の内側に大切な芽生えを与えてくれる契機となる。その意味で「とんでもない」という言葉は、予言的な表現でもある。
現代アートハウス入門については、下記の公式サイトをご覧ください。

ジグシアターは、もともと3階建ての小学校だった校舎の3階を改装して、映画館にしている。1階にはカフェ雑貨店、2階は雑貨屋さんが入居。天気のよい昼間には、太陽の日差しが建物の各所から差し込み、かつて校舎だった頃の面影があらわれる。
映画館は、ご主人の柴田さんと奥さんの三宅さんが切り盛りしている。初日に、7回分すべての映画料金10500円を払い終え、地元のお土産を手渡した。事前にネットで予約はしていたものの、まさか遥々博多からやってくるとは、と思われたかもしれない。
初日から3日間、ジグシアターで映画を堪能し続けた。映画監督によるワークショップもあった。映画鑑賞以外の時間は、地元のお店や飲食店を訪ねて方々を歩き回った。「スピらずにスピる」のモリテツさんが経営する本屋「汽水空港」で、読書会にも参加した。中には、隠れ家的ではなく、まさに隠れ家である雑貨店や温泉にも。そして、映画館に向かう道すがら、必ず目に映る東郷池。私が大自然の中に生きていることを、しっかりと自覚させてくれた。
よろしければ、下記の写真で想像を膨らませてください。

何日目かは忘れたが、私が奥さんの三宅さんにふと尋ねた。
「なんでこんなところに映画館を作ろうと思ったの?」
三宅さんは、間髪入れずに、当然のように答えた。

自然哲学の一つである易経に、山火賁(さんかひ)という卦がある。この卦が教えていることは「本当の美しさとは何か」。賁という字は「飾り」を意味する。本来の飾りとは何か。
私たちは、日々困難を避けてただ淡々と生活をしていればよいということではない。そこにファッション、料理、文学、建築、芸術などありとあらゆる文化・文明がなければ、知性も教養も私たちの社会から無くなってしまう。まさに賁は、その文化・文明を生み出すと伝えている。
映画は、映像と音楽(音)だけに留まらない、この世界にある様々な存在の営みを包括する、総合芸術だろう。私が鳥取に降り立った時に目にした満天の星空と月灯は、まさに天の飾り。必ず一定の法則性をもってめぐっている大自然の美しさである。私が住む街で毎年のように開催されるクリスマスイルミネーションが外面の飾りとするならば、大自然は内面の飾りということだろうか。余分な派手さや不必要なものが取り除かれると、本質的で根源的なもの、つまり本来のものだけが鮮明となる。

三宅さんがくれた答えには、この山火賁の教えが込められているように、私は実感した。その発言を耳にし、心が突き動かされる思いだった。しかし、それがどうしてそこまで印象深く感じたのか、その時は本質的な理解にまでは至っていなかった。ちょうど1年を経て、この度ようやく一応の文章にまとめることができた。本当に消化をするために時間が必要だった。その場で確かに体験はしたのだが、十分に経験にまでできていなかった。体験と経験は別物であるということを改めて心得た。
「なんでこんなところに映画館を作ろうと思ったの?」このシンプルな問いに対する返答が、ただ映画愛に溢れるだけでなく、美しさの本質に根差していた。
飾ることは飾らないこと。それは究極の美と表現してもよいだろう。柴田さんと三宅さんは、まさにそれを体現し育んでいるように私には思える。
私がいただいた答えの言葉は、そっと私の映画ノートに秘めておく。私の内側にそっと飾りが灯るように。

ジグシアターが気になった方は、ぜひ一度、あの空間を味わってみてください。
そして、三宅さんの言葉が気になった方も。



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