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シロが教えてくれたこと

#シロとの出会い #命#絆#成長#豊かさ#親子#子育て#ねこ

12.運動会にむけて

「ただいま〜。」
はじけるようなみさの声が聞こえてくるよ。

シロは相変わらず寝ている。よく動き、ほどほどに食べ、よく寝る生活。
ねこを見ていると、ねこはいいなぁと少しうらやましくなる。

幼稚園では運動会の練習が毎日続いている。
年長ということもあって、担任の先生の気合いも相当なもの。
みさたちにも、かなりのプレッシャーとなっていた。
その状態でどこまでついていけるのか?仲間がどこまで耐えていけるのか?これが今回は重要なカギとなる。

というのも、年少、年中のような走ったり玉入れしたりして、みんなでわいわい楽しむという内容ではないからだ。
集大成の運動会にふさわしいプログラムが組まれていた。

プログラムの中でも、子どもたちにとって一番大変なのは鼓笛の練習だ。
まずは、重い楽器を自分で持ち運ぶことから始まる。リズムに合わせての移動もある。その上で、楽器の技をみせるわけだから簡単なはずはない。

集中する力、仲間とのコミュニケーション力、自分に勝つこと、全てそろわないと成功しない。


帰宅したみさは、シロにも「ただいま。」
と言って頭を撫でた。
それから、急いでおやつを食べて、食べ終わると即座に、何やら楽譜のような紙を取り出し、
「トン、トン、トトトン。」
と手でリズムをとりながら一人で机をたたいている。

鼓笛隊の練習を自宅でもしているのだ。
幼稚園での練習がうまくできていないのだろうか。

お母さんはそんなみさの様子が気になって仕方ない。
「みさちゃんは運動会の鼓笛隊は何をやるの?」
「練習はうまくできているの?」
練習中のみさに話しかける。

「当日までのお楽しみ。」
みさはなかなか話そうとしない。

心配性のお母さんは、
「みさちゃんに鼓笛隊練習うまくできているのか、きいてもなんにも話してくれないのよ。」

といつものようにお父さんに話してみるものの、

「大丈夫だよ。当日まで楽しみにしておこう。困ったら話してくるからそれまで待とう。」
と冷静な言葉しか返ってこない。

そこは母親、父親の枠だけではなく、性格なのかもしれない。相談しても全く取り合ってくれないから、お母さんは少しイライラしていた。

実際の幼稚園での鼓笛隊練習風景は、担任の先生の大声が響き渡っていた。

「そこ、違うでしょ!!リズム違う!!」
「はい、もう一度最初から。気持ちいれてやらなきゃ!」
あの優しい先生の面影はもう存在しない。

最初は平常心を保ちながら練習していた子どもたちも先生に対しての不信感が日に日に募っていった。

気づいたらみさたちは、ももちゃんやはなちゃんと先生の悪口ばかり話していた。
「もう、厳しすぎるよね。鬼だって。」
みんなが目指すべき方向がズレてきてしまっていた。
「なんだか、もう練習したくないよね?」

自宅練習も途中から練習時間が徐々に減っていき、次第にテレビをみてゴロゴロする姿が目立つ様になっていた。

気持ちが安定しないみさは、シロをぎゅっと抱きしめることで、自分の気持ちのバランスを保っていた。抱きしめた時のシロの温かさや、ふわふわの毛がみさの体に触れた時、みさの心が癒されるのであった。
シロに触れることで、シロが全てをわかってくれるように感じていたのかもしれない。
シロは全身でみさの気持ちを包み込んだ。

そんなシロはみさと一緒にいてとても嬉しそう。

みさ以外の園児もあまりの厳しさに涙する子もチラホラ出てきていた。同じようにみんなが悩んでいた。
ついには、鼓笛隊練習に対する子どもたちの気持ちが空中分解し始めていた。

それでも先生の厳しさが揺らぐことはなかった。
むしろ、厳しさが増していったという表現がふさわしいだろう。

厳しさに挫折する子どもたちに対して方針を変えなかったのには理由がある。
先生は、子どもたちが練習をサボったり、やる気がなくなってきていることはわかっていた。

それでも、子どもたちが、鼓笛を通して自分で気づくことを待っていたのだ。
練習時間は限られていて、子どもの気づきを悠長に待っている時間は本当はなかった。

周りの先生からは
「もう少し優しく接したらどうですか?」
「子どもたちがやる気にならなければ何にもできないんですよ、先生。大丈夫ですか?」

と冷たい言葉を浴びせられていた。
幼稚園としては、全てのプログラムが滞りなく進行できて当たり前。それが出来て初めて保護者からの評価がもらえる。

ある日のこと、先生は子どもたちにこう話した。
「次の時間はお部屋で待っていてください。」
と言って先生は教室を離れた。
一斉にお部屋がざわざわし始めた。
それもそのはず。次は鼓笛練習の時間だったから。

次の時間になると、先生は何かを持って教室に戻ってきた。
「はい、今日はみんなでこれを観ようと思います。」
子どもたちの目の前に映し出されたものは、去年の鼓笛隊の映像。
卒園して今、小学生となった子どもたちの姿であった。

画面から流れてくるリズム、真剣な眼差し、堂々と取組む姿。

そして、鼓笛が終わった後、周りのからの鳴り止まない拍手の音。

見事成功させた子どもたちが達成感を味わって涙する姿。

子どもたちは黙って見続けた。

それから先生は静かにみんなに語りかけた。

「みんなは鼓笛隊の練習がもう嫌かな?嫌なら先生はやめてもいいと思っています。お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、家族のみんなにね、せっかくきていただいて最高のパフォーマンスができないなら申し訳ないからです。気持ちのない演技をするくらいならやめた方がいいと思っています。みんなはどうしますか?もう時間はあまりないです。やるならもっと練習は厳しくなります。みんなで話し合って決めてください。意見がまとまったら先生を呼んでください。」

そう先生は言い残すと一旦教室から外に出た。
子どもたちにどうしたいかを決めてもらうために、先生は子どもたちに対して最後の賭けをした。

実際の先生の胸の内はどうだったかは…先生しか知らないけれど。

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