【連載小説】パンと林檎とミルクティー 1
1 日曜日・午前9時
ポットから直接カップにお湯を注いで、ティーバッグを入れる。
ベビーピンクのパジャマに、もこもこの部屋着を着て、田中真智子(たなかまちこ)は紅茶を飲んだ。
「あち」
一口飲んでから、思い出したように、冷蔵庫から牛乳をとりだし紅茶にそそぐ。
ちょうど飲みやすくなり満足して飲む。
それから朱色のカップをテーブルに置き、真智子はスマホを手に取った。
LINEをチェックすると、友人の丘山まり子(おかやままりこ)から連絡がきていた。
「今日の午後、トートール行かない?」
「4時に、聖蹟桜ケ丘の広い方なら行く」
すぐに既読になり、「OK」の絵文字が返信された。
4時に聖蹟桜ヶ丘にいけばいいなら、まだあと5時間以上は時間がある。
となると、何か食べて本を読むか早めに行って京王アートマンをのぞいてノートを買うか。
まずはパンを食べよう、と、真智子はダイニングテーブルから立ち上がる。
「あ」
ちょっと太ったかな、と、思う。
腰に負担がかかっているのか、痛いような痛くないような。
けど、レーズンパンは焼いて食べる。
食パンよりも小さなサイズで3枚入りのレーズンパンが、好きだった。6枚切りや8枚切りの食パンを買っても、食べきれない。最後はグラタンにしてみるものの、作りすぎて食べきれない。
だから、真智子は、パンは3枚入りのレーズンパンを買ってくる。
ぽん、と音がしてレーズンパンがトースターから飛び出た。
マーガリンをいちめんに塗る。
耳の上まで塗る。
すみずみまで、ひたすら塗る。
1ミリの隙間もなく塗る。
いちめんにマーガリンをのせられたレーズンパンを、満足して真智子は口に運ぶ。
聖蹟桜ヶ丘の京王アートマンに行ったら、何を見よう。
ボールペンの芯は買わなきゃ。
仕事の道具で足りないものは、と思い出す。
思い出しながら、今日は仕事はしないからね、と、自分で自分に言い聞かせた。
フリーランスで文章を書くようになってから、365日24時間稼働になってしまっているので、日曜は仕事はしないと決めた。
だから、まり子も日曜の午後は雑談と情報交換でお茶に誘ってくれる。平日なら、編集者として今後の仕事の話をする。
パンを食べ終えて、ミルクティーのカップも片づけ、真智子はソファにねそべりながら本を読む。
ライター仲間が出した紙の本。
自費出版でもない出版社から依頼されて書いた本。
ハウツー本だけど、登場人物の成長物語でストーリー性を重視していた。
売れたら、きっとマンガ版もでるんだろうと思わせる本。
「なんだかちっとも、内容が頭に入ってこない」
真智子は、一人きりのリビングで声に出してつぶやいた。
それから、「でも、本が出せるのはうらやましく思っちゃう」と、小さな小さな声で、言ってみた。
つづく
この小説は、作家志望の女性の日常をちょっとだけ切り取って描く連載小説です。
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