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【1000文字小説】段取リーナのきゅん

 尊敬と冷やかしの思いを込めて、職場の人はわたしのことを「段取リーナ」と呼ぶ。
 はじめからそんなキュートな愛称ではなかった。
 高校卒業後に就職した会社では、とにかく大学卒に負けまいと必死で仕事を覚えて、総務部で評価されるようになった。ほかの部署にもなぜか名前が知れ渡っているころには「段取りさん」と呼ばれるようになった。
 その呼び方には、愛らしさというよりは皮肉が込められていた。
 段取りだけはきちんとやってくれる。
 わたしにしてみれば、段取りさえできたら9割はできたも同然。

 9月に、中途採用の男性社員が入社した。
 スター性があり、女子社員はわたしも含めて心を持っていかれた。
 わたしは、ほかの女子社員みたいにアピールするとか堂々とつきあってくださいといってふられちゃう勇気もない。心の中でイケメンくんと呼ぶのが精いっぱい。
 ただ、仕事の段取りをつけててきぱきと日々の業務を行った。
 
 段取り、といってもやるべきことを全部手書きでノートに書きだして、並べて、順番にやっていくだけ。
 ほかの社員が頭の中だけでできることが、わたしは全部書きださないとわからない。自分の仕事内容は、全部書き出してノートにまとめてある。もしもわたしが今日事故で死んで明日誰かが同じ仕事をしなければならない、というときにはノートを見てそのままやってもらえば会社には何の支障もない。

「そのノート、すごいね」
 いつのまにかイケメンくんがわたしの後ろに立っていた。
「君が段取りさんか」
 わたしは顔を赤くすることしかできなかった。
「『段取り』ってただの名詞なのにさんづけなんて味気ないね。女性だから『段取リーナ』さんだね。よろしく」
「あ、はあ」
「その段取り方法、僕にも教えて」
 イケメンくんに、とにかくやることを全部付箋に書きだして、順番に並べ替えて、あとはやるだけ、やったら付箋を捨てるかチェックするだけ、と教えた。

 イケメンくんが始めると、女子社員が囲んでやり方を教えて、と言っていた。
「これ、段取リーナさんのやり方だよ。段取りさんじゃつまらないから、段取リーナさんね。知らなかったの?」

 総務部の部長から頼まれて、わたしは段取リーヌ先生として社内のスキルアップ講師になって、日々のルーティーンを段取りよく行うためのセミナーを開く。
「ありがとう。わたしのやり方を聞いてくれて」
 イケメンくんにお礼を言うと胸がきゅんとした。 


※1000文字小説は「完」までの本文(タイトル含まず)がちょうど1000文字の小説です。
※この物語はフィクションです。
実在の名称・団体・個人とは一切関係ありません。


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