ウンブリアの影の土 No.1
―「琥珀」ではなく「ウンブリア」―
○水彩絵具や油絵絵具に「ローアンバー(raw umber)」という色があります。地味ではありますが、渋く、実に味のある茶色です。これは英語で「生の(raw)」「アンバー(umber)」といった意味です。
美しい褐色を効果的に使ったレンブラントも「アンバー」を使っており、化学調査において彼の作品からアンバーが検出されています。
○「アンバー」と片仮名にしてしまうと見分けが付きにくくなってしまいますが、この「アンバー(umber)」は、「琥珀」を意味する「アンバー(amber)」とは違う単語です。
この生の「ローアンバー」を焼いて(“burnt”して)、赤味や黒味を出したものが「バーントアンバー(burnt umber)」となります。
○先程から、生の「アンバー」やら、焼いた「アンバー」やらと出てきて、琥珀でもない「アンバー」ってなに?と思うかもしれませんが、一説では、この「アンバー」とはイタリアの「ウンブリア(Umbria)」の名が由来になってできた英語といわれています。
地図で見るとほぼイタリアのど真ん中にあり、海のないウンブリア州。
フランシスコ会創設者である聖フランチェスコの生地であり、彼を記念して建立され、美術史ではチマブーエやジョットたちが荘厳なフレスコ画を残したことでも有名なサン・フランチェスコ大聖堂のあるアッシジ(Assisi)も、ここウンブリア州です。
この「ウンブリア」でとれた「土」が「アンバー」という訳でして、産出地がそのまま顔料の名称になった、とのことです。
産出地名がそのまま顔料名になっている有名どころに「ローシェンナ(raw Sienna)」や「バーントシェンナ(burnt Sienna)」があり、この「シェンナ(Sienna)」はイタリア、トスカーナ州の「シエーナ(Siena)」に由来します。
とは言え、物質として見た場合、同じものは他の土地でも得られるので、その名になった場所のみで採掘されているとは限らず、例えばローアンバーの場合、現在ではキプロス島で採掘されるものもあります。
「ローアンバー」をフランス語では「テール ドンブル ナチュレル(Terre d'ombre naturelle)」と言い、「土(terre)」であることが一目瞭然です。英語では「土(earth)」がはしょられているのです。
このように天然の土を顔料としたものを専門用語では「土性顔料」、英語では”earth pigment”と言い、日本でなじみ深いものでは「黄土」があります。
○大地から得られる「土性顔料」は安価であり、また油絵で使うリンシードオイル(亜麻仁油)やウォルナットオイル(くるみ油)といった乾性油の乾きを速めるものが多いために、インプリマトゥーラ等、絵画の描き出しの段階でもよく使われてきました。
○土性顔料「ローアンバー」の主成分は酸化鉄と二酸化マンガンです。酸化鉄もさることながら、この二酸化マンガンが乾性油の固化を促進するため、油絵具のローアンバーやバーントアンバーは乾きが速いのです。
広義においては「アンバー」は二酸化マンガンを含んだ土、とも言えます。
○単色のグラデーション「カマイユ(camaïeu)」で油絵を描きたい場合、乾きの遅いランプブラックやアイボリーブラックによる「グリザイユ(grisaille)」ではなく、この速乾性を加味して、ローアンバーやバーントアンバーと白による褐色のグラデーション「ブリュナイユ(brunaille)」を使って描くのも、殊に下層描きを速く乾燥させたい場合には、有効な方法と言えます。
また、ランプブラックやアイボリーブラック等にローアンバーやバーントアンバーを混色すれば乾きの速い黒が作れます。
ローアンバーは天然の土であるため、色味にヴァリエーションがあるのも魅力の一つです。例えば緑がかったものがあり、「ローアンバー・グリーニシュ(raw umber greenish)」等といった名前で売られています。
○イギリス、ウィンザー&ニュートン「アーティスツ オイルカラー」シリーズには「ローアンバー・グリーンシェード(Raw Umber Green Shade)」としてあります。
○ドイツ、シュミンケ(Schmincke)の顔料には「ウンブラ ナトゥーア グリューンリヒ(Umbra natur, grünlich)」があります。つまり英語の「ローアンバー・グリーニシュ」です。
○ちなみにイタリア、フィレンツェの老舗画材店ゼッキ(Zecchi)の油絵具「フィレンツェ1915」シリーズでは単に「ローアンバー」という名称なのですが、私が買ったものは緑がかっていました。
○まさに「アンバー」はウンブリアの大地からの贈り物。
それゆえ、敬意を表して産地名をそのまま顔料名に当てるというのは、至極納得のいく説です。
と締めくくりたいところなのですが、実はこの「ウンブリア起源説」、よくよく調べてみますと怪しい影が出て参りまして、その「影」についてはまたの機会に書きたいと思います。
内野
燕画塾 講師
○トップ写真:ウンブリア州アッシジ
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