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うろおぼえ【エッセイ】

「あんたが小学生のとき仲良かった、あのこ。なんて名前だっけ。ほら、近くのアパートに住んでた女の子」

母に聞かれて、咄嗟に答えがでなかった。
彼女の顔も声も、好んで着ていた服も、手紙に書かれていた癖字だって、はっきりと記憶に残っているのに。

古びたアパートへ毎朝迎えに行って一緒に登校していた、あのこ。
扉の向こうから聞こえるあのこの泣き声を残して、ひとりで学校へ向かう日もあった。そんな時、あのこのお母さんはいつも「うちの子と友達でいてくれて、ありがとね」と申し訳なさそうに言った。

あのこの名前は、なんだっけ。
激しい感情をいつでも持て余していた彼女は、大人になった今でも、空だけが大きいあの町で泣いたり笑ったりしているだろうか。

一晩かけて思い出した名前は、花がひらく瞬間のような愛らしい響きの三文字で、記憶のなかでころころと表情をかえる彼女にしっくりとなじんでいた。

いつか彼女の面影も、泡のようにきえて思い出せなくなるだろう。
彼女のなかのわたしもきっと、幼いままで消えていく。
思い出せない記憶に閉じこめられて、あの頃のわたしたちが手を取りあって逃げていく。


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辞書で適当に見つけた言葉をテーマに、毎日更新をしています。
2日目は、うろ おぼえ 【空覚え】でした。

ぼんやり覚えていること。はっきりしない記憶。 「 -の話」
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#エッセイ #記憶 #うろ覚え #名前 #毎日創作

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