置き去りにされた記録 第4章〜フラッシュバック〜
トラウマ治療をして3ヶ月くらい経ったころからフラッシュバックでパニックを起こすようになった。
駅から家に帰る途中、寿司屋の前を通った。いつもと同じ帰り道。
今までは大丈夫だったのに、その時はお酢のにおいがしてきた瞬間胃が痛くなり、その場でしばらくうずくまった。なかなか痛みはおさまらない。家までは徒歩15分。お腹を押さえながらなんとか家に帰った。胃薬を飲み横になったけど痛みはおさまらない。一晩中眠れなかった。
またある時は、スーパーの冷凍食品売り場で里芋を見た瞬間、今度は胃の痛みだけではなく動悸もはじまった。
夜になっても動悸が激しくて眠れない。
口から心臓が出てきてしまうかと思うくらい苦しかった。
寿司屋にも里芋にも特別に嫌な思い出があるわけではない。
ただ、夫が知り合いの寿司屋に行ってよくベロベロになって帰ってきて暴言を吐かれることが多かった。
夫がよく冷凍の里芋を使って煮物を作っていた。私はその里芋の煮物があまり好きではなかった。
今まで私にとって「それくらいのこと」と思っていたことだけど、本当はものすごく傷ついていたり、不快に思っていたり、嫌で嫌でしょうがないけどガマンしていたのかもしれない。
先生には「パニック発作を起こしている」と言われたけど、最初はまったくピンとこなかった。
パニック発作というと電車に乗れない人だと思っていたので、私は電車には乗れるからそんなたいしたことないと思っていた。
それに今までそんなことを言われたことはなかった。
だいたい自律神経失調症と言われ、ストレスをためないようにとしか言われてこなかった。そう言われるたびにストレスをためる自分が悪いんだと思って弱い自分を責めていた。
パニック発作はまだまだ起こってくる。
スーパーの野菜売り場で
夫がいつも飲んでいた黒酢をスーパーで見たとき
夫に似た感じの人を見た時
パチンコの前を通って
競馬新聞を見て
スーパーの野菜売り場でパニック発作が起こったのは、私はいつもスーパーでの買出し係で買い出しがしんどいと思うことがよくあったから。
とにかくスーパーはお店でしんどかったことを思い出す。
パチンコも競馬新聞も夫がよくやっていたから
街中の至る所で緊張感がよみがえり、パニック発作が起こる。
私はこんなにも夫が嫌いだったんだと気づいた。
夜の足音も大嫌いだった。
カツ カツ カツ・・・・・
足音がするたび緊張感が走り、パニック発作が起こる。
パニック発作がはじまると布団の中で震えていたことを思い出した。
家を出てからオペレーターのバイトをしていた。
パニック発作がひどくなってからは仕事を休んで家で安静にしてることにしました。
今までずっと働きづめだったので、何もしないで家にいることはとても不安でパニック発作の苦しさとはまた違う苦しみがあった。
そして忘れもしない10月30日、普通に道を歩いていたら突然肺が痛くなった。
呼吸がまともにできない。それなのに電車に乗って帰った。席に座れず、でも席を譲ってほしいと言うことができず必死にこらえて家に帰った。
一晩寝れば治ると思ったけど、次の日になっても痛みはおさまらない。近所の病院に行ったら「自然気胸です。肺に穴があいています。今すぐ総合病院に行ってください」と言われた。
「えっ?肺に穴があいている??」
すごく動揺した。一人でどうしたらいいんだろうか?不安とさみしさで涙があふれてきた。少し落ち着いてからタクシーで総合病院に行った。
「入院したほうがいいけどどうしますか?絶対安静にしていられるなら家に帰ってもいいですよ。でも苦しくなった時は救急車を呼んでもいいからすぐに来てください」と言われたから
「苦しくなったらって、どれくらい苦しくなったら病院にくればいいんですか?」と聞いた。
そしたら「呼吸が苦しくなったら」と言われ 「あ〜」と思った。
その時私は肺に穴があいたショックよりも、救急車で来なきゃいけないような痛みもわからなかったことにショックを受けた。
家で絶対安静にして1ヶ月で肺は治った。
パニック発作も肺に穴があいたことも苦しかった。
でもそれ以上に、私はこんなにも痛みをガマンしていたのかと自分がかわいそうで仕方なかった。
自分をいじめすぎていた。
頭は「これくらい辛くない」と言い聞かせるけど体は「すごく辛かった」と教えてくる。
頭と体と心がバラバラでパニック状態が続いた。
つづく
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