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恩田陸の最新作『Spring』を読みました

~戦慄せしめよ~ 天才バレエダンサーの生き様を描く、
恩田陸の最新作『Spring』を読みました
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小説の主人公、萬春(よろず・はる)は
「天才バレエダンサー」と「振付家」の2つの顔を持つ青年。

4章から成る物語は、4人の視点から語られる。
ライバル(第1章)、叔父(第2章)、幼馴染の女性作曲家(第3章)、そして本人自身の一人称による最終章―という構成。

「言葉の宝庫」とでも形容すべき、豊かな表現力によって
バレエという壮大な芸術が奥深く掘り起こされている。
物語を読み進めながら、いつしか自分自身の心の中も見つめていたことに、驚かされた。

この物語に考えさせられたテーマは、2つある。
1つ目は「人はなぜ踊るのか?」について。

第3章で、春の幼馴染で天才作曲家の七瀬(ななせ)は言う。
「ダンサーは、観客の代わりに踊ってくれる」
「観客は舞台の上のアーティストと一緒に、人生を生き直す」

彼女らしい、芸術家と観客の双方向のコミュニケーションを
温かく捉えた素敵な答えだと思う。
でも、この本を読みながら私がたどり着いた答えは、
少しだけ七瀬と違う。

人が踊ることは「神への祈り」に似ていると思う。
目に見えぬ大きな存在に祈りを捧げるため、
私達は踊り、歌い、絵を書き、芸術に没頭するのではないか。

春くんの踊りは、見ていると涙が出てくるくらい美しいのだろうと想像する。
誰に似ているか考えて、イメージとしては
羽生結弦くんの『花は咲く』のような感じではないか?…と思う。

※(余談)いや、羽生くんは「光の天使」のイメージだけど、
春くんはもっと黒い堕天使の「毒」の部分が強いだろうか?
こういう「例えて言うなら…」と形容する際に、自分の中の引き出しを掘り起こしながら「豊かな語彙力が欲しい」と切望する。
ハルくんと七瀬ちゃん、2人の芸術家の会話は、そういう意味で圧倒的な量の教養にあふれていて刺激的。
例えば、ハルくんがフランツを見て「ジキル博士とハイド氏を演じてほしい」と、ピタリとイメージを言い当てる場面があるが、
それはハルくんの中に古典文学の素養、キャラクターの色がしっかりと根づいているからなのだろう(雑談おわり)

祈りを捧げる時の、心の底の静かな、静かな場所に、潜る感じ。
圧倒的な芸術に出会った時、感動で涙があふれるのは
祈りの美しさ、原始から人が持つ神とのつながりに、触れるからかもしれない。

2つ目に考えさせられたテーマは(もう少し世俗的だが)
「踊ってるだけじゃダメなんだ。」ということ。
これは、春のライバルのダンサー、美潮(みしお)の言葉だ。

春くんの祖父の家には、本とレコードがぎっしり詰まった書斎がある。
彼は「自分のダンサーとしての根幹の部分を形作ったのは、
この書斎で過ごした時間だ」と語る。

これらの本とレコードは全て、春くんの叔父さん(第2章の語り手)が集めたもので、
この書斎をひとめ見た途端、賢い美潮は全てを悟る。

「ダンサーは踊りだけ練習しても、良いダンサーになれない。
多くの本を読み、音楽を聴き、芸術に触れ、教養を身に着け、
人間としての総合力を磨くことによって、踊りが体から滲み出てくる…」という真実に。

これは身近な例で言うと、私の教えている「英語」にも言える。

英語だけ流暢に話せても、つまらない。
試験で高い点数を取り、難しい資格を取るために
努力することも勿論、素晴らしいことだけれど、
話の内容が面白くて、人格が素晴らしいからこそ、言葉が人生の様々な局面で生かされる。

いろんな本を読んで、音楽を聞いて、感動して、
友達や家族と楽しい時間をすごして、笑ったり泣いたり悩んだりしながら培われ、磨かれ、ほとばしるように体から生み出される…
そうやって生み出されたものが、芸術家の芸術を育て、
語学や、あらゆる分野にも生かされていくであろうことは、言うまでもないだろう。

今読んでいる別の小説『神様のカルテ 0』で、素敵な言葉に出会った。
「たくさんの本を読むと、たくさんの人の人生を生きることができて、人の心がわかる。人に優しくなれます。」
(神様のカルテについて書き始めると長くなるので、別の機会にします)

『Spring』は、バレエダンサーの春くんを始め、
舞台作品づくりに関わるすべての人達(バレエスクールの先生、作曲家、ダンサーたち)や、
彼らを支え応援する家族の心・頭の中、人生をのぞかせてくれる。

彼らの人生を生き直しながら、
自分自身は何に感動して、これからどんな人生をクリエイトしていきたいのだろう?
そう考えながら、心の奥底まで旅をすることのできる読書体験をさせてもらった。

この本のキャッチフレーズとして、
柳田國男の『戦慄せしめよ』が引用されているが、
まさにこの言葉が全編にわたって音楽とともに迫ってくる、
力強い小説だった。

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