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食 上野の蓬莱屋へ行った

東京駅で降りるつもりが、春らしい温もりと桜並木にふいに誘われて、上野で降りた。上野は平日の今日も賑わっていて、特に家族連れが多い。改めて思うと、上野はまさに芸術の街で、こんなにも芸術に関わる施設が並んでいてよいのだろうか?と思ってしまうほど。次から次へと催される展覧会に、東京の旺盛な消費欲を感じる。

とても清々しい晴れの日で、まだ混み合っていないのでスターバックスのテラスでオーツミルクラテを飲んだ。コーヒーの容赦のない苦味が得意ではない私にとって、オーツミルクラテは何よりの友達だ。

花壇の花が色とりどりに咲いて、綺麗に並んでいる。
自然でありながら、人によって植えられた、デザインされた花々。その中に1輪のたんぽぽが咲いていた。ちょっと場違いだと思った。でも何より、健気さを感じて、これもまた良いのかもしれないと思った。
テラスの椅子の上で、プードルの子犬が嬉しそうに舌を出して、飼い主を待っている。飼い主は注文の長い列の中にいるのだろう。

テラスは日陰で、外は気持ち良いが少し肌寒く、公園を歩くことにした。
そういえば外国人観光客が増えたなあ。地鳴りのような音をゴロゴロ立てて、ヨーロッパから来た旅行客がスーツケースを引っ張ってゆく。

日差しは、眩しい。さっきまで日陰にいたからだろうか?
桜も大分散ったようで、初々しい若葉が生え始めている。それでも桜の写真を撮る人は多く、往来の賑わいとはこのことだなあと思った。
春が来た。それだけで、心がわくわくして嬉しい。

お昼の時間になって、あまりお腹は空いてなかったけど、せっかくの天気だから上野でご飯を食べようと思った。
上野の中華は本格派揃いで、中華料理に目がない私は、すぐに麻辣大学へ行こうと思った。

でも一瞬、上野の歴史を味わいたいとも思う。上野に受け継がれる美食はどこにあるのだろうか?ネットで簡単に調べていたら、「ヒレカツ」という言葉とかち合った。

蓬莱屋。1912年に創業した老舗で、ヒレカツの生みの親らしい。ブワッと興味が湧いて、公園から歩いていった。Googleマップでルート検索をしたが、本当にここであってる?とちょっと不安になった。

確かに蓬莱屋と書いてある。若造の私が入るには少し勇気がいったけど、ここまで来たなら入ってみよう。
お店の中はどうやら常連さんのような方ばかり。完全に浮いてしまっているけど、ヒレカツをなんとしても食べて帰ろう。

お店の中は隅々まで実直に掃き清められていた。調理器具も磨きが入り、何より台所に物があまりなく、すっきりと片づけられている。
中央の台所では料理人が2人、スッと立ってカツを静かに揚げている。揚がったカツを2人阿吽の呼吸で、無駄なくそしてこれも静かに、皿に盛ってゆく。

ヒレカツ定食を注文した。ちょっと高かったけど、その歴史を思えば、価格など関係ないのかもしれない。
目の前には慎ましいヒレカツ。ちょうどよく盛られた白ごはんに、白い陶器に入ったお味噌汁。

まずは何もつけずに食べてみた。さっぱりとして、それでいてしっかりと湿り気がある。衣にはうっすらと黒胡椒が練られていて、ヒレカツの味をエキゾチックにしている。ヒレ肉を食べている!そう心から思えるほど、ヒレ肉が主役だ。

次はカラシをつけていただいた。淡白な味の上に辛すぎず、濃すぎもしないカラシのつんとした味わいが乗っかって、二度も美味しい。

お味噌汁は特筆したい。あのお味噌はどこのを使っているのだろうか?なんのお出汁だろう?あの酸味は何から来ている?啜れば啜るほどわからない、謎かけのような味だった。そしてお味噌汁も、素直だった。

蓬莱屋の行き届いた掃除は、食器類、そして料理にも表れている。
すなわち、余計なものや不要なものは徹底的に削ぎ落とし、これを見せたい!と思ったものだけを残して、お客の前に出す。
とにかくあのお店には、余分なものがなかった。油を搾り落としたヒレカツのように、あのお店も至極清廉だった。

上野は何度も来ていたけれど、こうして上野の歴史を辿ったのはほとんど初めてだったかもしれない。また来てみよう。

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