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頭っからそう言われている(914字)

 妙に暑い秋だった。
 オフィス街、駅近くのマンションは、出勤時も帰宅時もスーツ姿の人々が目に付く。かっちりと着込んだその姿は暑苦しく、見ているだけでこちらまで暑くなってくる。

 帰宅し自室に入ると、身に着けていた物を一つずつ外してリビングへと向かう。姿見に向かい合う頃には、私はパンツとブラだけの格好になっている。
 鏡に顔を近づけた。目や鼻の下に、汗の粒が並んでいる。マスクのせいで化粧がほぼとれかかっている。
 冷蔵庫を開ける。
「顔崩れてるんだけど」
 目の前に置かれたミネラルウォーターを取り出して一気に飲んだ。冷房をつけてから、風呂へ向かう。

 シャワーを浴びると、観たくもないテレビを点けて、帰りがけに弁当屋で買った弁当を食べる。なんて退屈な日常だろう。抜け殻のように脱ぎっぱなしでほったらかされた衣服や鞄が自堕落さを自覚させる。
 少し前――美紀が一緒だったあの頃と比べて、随分と寂しくなった。
 口うるさくて、だらしないけれど、それでも楽しかったのだと思う。
 明確に口にこそ出さなかったものの、私たちは付き合っていた。女性同士。センシティブな関係だった。
 何でもかんでも、私は美紀の言う通りにした。「派手な化粧をするな」と言われてナチュラルメイクを研究したし、「肌を出すな」と言われてタンクトップもショートパンツも捨てた。
 それなのに美紀はもういない。
 私は悪くない、と呟いた。

 冷蔵庫からビールを取り出す。
「寒いっての」
 一口飲んで、冷房を消した。
 リモコンを持ち替えて、テレビの音量を上げる。画面の中では、有名人たちが楽しそうな顔をして憎みあっている。私たちも初めはこんな関係だったのに。どれだけ言い合っても、それすら楽しかった。

 冷蔵庫を開けて、二本目のビールを取り出す。この生活はいつまで続くのだろうか。いつまでも続くのだろうか。それは困るし、それでもいいし、どっちだっていい。
「出してよ、ねぇ」
 私はテレビに向かって呟く。だめだよ。
 顔、もっと崩れちゃうよ。
 酔って意識が途切れるまで、今日もビールを飲み続ける。
 冷蔵庫の中から、ぶつくさと文句を言う彼女のくぐもった声が聞こえている。




頭っからそう言われている
914字

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