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私が負けたのだとしたら、勝者は一体どこにいるのだろうか
涙は枯らしたはずなのに、まだこんなに泣けてしまう。
私は弱い女じゃない。なんだって跳ね除けてきた。なのに。
脱衣所もメイクボックスもドレッサーもクローゼットも探した。冷蔵庫も電子レンジも食器棚も、無いとは理解しつつも探した。
ベランダにも、玄関先にも、炊飯器の中にもなかった。
なんでなんだろう。
神様がいるなら教えて欲しい。救ってほしいなんて思わない。ただ一つ教えて欲しい。どうして私に試練ばかり与えるのか。
神様がいないなら、この理不尽に説明が付かない。こんな悲劇を誰が考えるだろう。
清廉潔白、品行方正に生きてきた。それだけは自信を持って言える。誰かを困らせないように生きてきたし、誰かが困っていたら助けてきた。なのになんで。
悲しくて悲しくて、消えてしまえたらどんなに楽だろう。
とめどなく涙が溢れる。
悪いのは誰? 私? それともこの国?
幸福にしてくれとは言わない。ただ、不幸にしないでくれ。誰かの力を、枷を、私に押し付けないでくれ。
衛生用品をまとめている棚をもう一度開く。
ない。ない。やっぱりない。
爪切りは、どこにも、ない。
ふらふらと歩いて、キッチンにへたり込む。
「どうして」口が勝手に言葉を発した。
私は爪を切ることすら叶わないのか。
ふと目に留まったキッチンバサミを手にしてみたけれど、悲しくなってやめた。這いつくばって床の牛乳を舐めるような、屈辱的な行為だ。敗北を認めるなんて、まだしない。
赤い目をこすり、セットアップの服を着る。
少し歩いて、書店に入った。贔屓にしている店だ。買う前の本を、ドリンクを飲みながらチェックできる。
けれど、今の私にはそんな心の余裕はない。半ば駆け足で実用書のコーナーに向かい、目的の一冊を探した。
あ、か、さ、た、な、は行――
は、ひ、ふ――
不可能、不思議、増やせる、フランス――
フランス人、フランス人、フランス人、フランス人、フランス人……。
そして私がやっと手に入れたのは、失意だった。
たった一冊の本すら、私を助けに来てはくれない。
どれだけ探しても、「フランス人は爪を切らない」という本はなかった。
不本意ながら、は行のコーナーでもまた泣いてしまった。見かねた店員が声を掛けてくれたが、専用の端末を使って調べてもそのようなタイトルの本は見当たらないとのことだった。
無差別の殺意でもいいから、いっそ私をこの世からさらってくれないか、と自暴自棄にすらなる。
爪切りは見つからないし、爪を切らなくてもいいと教えてくれるフランス人もいない。
じゃあ、私は、どうしたらいいんだ。
私は、どうしたらいいんだ、じゃあ。
こんな悲劇は映画ですら見たことがない。
コンビニエンスストアに入り、カップラーメンを買った。
ドラッグストアに入り、ボディクリームを買った。
こんなものじゃ、私の傷は癒されないのに。
私はただ、爪を切りたいだけなのに。
涙を流したいわけじゃ、ないのに。
家に帰って服を脱ぐと、下着の右足側に両足を通して穿いていたことに気が付いた。
どうりでキツイわけだと思って、私はまた、泣いた。
こんな生きにくい世の中に、誰がしたんだろう。
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