フランスにこんなに暗い絵があったとは! ブルターニュ展@国立西洋美術館で「黒の一団」の絵を見る
国立西洋美術館で開かれている企画展「憧憬の地 ブルターニュ モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷」は、フランスのブルターニュ地方という地域をテーマにした企画だ。フランスはモネ、ルノワール、ゴッホらをはじめとする多くの偉才を生んだり育てたりしてきたが、特に19世紀以降は鉄道網が整備されたことなどから、移動が盛んになった。
ブルターニュ地方はフランス北西部にあり、半島を成して海に面している。19〜20世紀前半にはモネ、シニャック、ゴーガン、さらには黒田清輝など、多くの画家がこの地を訪れ、絵を描いているのだ。この時代のフランスの美術界では印象派が生まれたこともあり、光をカンヴァスに焼き付けるようなその表現からは、とてつもない明るさを想起する人もいるだろう。
クロード・モネがブルターニュで描いた《ポール・ドモワの洞窟》は、やはり明るい。モネは天候の不順に悩まされたともいうが、それでも絵は明るい。絵具を混ぜずに分割して置いていく、いわゆる印象派の筆触分割と呼ばれる技法で描いた絵は、いかにして明るさを損なわずに表現するかという工夫から生まれた技だった。晴れた日の海は陽光が水面に反射して気持ちのいい明るさを見せる。《ポール・ドモワの洞窟》は、おそらく比較的天気のいい日の風景なのではないだろうか。
ところが、会場を歩いていて異常なほど暗い絵があった。シャルル・コッテの《悲嘆、海の犠牲者》という油彩画である。
中心で台の上に横たわっている男は、海で溺れ死んだ漁夫だ。周囲の人々は、ただ悲嘆に暮れている。死せるキリストの哀悼図や釈迦涅槃図を想起させる構図だ。港に浮かぶ船の帆や台にかかっている布が赤いのでかろうじて明るさが存在してはいるものの、全体の印象はやはり重くて暗い。暗雲が垂れこめた空も、悲嘆さを増している。描法も、印象派のように明るい絵具を一筆ずつ置いていく手法とは異なり、混色して色を出しているのだろう。印象派とは異なり、おおむね輪郭線が使われているようにも見える。輪郭線の存在は描かれた個人個人の感情を密かに浮かび上がらせ、やはり悲嘆さを強調している。
描いたコッテは、暗い色調の絵を写実的に描くことを特徴とした「バンド・ノワール(黒の一団)」と呼ばれる画家たちの一人だという。パリのアカデミー・ジュリアンで学んだ履歴からは、旧来の画壇の系列にあることがわかるが、活動はブルターニュを拠点としていた。時代としては、印象派の後に来るので「ポスト印象派」と位置づけることができる。それにしても、黒(ノワール)と悲嘆がこういう形で結び付けられるとは。フランスの意外な一面を見た思いである。
ゴッホとの交友やタヒチへの旅で知られるポール・ゴーガンが「ポン=タヴェン派」と呼ばれる一派を成した小村ポン=タヴェンも、ブルターニュ地方にある。1885〜86年に初めて滞在した後、何度か同地を訪れている。絵になる景色があり、民族衣装を着た人々が暮らす土地柄ゆえ、画家には魅力的な村だったようだ。ゴーガンが最後にポン=タヴェンを訪れたのは1894年。《ブルターニュの農婦たち》はその時期の作品だ。その前に、南仏アルルでのゴッホとの共同生活とタヒチ滞在を経験している。この絵において特に興味深いのは、農婦の顔に心なしかタヒチの人々のような趣きがあることだ。
それにしても、ゴーガンの色使いは魅力的だ。写実的な側面を持ちながらも、描かれたそれぞれのモチーフの実際の色の奥から染み出してきた色が、目に飛び込んでくるように感じるのである。それはおそらくパリから逃れて南仏アルルやタヒチ、そしてポン=タヴェンといった土地を巡り渡ったゆえ生まれた主張だったのではないだろうか。
絵画においては、土地は極めて重要な要素である。国立西洋美術館がブルターニュをテーマにした理由が実によくわかった。
【展覧会情報】
展覧会名:憧憬の地 ブルターニュ モネ、ゴーガン、黒田清輝らが見た異郷
会場名:国立西洋美術館(東京・上野)
会期:2023年3月18日(土)〜6月11日(日)