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つつむ

彼が自ら抱き寄せてこない限り、私は眠っている彼には触れないようにしている。
私の手が、悪夢の登場人物となって、彼を攻撃してしまうようだからだ。



ある朝、彼が出勤のために家を出た後、またすぐに戻ってきた。抑うつのお薬を忘れたらしい。

薬同士がぶつかって、カサカサとプラスチックの音が鳴る。
私は布団のなかで目を瞑り、その音を聴く。
私には何もできない。



夜、彼はいつも苦しそうに眠る。

ぎりぎりと歯軋りをして、悪意をすり潰しているのだろうか。
何かを払うように腕を動かし、文字にならない声を漏らす。
汗でTシャツがぐっしょり濡れている。

あんなに苦しみながら身体を眠らせているのに、夜中に私がベッドから抜け出すのは気づいているらしい。

悪夢に登場するくらいなら、
早々に舞台から降りてしまいたいのだが
夜の帳はなかなかに重たい。

悪夢は延々と上演されているようだ。
彼は客席に縛り付けられているのだろうか。

苦しい、苦しいともがきながら。




彼と一緒に住み始めて二ヶ月が経った。

眠りの苦しみは、少しずつ威力が落ちているように見える。
私は相変わらず、彼のために何かをすることはできないが、時々 眠る彼の頭を撫でることが許される。

穏やかな呼吸に安堵する。

夢の中で、この手を温かく感じますか。
あなたは自由に動けていますか。


いつか健やかに眠る夜が訪れた時、
私はあなたを包む布でありたい。

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