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TOMC 『Music for the Ninth Silence』 レーベル公式解説 日本語訳 + 補足

0.はじめに

2022年1月7日、TOMCとして初のアンビエント・フルアルバム『Music for the Ninth Silence』がカナダのInner Ocean Recordsよりリリースされました。

思わせぶりなタイトルの通り、さまざまな要素を併せ持つ作品になっています。本稿はその “補足資料” に当たるものです。

 
TOMC『Music for the Ninth Silence』

Side A
01 Extraverted Sensing (Akasaka)
02 Extraverted Intuition (Shibuya)
03 Extraverted Thinking (Shinjuku)
04 Extraverted Feeling (Kudan)

Side B
05 Introverted Sensing (Hibiya)
06 Introverted Intuition (Tsukiji)
07 Introverted Thinking (Kiyosumi)
08 Introverted Feeling (Nihonbashi)
 

1.レーベル公式解説 日本語訳

以下は、レーベル特設ページに掲載されている公式解説文の日本語訳です。

TOMCによる初のアンビエント・フルアルバム『Music for the Ninth Silence』は「カテゴライズできない感情や、静寂の時間」を、東京という大都市になぞらえて語った作品です。
全8曲の演奏時間は4分33秒で統一され、各曲には心理学者カール・ユングの8つのタイプ論と、TOMCが想起した東京都内の地名に基づいた名称が付与されています。

全ての楽曲は吉村弘やエリック・サティ、スティーヴ・ライヒ等を意識したTOMCの電子ピアノ演奏により制作されており、既成の楽曲からのサンプリングは一切用いられていません。
1980年代のジャパニーズ・アンビエント/ニューエイジを思わせる音色と、現代のASMRカルチャーに通じる、グリッドの拘束と無縁の自由で立体的なサウンド・テクスチャーの融合は、彼が考える「東京」という街のあり方を反映したものです。

1980年代の活気に満ちた日本の姿は、多くの日本の若者にとっても、現代とはかけ離れたファンタジーのように思われているところがあります。一方で、現代の日本の多くのカルチャーや都市風景は、紛れもなく1980年代を起点とするものです。
日本最大の都市、東京で現代を生きるTOMCは、先進国特有の様々な問題に直面し、ときに閉塞感を抱かざるを得ないこの街で生きる人々の心にふと去来する「カテゴライズできない感情や、静寂の時間」に思いを馳せ、このアルバムで描写しました。

TOMCはアンビエントやニューエイジ・ミュージックを「逃避」の音楽ではなく、現実と自己を繋ぎ合わせるためのアートフォームだと考えています。
「カテゴライズできない感情や、静寂の時間」の只中に置かれた人々(=いつかのあなた)がこの作品に触れ、自分自身を取り戻すとき、この作品は本当の意味で完成を迎えるのです。

原文:TOMC - MUSIC FOR THE NINTH SILENCE (PREORDER)


この文章に私の思いは要約されていますが、情報が過剰に詰め込まれているため、やや理解しづらい内容になっているかと思います。
以下は、その補足になります。
 


2.補足 (1/2) : 「カテゴライズできない感情や、静寂の時間」について

アンビエントは ”機能性” が求められるジャンルだと思います。具体的には「聞き流せるか(空間に溶け込めるか)」「心地よいか(不快でないか)」を問われる印象があります。
その一方で、作り手が ”内省” や ”解放” といった感情・精神性をしばしば込める風潮があり、聴き手も時にそうした要素を積極的に求めている... とも感じます。

こうした、ともすれば相反するような側面が並存可能なアンビエントの “懐の深さ” に、私は強く惹かれるところがあります。

そして、やや話が飛躍しますが、この「溶け込むこと」と「感情」の並存・せめぎ合いは、社会に生きる私たちのあり方(”あらねばならない” とされる姿)にどこか似ている気もします。

 
本作の全8曲のタイトルは、心理学者カール・ユングの「8つのタイプ論」に基づき設定されています。
ごく簡潔に説明すると、これは「人の心の働き方」を特性論 (「こういうことが得意・苦手」など) と合わせて分類したものです。

また、全曲の長さ (尺) は、現代音楽家ジョン・ケージの作品「4分33秒」を念頭に、4分33秒で統一されています。
有名な話ですが、「4分33秒」は「楽譜に演奏指示がない (=無音の)」音楽作品です。そして当然ながら、演奏者が沈黙していても、その周囲には無数の音が存在します (服の擦れる音、他人や自分の呼吸音。屋外であれば木々の揺れる音や、車の走行音など)。
「4分33秒」は演奏行為の外側にある、様々な “音” の存在を気づかせてくれる作品です。

 
ここまで読んでいただき、この作品のタイトルや尺の特徴と、先述の “極私的アンビエント観” の間にある緩やかな関連性を、多くの方は (きっと!) 感じていただけたかと思います。
その上で、このアルバムのタイトルを “第9の静寂 (沈黙) のための音楽” とした意味について、簡潔に記載いたします。

本作の収録曲は全8曲であり、”9番目” はこのアルバム自体には含まれていません。そして、私はアンビエントは人に ”自分自身 × 空間” あるいは ”自 × 他” の関係性を強く想起させるアートフォームだと信じています。
”9番目” の瞬間はこの作品の鑑賞者が身を置く空間 (生活) や、鑑賞者自身の中にあります。レーベル公式解説内の以下の文は、それを踏まえたものになります。

「カテゴライズできない感情や、静寂の時間」の只中に置かれた人々(=いつかのあなた)がこの作品に触れ、自分自身を取り戻すとき、この作品は本当の意味で完成を迎えるのです。

原文:TOMC - MUSIC FOR THE NINTH SILENCE (PREORDER)

 
なお、このスタンスは現代美術家 宮島達男「Art in You」の強い影響下にあります。

「Art in You」というのは、主体者はあくまでも「あなた」なんですよ。「あなた」の心の中のアート的なものが開くか開かないか。例えば、実物の花であっても、花を模した絵であっても「あなた」のアート的なるものが輝いて、「あなた」が幸せになればそれでいいんです。(中略) アート自体の表面ヅラには、それ自体には価値はない。それを見た人がどう反応するか。そこに大きな価値がある。

引用元:TOKYO ART BEAT|
“Art in You”―宮島達男氏インタビュー
(Hana Ikehata, 2008.4.6)

3.補足 (2/2) : 「東京の音楽」について

ここまでお付き合いいただき、必ずしも本作のテーマが「東京」である必要はないのでは? と感じた方も少なくないと思います。
この点は、長く東京周辺で生活する私のパーソナリティに依るところが大きいのですが、ここでは少し違う切り口から文章を残しておきたいと思います。

私が愛聴する現代の日本の音楽家に、冥丁さんという方がいます。
“LOST JAPANESE MOOD”というコンセプトを掲げ、単なるエキゾチシズムを超えた鋭利で高品質のアンビエント/エレクトロニック・ミュージック作品をリリースし続けている、国際的にも高い評価を得ている方です。

冥丁さんは2020年のインタビューで、「東京の音楽」に関して以下のような発言をされています。
本作は、この内容から大きな影響・刺激を受けて制作されました。

「僕は基本的に洋楽ばかりを聴いてきた人間なんですけど、ふと国内に目を転じると、どうもいびつな状況があるような気がしたんです。“日本の音楽”でありながら、そのほとんどがおそらく無自覚に“東京の音楽”になってしまっている。海外の音楽を聴くと、その土地ごとの要素が少なからず溶け込んでいるように感じるけど、日本の音楽は、たとえアーティストが東京に住んでいなくても頭の中で組み立てられた“架空の東京の音楽”ばかりを鳴らしているという気がしてしまうんです。邦楽のルーツをさかのぼるにしても、あくまで“西洋のポップス”の枠組みばかりで、それが時に“日本らしさ”だと考えられてすらいる。たとえば雪をかぶったお地蔵さまとか、田園の水面に月が映る様子とか、僕達の世界に本当は今も実際に現存し続けている本源的な風景だとか記憶の階層には意識が向いていないように思えてしまって。
そういう、『なんとなく作られ、演奏されている』日本の音楽に対して少なからず怒りのようなものがあって、自分が音楽を作るのであれば、そもそも『現在の日本で音を奏でる』とはいったいどういったことなのかというレベルまで歴史を含めて掘り下げるべきだと考えていたんです」

引用元:TOKION|
かつて存在した日本の情景を音楽で表現する アーティスト・冥丁の視線が捉える環境と時代
(柴崎祐二, 2020.9.26)

 
『Music for the Ninth Silence』は、Ableton Liveに初期プリセットとして入っていた電子ピアノ系の音色一種類のみを用いた、私の即興演奏を元に制作されています。

初めてこの音色を聴いたとき、私が想起したのは吉村弘『Music for Nine Post Cards』(1982) でした。
現在の基準からすると決してリッチなサウンドではないものの、電子的でありながら人肌のような温かみも兼ね備えた不思議な存在感。そこから私は、1980年代以降に生み出された、現代的な日本の都市風景を想起しました。

 
1981年の建築基準法の改正により、建築物の耐震基準は現在 (2021年12月時点) と同様のものになりました。そのため、現在の日本の都市風景で見られる建物の多くは、これ以降に新陳代謝を経たものが占めています。

私が本作制作時に住んでいた東京都中央区は、その広範囲がいわゆるビル街・オフィス街であり、一見すると多くの人が “無機質” と形容するであろう風景が連なっています。
しかし当然ながら、街の外からやってくるビジネスパーソンを日々受け入れるだけのエリアではありません。そこには多くの人々が居住し、緑や公園があり、さらには近代以前の歴史を持つ神社や商店も点在しています。

こうした諸要素が現代的な建築物と並存する風景に、私は街としての独特のエネルギーを感じていました。決して “無機質” とは呼びえない風景がそこには広がっており、都市の面白さ・ダイナミズムとはこういうことだったのか... と気づいたときの感慨は今でも忘れられません。

私はこのような都市風景の描写を、先述の「不思議な存在感」を持った音色を用いて試みました。
このアルバムは私なりに歴史を掘り下げ、いち生活者としての実感を込めた、意識的な “東京の音楽” なのです。
 


4.参考リンク

  • 日本国内の本作カセットテープ取り扱い店 (一部)
    waltz (東京-中目黒:通販あり)
    Kankyo Records (東京-三軒茶屋:通販あり)
    TEMPO (大阪-中津:通販なし?)
     

  • Bandcamp

  • (再掲) レーベル特設ページ (*カセットテープ直輸入もこちらから)

  • (再掲) Spotify / Apple Music

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