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自動車販売のプロが読み解くトヨタ式人材育成|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第15回

 自動車販売のコーチングをしている大久保政彦氏は『トヨタ物語』を読んで驚いた。「2000年頃に日本で広まったコーチングの手法が、トヨタでは遥か昔から実践されていた」からだ。販売のプロにトヨタ式人材育成の勘所を聞く。

■戦前からコーチング

――大久保さんは自動車販売のコーチングをされているんですよね。

大久保:はい。依頼を受けた自動車ディーラーに行きまして、営業研修を行います。研修といっても座学の講義ではなく、現場での実践的なトレーニングです。店舗での接客対応はもちろん、営業先に同行しながら様々な点検を行い、改善すべき点をアドバイスします。

大久保政彦前編01

大久保政彦(おおくぼ・まさひこ)
株式会社プログレス代表/1965年、東京生まれ。1988年、文教大学人間科学部人間科学科教育学専修卒業。国産、外資系自動車販売会社を経て、2005年人材育成会社設立に参加。旅行、自動車などセールスを中心に人材育成を行う。2016年より現職。現在、メーカー、販社にて営業研修や現場での実践トレーニングを行い、即戦力を育成する。

――自動車販売の現場のカイゼン。そんな大久保さんは『トヨタ物語』を読んで、どのようなご感想をお持ちですか。

大久保:「トヨタ生産方式」が現場に根づいてゆく経緯を興味深く読みました。上からの命令ありき、現場はそれに従って言われるままに…。そんな流れを勝手にイメージしていたので、もちろん様々な葛藤はありながら、「現場で自ら考える人を育てる」という、脈々と続く取り組みは凄いなと思いました。

――大久保さんが日頃、実践しているコーチングと通じるものが。

大久保:コーチングというスキルが日本に入ってきて、認知され、いろいろな企業に取り入れられたのが、およそ1990年代後半から2000年あたりです。でも、トヨタさんではもう戦前戦後そのあたりから、もちろんコーチングという呼び方はされていませんが、内容的には既にやっていたんだということが分かり、改めて感心しました。

 コーチングの基本は、考えさせることです。じゃあ、どうしたい? どういうふうにやったらいいと思う? 何でこれやったの? それをうまくやるためにはどうしたらいいのかな? というように、答えを示すのではなく、考えるきっかけを与える。

 そしてそのためには、まず現状を把握すること。現場をよく見て、問題点を把握して、それを改善するための方法を現場の人と一緒に考えていく。

 本書の中で(トヨタ生産方式を体系化した)大野耐一さんが弟子の林南八さんに、その林さんが弟子の友山茂樹さんに伝えていたのは、まさにコーチングの手法です。協力会社に行ったら、とにかく現場をよく見ろ、一日中ずっと見ろ。そうやっておかしなところを把握したら、それからカイゼンだ、と。

 私も現場に行ったら、まず見ます。ずっと見て、おかしなところが見えたら、声をかける。「どうして先ほどのお客様は帰ってしまったのか、問題点はなんだったのだろう」…そうしたことの繰り返しです。

■もっと考えろ

大久保:昔、自分で営業をしていた頃は、いわゆるスパルタ全盛で、成績が悪い者は「なんで売れないんだ!」と詰問されて、それこそ大の大人が泣くほど追い詰められて、根性見せろ!と迫られ…そんな時代でした。

 やがて指導する立場になっても最初の頃は、私もスパルタ式でやっていたのですが、一向に成果に結びつかない。これじゃダメだということが分かり、それ以来、一切怒らなくなりました。なぜだろう、どうしてだろう、と投げかけて、自分で考えさせて、問題点に気づかせて…。

 大野さんは「厳しい人」だったというエピソードが書かれていますが、その根っこには、何としても後に続く人材を育てたいという決意があったのでしょう。大野さんが言い続けた「もっと考えろ」には、とても共感します。

――『トヨタ物語』では、林さんや友山さんが関係会社にカイゼン指導に行くと、まず警戒されて、相手にしてもらえない。そこから時間をかけて徐々にコミュニケーションをとって、というエピソードが出てきます。大久保さんも“見ず知らずの”自動車ディーラーに行ってコーチングをするわけですが…。

大久保:私も同じです。やっぱりコーチングを受ける側からすれば「何だか偉そうに俺たちに教えに来たらしいぞ」ということになるわけで、「若い時、何台売ったか知らないけど、現場の苦労なんてもう忘れてるんじゃないの?」と思っているのが顔に書いてあるような人もいます(苦笑)。

――そんな時はどうするんですか。

大久保:一番いいのは、即座に実績を出させてあげることなんですが、残念ながら今日の明日というわけにはいきません。

――ですよね。林さんも友山さんも、まず打ち解けて話すまで相当苦労されていました。

大久保:私の場合は、セーム革で…。

――???

■同じ空気を

大久保:自動車ディーラーでは、お客様の車を預かると、点検したり修理したりして、最後に洗ってお返しします。その時、きれいに水滴をふき取るのに使うのが、セーム革です。もともとはカモシカの皮を油でなめしたもので、今は高性能な合皮製品があります。それを必ず1つ新品を買って、持っていきます。

――大久保さん自ら洗車を?

大久保:現場のスタッフと一緒にやります。どんなに暑くても寒くても。その時は教える側、教わる側じゃないですから、一緒に車を拭いている時に本音を言ってくれることって多いんです。ぽろっとね。

 こちらが黙々と拭いていると、「大変じゃないですか、あっちこっち行ってコーチングをするのは」なんて声をかけてくるスタッフが出てきて、私も「まあ大変だけど、みんなも大変じゃない? さっき常務は訳の分からないこと言っていたよね。社長が昨日までこうやれと言ってたのに、今度はこうやれって。まあ、僕らが若い時もそんな感じのことはよくあってね」なんて返すと、「そうなんですよ」と愚痴が出る。それを聞きながらいろいろ話をする。

 いきなり指導しなくていいんです。まず、こちらの話を聞いてもらう準備をする。

 洗車が終わって、お客様に車を返して、一段落ついたところで、「そういえば今日の商談だけど…」と話を振ると、「途中まで反応はよかったんですけど、その先になかなか進めなくて…」といった話が出てくる。

 そんなふうにして、やっと本人の悩んでいるところというんですかね、芯のようなものが見えてくる。

 外から見ていれば、うまく行っていないこと自体は分かりますし、問題点もおおよそ分かりますが、大事なのは、本人がどのくらいの問題意識を持っているか、ということなんです。

 問題点を理解していて、でも対応の仕方がわからないのか。そもそも問題点がうまくつかめず闇雲に、もがいている状態なのか。あるいは、うまくいかないことを誰かのせいにして、問題に正対していないといったことも…。

 皆、それぞれ一生懸命、頑張っているわけですが、悩みの芯が分かると、コーチングの仕方も見えてきます。

――同じ現場の空気を吸って、同じ作業をしてというと、林南八さんの…。

■脈を通じる

大久保:はい、付箋を貼ってあります。309ページ(笑)。

 「一緒に過ごし一緒に考え抜いて、脈を通じないと、できない仕事」

 まさにこの一文です。

大久保政彦後編03

――「脈を通じる」というのは取材の時、林さんが強調されていたフレーズでした。その意図するところが大久保さんにしっかり通じて嬉しいです。

大久保:これには続きがありますね。

 「肝心な時は“来ん”で、やばくなると“去る”が、“たんと”銭は取る…そんなコンサルタントには到底できない」

 会社としてこういうやり方を採用して押し進めればうまく行く、というのが、いわゆるコンサルティング会社の手法だとすれば、一人ひとりに必要なやり方を見つけていくのが、我々のコーチングです。

 旧来のコンサルタントと我々が違うところは、現場で、皆さんと同じ空気を吸って、同じ温度で物事を考えるということです。そのことを大事にしながら13年間、ずっとやってきました。

■「できる店長を育てるには…」

――現場に入ってコーチングをして、考える営業スタッフを育てる。それが一定の効果を上げたとして、大久保さんが現場を離れた後、また元に戻ってしまうということはないのですか。

大久保:それでは困りますので、考える現場を率いるリーダーの育成が重要になります。

――どんなことがポイントになりますか。

大久保:簡単ではありません。例えば、トップセールスを店長にした途端、潰れちゃうということが結構起きるんです。

――最も営業力がある人が、マネジメント力があるとは限らない。

大久保:『トヨタ物語』に「靴ひもの結び方」の話が出てきますね。

「靴ひもを結ぶことはできるかい? じゃあ、その結び方を口で説明してくれるかい?」(231ページ)。

大久保:自分でできるけれど、伝えるのは難しい。100台、150台と売るトップセールスに、そのやり方を聞いても説明できない。

 面白いもので、トップセールス10人に「何でそんなに売れるんですか」と聞くと、「よく分からない」とほぼ全員が言うんですよ。そして「特別なことはやっていないです」。

――それは教えたくないからじゃなくて、何が特別なのかが自分ではよく分からない?

大久保:そう、分かっていないんです。

――そんな時はどうするんですか。

大久保:「じゃあ、1カ月、時間をあげるから、自分が成功したと思うところ、うまくいったところをメモしてください」と言います。

 そのメモを読むと、いいことが書いてあるんです。「もう今日は絶対帰さないと思った」とか。

――強引ですね(苦笑)。

大久保:もちろん、無理やり買わせるということではないんですよ。お客様の要望をお聞きして、条件に合う車が見つかって、ここは決めるところだ、ということをちゃんと見極めての「絶対帰さない」なんです。

 実は、これがなかなかできない。お客様の話を聞くことは大事ですが、聞くばかりで、せっかく買う気になっているお客様の決断を促せないというパターンが結構多いんです。

――なるほど。

■「それって普通でしょう」

大久保:絶対帰さないと思った時に何をやったのかというと「買ってくださいと強烈に言った」。

――強引…いや、最後の一押しか。

大久保:はい(笑)。それでも買うと言ってもらえない場合、「何で買ってくれないかを聞いた」。

――原因を探る「なぜ」。

大久保:それこそトヨタさんが大事にしている「なぜ、なぜ、なぜ」が始まるわけですね、営業の中で。

 それができると、意外とつまらない、というか些細なことが理由で「今日は買わない」と言っていたりとか、そういうことが分かってくる。聞いてくれればすぐ答えられたり、解決できることだったりするのだけれど、それはこちらから聞かないと分からないわけで、要は、自分から問いかけて、そこに行き当たるかどうかなんです。

 売れる営業マンは、そういうことも含め、売るために必要なことを特別に意識せずにやっている。だから「特別なことはしていません」となる。彼らに言わせれば「そんなの当たり前のことじゃないですか。だって僕たち営業ですよ。買ってもらえるタイミングで決めるって普通でしょう」。そして「売れない人が何をやっているかとか、分からないし…」となる。

――売り方の共有は難しい。

大久保:トップセールスのやることを1から10までマニュアルにして配っても、他の人はうまくできません。

 それぞれ性格も違いますし、ぽんぽんぽんと会話を運ぶのが得意な人もいれば、順を追って説明していくのが得意な人もいるし、丁寧な手紙を書いてお客様の信用を得る人もいる。まあ、ちょっとチャラい感じの人と、銀行員みたいなまじめな感じの人が同じマニュアルをなぞっても…。

――ダメでしょうね。

大久保:そこのところは彼らのそれぞれの資質を見極めて、どんなことを大事にすればいいかを考えてあげる。そこを間違えちゃうと伸びないですし、逆にこちらが言っていることが押し付けになってしまえば、「あの人は分かってない」となってしまう。

■管理か、マネジメントか

――それぞれの力を引き出して現場の底上げができたとして、やはりマネジメントの問題が残ります。

大久保:できる人が上に立って、できない人を理解せず、何でできないんだと詰め寄って、ノルマを課して…。これでは昔のスパルタ、今でいうパワハラの世界です。

 結局、教える側も考えて、教わる側も考える。そういう組織にするしかありません。

 上に立つ人は、なぜ部下は自分と同じことができないのかを、まず、よく見る。そうして、それぞれの部下の不得意なこと、得意なことを見極める。それから何が問題なのかを考えさせ、カイゼンの方法を一緒に考える。

――まさにトヨタ式。

大久保:『トヨタ物語』の中で、トヨタ生産方式が定着できるかどうかは「指導役の人によるとしか言えない」という話が出てきますね。

――「現場に入り込み、一緒に考える指導員が、相手先の経営者と現場を巻き込んで取り組めばカイゼンはできる」(384ページ)

大久保:経営者がただ上から言ってもダメなんです。「経営方針を現場に落とし込む」なんてコンサルタント的なフレーズがよく使われますが、一方通行じゃダメなんです。経営者の側に思いや狙いや意図があっても、上から下に伝言されるうちに、その思いや狙いの部分は薄れて、現場に伝わる頃には「上から言われたから仕方なくやる」ことになってしまう。

 上に立つ人は、経営者でも店長でも、現場の様子をしっかり見て、把握して、一緒に考えて、互いが巻き込まれる形で当事者になる。そうして初めて管理ではなく、マネジメントになる。

 トヨタのある販売店さん、ここは朝、喫茶店になるんです。

――自動車ディーラーが喫茶店に?

大久保:「モーニングを食べに来てください」とお客様にお声掛けをする。来店されたお客様と言葉を交わす中で、「うちもそろそろ乗り換えようかな」とか「近所のどこそこの子が就職して車を欲しいと言ってたよ」みたいな情報が集まってくる…。

 そういう仕組みは、現場が勝手にやることはできないし、上からやれと言われてただコーヒーを運んでいるだけでも意味がありません。経営と現場が意図を共有して取り組んでこそ、ですよね。「車が売れない」と嘆いているより、もっともっと考えれば、やれることはいろいろある。そしてこれは、自動車に限ったことではないでしょう。

 一緒に考えることができる店長と、できない店長では、実際、店の「売る力」にどんどん差がついていきます。皆、一所懸命に仕事をしていても、自分たちで考えてどんどん成長していく現場と、言われるままにただ頑張る現場では、差は歴然です。

 できない店長には、こう言うんです。

 「あなたは立場は店長かもしれないけど、やっていることは管理人だ。本当のマネジャーになろう」

――どうしたらいいかは…。

大久保:「一緒に考えよう」

※連載『トヨタ物語 ウーブン・シティへの道』もぜひお読みください。

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7月27日、新刊が発売になります。
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