見出し画像

松浦弥太郎氏がトヨタの強さから得たもの(後編)|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第14回

 「人はどんな逆境にあっても、学び、カイゼンすることができる」。『トヨタ物語』を「読書家の後輩」にも送ったという松浦弥太郎氏は、そうつぶやいた。その真意とは。松浦氏と『トヨタ物語』のつき合い方を聞く。その後編。

前編から読む

松浦:私も今デジタルというかITのベンチャーを立ち上げていますけれども、こんなふうにテクノロジーが発展した現在でも、何事かを生み出している僕らは、同じ人間なんです。(トヨタグループ創始者の豊田)佐吉のような100年前の人と僕らはたいして変わらないんですよ。

 感情とか、自分たちの思考みたいなものとか、習慣とか、そういったものはたいして変わらなくて、同じ人間がやっているわけです。そのなかでやっぱり大事なこととは、この本に書かれているように、常に疑うこと。もっといい方法があるんじゃないかと考え直す態度です。そして、本書のなかのリーダーたちは変化を受け入れる勇気を持っている。

松浦弥太郎後編02

■離れずに、見る

――リーダーが現場に寄り添ってますね。

松浦:ええ、リーダーは部下たちを見ていて、離れない。

――離れないという表現、しっくりきます。(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんが部下に「この丸のなかに立って見とけ」と、今だったらパワハラと言われそうな場面があります。だけど、そういうふうに丸を描いて、ここから見るんだぞ、と教わるってすごいことだと思うんですよ。大きな工場のなかで、そこから見れば必ず何か大切なことが見えてくるぞ、と導いてくれているわけですから。

松浦:ものすごいことです。お前の仕事は「見ること」だと教えている。

 それが仕事であり、成果はそのなかから生まれる。成果が上がると、プライドが生まれ、みんな元気になる。

 今は何でも答えを教えてしまうことが増えている。それは一見、効率的なようでいて、失ってるものもある。トヨタという会社は現場で見ること、学ぶことで組織を強くしている。そういうことをこの本は教えてくれています。トヨタがすごいなと思うのは、生産方式なり、カイゼンなりが、どんな業種でも通用するということ。

――そうですね。トヨタは今、車を作っているけれど、別のものを作っても……。

松浦:そう、車を作っているけれど、作っているものは別。いわば何でもいいものを作れる会社なんですよ、トヨタの生産現場は。

 そして、やっぱり大野(耐一)さんはすごいなと思いました。大野さんは何事に対しても肯定的に理解しようとしている。どんな人に対しても、どんな意見にも、どんな出来事にも全肯定なんですよ。そこが強い。

 僕らはどうしても抵抗したくなる。抵抗してから受け入れたりする。でも、大野さんは全肯定の生き方です。何が起きてもいったんそれは受け入れて、抵抗せずに、では、どうしようかと考える。その心持ちや生き方にはものすごく感動します。

 指導に対してもあきらめがないでしょう。あきらめを持とうとしない。

■成功の反対は?

――終わりがない。

松浦:終わりがないんです、ずーっと終わりがない。でも、経営ってそういうもんじゃないですか。人に対しても事業に対しても、あきらめないし、終わりがない。そう、あきらめないということを会社のある種の社風にしたことは、ほんとうに日本人として誇れる企業だと思いますよね。

――大野さんは失敗をとがめだてしません。

松浦:ええ、大野さんは寄り添うリーダーですね。失敗をするからやめろとは言わない。とにかくいろんなことを経験させる。社員はみんな経験不足なんです。

――小さな失敗をたくさんさせてあげるって大事なことですね。

松浦:大事ですよ。人間が成長していくタネになりますからね、失敗というのは。

 僕には好きな言葉があります。アメリカへ行ったとき、ある友人から言われた言葉ですが、「成功の反対は失敗じゃない。成功の反対は何もしないことだ」と。

 ショックでしたよ。なるほど、成功の反対というのは何もしなかったことなんだ、と。何もしないということは価値がないんだ。それは要するに経験をしろということでしょう。

 失敗は学びですから、非常に価値があるんです。それに比べて、無関心は良くない。今、無関心な人が多いんじゃないかな。自分のことにだけ関心を持って、周り、環境、会社、横で起きてること、後ろで起きてることを少しも見ようとしない。失敗しようとしない。

 でも、社会に対する関心を持たないと自分の仕事のモチベーションにはなりません。自分に関係ないことなんてこの世の中にないんです。地球の裏側で起きていることだって自分に関係している。もっと関心を持って、それを自分の手で触りに行こうよという態度が大事なんです。

■カネを早く手にすること

 大野さんの言葉でけっこうガツンときたのが、モノをつくるだけじゃなくて、代金を回収するまでのタイムラインを見て、そのタイムラインを限りなく短くするんだと言っていることです。

――モノづくりというと、いいものができるまでしっかりやれみたいな話が多いですね、一般的には。

松浦:そう。さっきの無関心につながる話なんです。モノづくりをしていればそれでいいという態度は無関心そのものです。

 「俺はこれだけいいものを作ってるから、あとはお前らが売ってこい」

 一見、カッコいいかのようだけれど、次の元手となるお金を稼がなければ、もっといいモノは作れない。モノづくりの現場にいても、お金が返ってくるところまで関心を持つ。お金の流れをしっかり把握することも…。

――モノづくりの仕事。

松浦:そうです。そしてもうひとつ、本書の言葉で勉強になったことがありました。エリヤフ・ゴールドラットという学者が言ってます。

 「靴ひもを結べるかい。じゃあ、今度はそれを口で説明してくれるかい」

 これもすごい。これだけで僕はおそらく3年ぐらい楽しめる。靴ひもの結び方を口で説明できるようになることは自分にとってひとつの課題になりました。

 僕は今ベンチャーでスタートアップ企業の経営をやっていますが、大切なことは、ユーザーに伝える、社員に伝える、経営者同士でさまざまな話を伝えていく…。

 いかにわかりやすく、人に伝えるかは大きな課題なんです。靴ひもの結び方を口で伝えられるかどうか。その問いに、あらためて考えさせられました。

――自分がやれることを人に伝えるのがいかに難しいか。

松浦:やれることと教えることは違うんです。そして、あとはやっぱり情熱ですね。人に教える時に、間違いを恐れていたら意見はできない。もし、間違えていたら、このあいだ言ったことは間違いでした。申し訳ないと伝えればいいだけの話なんです。でも、それがいちばんできない。僕らみたいな若い者は特にできない。頭を下げるという、ひとつの方法でさえ、下手をすると失いがちになるんですよね。

 やはり、自分の手を汚すこと、自分の手で触ることがもっとも大事なんですよ。僕らは今、「おいしい健康」というヘルスケアをテーマとしたアプリサービスを提供していますが、医療従事者とか患者とか現場の人に会って、そこを見て、そして、話を聞く。この本のなかにも「わからないことがあったら現場の人に聞け」とあるけれど、まったくその通りです。机上で考えるのではなく、出かけて行って患者さんや健康不安を持ってる人の話を聞く、そして、ドクターからも話を聞く、学会に行く…。僕らはそればかりやっている。でも、その態度を失ってしまったらもう何も新しいことは作れない。

■俺にもできるぞ

――機能的にはプログラムができたとして、でも、使う側にしてみたら、現場の感覚が入ってないものは信頼できません。

松浦:結果的にはやはり情報収集なんですけれど、それはネットで集めてくるものではない。やっぱり手を汚す、手で触ることなんです。アイデアにつながる情報とはバーチャルなものではなく、自分が経験した、自分が手で触ったものがどれだけあるかということなんです。把握の先にある熟知。それが成功の秘訣じゃないのかな。

――リーダー、経営者もそうですが、現場の人もなんとなくわかったつもりにならずに、あれっ、これもしかしたらこんなふうにできるかもって考える人が一人二人と増えていったら、企業が、日本が変わる気がしています。

松浦:変わりますよ。だからたぶんトヨタの工場って、何事かに熟知した詳しい人だらけなんでしょうね。そして、詳しい人には誰も勝てないんです。社長でさえも。

 僕はこの本を読んでほんとうによかった。僕の幼なじみが大変な状況にあっても、トヨタ生産方式に取り組んでがんばってくれてるというのもすごくうれしい。人にやりがいを与えるしくみということなのだから。

 ここに書いてあることは「俺には無理」じゃないんです。「あ、俺にもできるぞ」ということなんです。だから、トヨタ生産方式は世界中で共有できたんです。誰でもできる。それを知ることが、やろうという気分につながるし、元気になりました。読後感のいい本でした。

※note連載『トヨタ物語 ウーブン・シティへの道』もぜひお読みください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?