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松浦弥太郎氏がトヨタの強さから得たもの(前編)|『トヨタ物語』続編連載にあたって 第13回

 「人はどんな逆境にあっても、学び、カイゼンすることができる」。『トヨタ物語』を「読書家の後輩」にも送ったという松浦弥太郎氏は、そうつぶやいた。その真意とは。松浦氏と『トヨタ物語』のつき合い方を聞く。その前編。


――このたびはドキュメンタリー映画の初監督作品『場所はいつも旅先だった』の劇場公開が決定したそうで、おめでとうございます。

松浦:ありがとうございます。世界5カ国・6都市を旅しながら撮影してきました。2021年10月29日から公開予定です。

――作品にはきっと車が出てくるのでしょう。松浦さん、ポルシェが好きだから。

松浦:ポルシェではありませんが、マルセイユのタクシードライバーが出演しています。

――各国の車の話も面白そうですが、今日はトヨタのお話を。

■常に新しいことを

松浦弥太郎前編01

松浦:野地さんと知り合ったのは数年前になりますか。親しい知人の紹介で、まあ3人でいろいろな話をする機会があって、それから半年に1度くらいの感じでごはん食べに行ったりとか…。

 『トヨタ物語』を執筆されていたのも聞いていました。で、本をすぐに読んで、ある感銘を受けたこともあり、友達3人に本を買って送ったんです。

――ありがとうございます。どういう感銘でしたか?

松浦:僕はアナログな『暮しの手帖』から、ITのクックパッドに入って、暮らしや仕事の楽しさや豊かさ、学びについて発信する「くらしのきほん」というウェブメディアを立ち上げ、続いてヘルスケアをテーマにした「おいしい健康」というスタートアップ事業を手がけ、次は映画監督。常に何か新しいことを求めている。今までにない新しいことにチャレンジして一生懸命やっているわけですが、そういった生活のなかで、この本を読んで非常に感動したんです。

 トヨタという日本を代表する企業がどういったスタートアップで、どのようにスケールアップしていったかというのは、これまで身近でありながらも詳しく知る機会がなかった。

 だから、企業というものは成長していくものなんだな、それもある種のリーダーシップや意思決定によって、前に一歩一歩進んでいくのだなということをあらためて知りました。

■後輩からの手紙

 4歳年下の、ある後輩がいるんです。彼にも野地さんの本を送りました。

 彼は子どもの頃、可愛がって、一緒に遊んでいた後輩です。ずいぶんと会っていなかったのですが、ある時、「弥太郎兄さんお元気ですか」って、突然、手紙をもらったんです。

 「弥太郎兄さんの活躍をいろんなところで見てます。だから手紙を書かせいただきました」

 それから文通が始まるわけです。発信元は北海道でした。東京に来たら、もしくは僕が北海道に行ったら飯でも食おう、とやりとりしていて…。

 それで、僕もうっかりわからなかったのですが、住所が旭川なんです。グーグルマップで住所を調べたら何もないところで、おかしいなあと思って拡大していったら刑務所でした。

――刑務所の中から手紙をもらっていたんですね。

松浦:はい。僕はあらためて手紙を出しました。

 「悪かった。何も知らずに飯食おうとか、世間の話をしちゃったけど、君がそこにいることは調べてみたらわかったんだ」

 そうしたら、彼から返事がきました。

 「僕は道を外れてしまい、今はこういうところにいる。無期懲役です。しかし、自分は世間に誤解されている、罪を着せられている」

 そういう孤独な世界の中にいる後輩と私は今も文通を続けています。言葉で言うのは簡単だけれども、精神を正常に保つのさえ過酷な環境でしょう。そこにずっといなくてはいけない男なんです、彼は。

■働くということ

 ただ、一方で、彼は非常な読書家になりました。法律書から何から何でも読んでいる。本が好きだというから、僕はいつも本を送ってあげているのですが、『トヨタ物語』と、これもまた野地さんが書いた『高倉健ラストインタヴューズ』をセットで送ったんです。彼はすごく感動して、感想をくれました。

 「やっぱり働くということは、何かを発明することなんだ」と。

 彼は刑務所のなかでは模範囚でモノを作っているんですよ。そして、この本を読んで、「やっぱりカイゼンだ」と言って、旗を振っている。トヨタ生産方式だ、カイゼンだとやっているようなんです。自分はリーダー格だから、自分が看守に監視されてふてくされて仕事をしていてはいけない。もっと工夫したり、もっと観察をして、もっといい仕事の方法を自分で発明していく。

 そういうことが手紙のなかに書いてあって…。でも、こういう話はまずいのかなあ。

――いえ、トヨタの人たちにもちゃんと伝えます。

松浦:世の中にはある種、センシティブな人がいるでしょう。僕はちっとも恥ずかしい話とは思っていないけれど、センシティブな人から見れば、「松浦は刑務所に友達がいて、そんなのと文通してる」みたいに取る人もいる。でも、僕にとってはいつまでも後輩ですし、幼なじみですし、何年もずっと文通を続けているんです。

 いつか、会える日が来るかもしれないのだから、文通して、自分が感動したり、もしくは自分が学んだ本を送ってあげたい。だから、彼が過酷な環境のなかで、トヨタの生産方式を参考にして、モチベーションを高めてがんばってるというのは非常にうれしいことです。

 この本、どんな環境にあっても、モノづくりの人にはやっぱり、いい話なんです。いや、ほんとに読んでよかったなあと思います。

■ひとりから始まっている

 この本はまず、トヨタの草創期から現在までの非常に正確な記録としても読むことができます。そして、(トヨタ生産方式を体系化した)大野(耐一)さんという人の偉大さ。それを野地さんが僕の横で話してくれていると感じます。だからこんな分厚くてもあっという間に読むことができる。

――嬉しいお言葉です。

松浦:読み終えて、僕はもう1回、野地さんの話を聞きたいと思って、また読んで、今回、インタビューに答えるので、また読みました。3回、読んだわけです。なかなかこれだけの厚さの、400ページを超える本を3回読むって大変ですよ。いくら読書好きといっても、日々の仕事もありますしね。

 でも野地さんが真横に座って僕に話をしてくれている。そんな感じを持たせてくれる文章だから、あっという間でした。

 あと、この本に描かれているトヨタが豊田喜一郎という、ひとりの人間から始まっていて、それがどういうふうにスケールアップしたのかは、今の若い人は新鮮に感じるんじゃないかな。今のIT企業などを見ると、スタートアップから成長までが早いでしょう。でも、トヨタは着実に、盤石に進んできた。そういう例もあることを知るのは逆に新鮮でしょう。

■「手を洗え」

 1987年でしたか、『エスクァイア』の日本版が創刊されて、世界の実業家とか、世界に影響を与えた人のインタビューが載っていました。そのなかにはアップルのスティーヴ・ジョブズのインタビューなどもありました。でも、僕が覚えているのは(トヨタ名誉会長の)豊田章一郎さんが社長時代のインタビューでした。章一郎さんがトヨタと、父でありトヨタ創業者の喜一郎さんについて、ある遺訓を語っていたのです。

 「1日に10回、手を洗え」

 それは何かといえば、どんなポジションであっても、現場を見ろと。現場に出て、自分の手で触れ。モノを実際に触ることがすごく大事だ、と。事実をつかむには、自分の手で実物を触れ。自分で持てば重さもわかる、温度もわかる。

 喜一郎さんは自分の手を汚せ、1日に10回くらい手を汚し、洗わないとトヨタはよくならない、成長もしない、と…。

 僕はずっと覚えていました。実にいい話ですよね。それが『トヨタ物語』を読んで、意味がわかった。喜一郎さんがこだわったジャスト・イン・タイムという思想も、(喜一郎氏の父であり、トヨタグループ創始者の)豊田佐吉さんが提唱した自働化の意味も分かった。

■「先んずべし」

 『エスクァイア』には佐吉さんの遺訓もありました。

 「研究と創造に心を致し、常に時流に先んずべし」
 
 喜一郎の遺訓と、佐吉の「つねに時代の少し先を行け」という遺訓。そのふたつが合体したものがトヨタの原点なんだなあと。それは僕のなかにはすでにインプットされていたことでした。それもあって、この本を読んで、確信することができた。

 僕はこれを読みながら自分でメモをたくさんとって、自分なりに解釈をして、自分の会社で働いてくれている若い人たちと共有しているんです。自分たちが仕事をする、働く、これから何をどうするかということに対する道しるべにさせていただいた一冊です。

 野地さんの場合はおそらく、最初から最後までプロットを決めてやっているわけじゃないというのが読んでいてよくわかるんですよ。出会ったものに対してじゃあ自分が次は何に興味を持つのか、何を疑うのか、何を知りたいのかという、次の一歩を決めるために嘘のない、落し物がないような取材をしたのでしょうね。それがこの本の魅力じゃないのかなあ。

 野地さんの特徴は「見る」ところにあると思うんです。野地さんが見たことは、野地さんにしか見つけられないことなんですよ。僕らが対象の目の前にいても、野地さんと同じようなまなざしで見たことを文章化できるかというとそうではない。やっぱり眼差しのアングルが違うんですね。だから野地さんのものの見方というのは非常に本質的なところを瞬時に見分けるというか…。そして、非常にヒューマニズムなアングルというんでしょうか。そこは僕、野地さんのこれまでの本を読んでいても感じますね。

(後編に続く)

※note連載『トヨタ物語 ウーブン・シティへの道』もぜひお読みください。

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